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第26話 青の気配

 あの日から、高坂くんはどことなく元気がなくなった。

 ぼんやりと窓の外を眺めていることが多くなったし、授業中もあてられて戸惑ったり、うつらうつらと首が傾いていたりすることも増えていた。対して、友達と一緒にいる時間や朗らかに笑う回数は減っている気がする。

 もちろん、授業中に戸惑ったり居眠りをしたりといったことはこれまでもあったし、友達といる時間や笑う回数だって気のせいかもしれない。土日は高校総体前の最終調整となる記録会があるって言ってたし、大会前の緊張とか練習疲れとかそういう理由かもしれない。それに不幸の青い糸のこともあって、そういう目で見ればなんでもそういうふうに見えてくる。思い込みはよくない。だけど……。


「高坂くん、大丈夫かな……」


 小さく伸びをしながら、私はシャーペンを机に転がした。

 週明けの月曜日の放課後。私はひと足先に家に帰り、今日の数学の授業で出た課題プリントを解いている。でも、いつもなら四苦八苦しつつも埋まっていく空欄が、今日は一ミリも先に進んでいなかった。

 本来なら月曜日は陸上部が休みなので、基本的にいつも高坂くんと一緒に勉強をしている。しかし今日は記録会後の反省会があるからということで、勉強会は無しになった。それ自体はぜんぜん構わないのだが、他の陸上部員が笑顔でカラオケに向かったのを見てしまった身としては、どうも心は落ち着かなかった。


「メッセージ、送ってみようかな」


 私ひとりであれこれ考えてても仕方ない。やっぱり話してみないことにはわからない。

 なんとなく見つめていた時計の秒針が二周したころ、私はおもむろに鞄からスマホを取り出した。美菜や結花たちが入ったグループがなにやら動いているけどとりあえず無視して、陸上のユニフォームを着て走っている高坂くんのアイコンをタップする。


「なんて送ろう……。なにしてる、は反省会って返ってくるよね。どうかした、は朝と同じ返事してきそうだし……」


 それにしつこいとか重いとか思われるのも嫌だ。ひとまずべつの話題から入って、様子を見てみるのがいいだろうか。


「んーそれじゃあ……」


 文面に悩みつつ画面のキーパッドをフリックしていく。書いては消し書いては消し、一文書き終わるごとに読み返しては変なところがないか見直す。最後に頭から見直してようやく私は送信ボタンを押した。


『反省会、お疲れさま! 記録会の疲れも残ってるだろうし、今日はゆっくり休んでね! それと、次の木曜だけど、前と同じ高台で絵描く??』


 シュポンッという効果音とともに、吹き出しが画面に現れる。そこで、私はスマホを閉じた。

 これでよし。今日のことは気にしてないと暗に伝えつつ、表向きはただの予定確認だ。返信にも悩まないだろうし、様子見としては上々だろう。ただやっぱりちょっとしつこくないか心配ではあるけど。え、大丈夫だよね。これ、メンヘラとか思われないよね……。

 彼と付き合ってから時々メッセージでやりとりはしているけれど、ほとんど私から送ったことはなかった。青い糸のこともあって自分から距離を縮めていくのは抵抗があったし、そもそも誰かと付き合ったのはこれが初めてだったからだ。

 そんな経緯もあって、送ってから急に心配になってくるも、もはやどうしようもない。行動は起こしたし、課題でも進めて待とうかと思ったところで、閉じていたスマホが唐突に振動した。


「ひょえっ!」


 情けない声が自室に響き、私は思わず苦笑する。ここに高坂くんや美菜がいなくてよかった。いようものなら絶対笑われるかからかわれるかされるだろうし……


「え……?」


 スマホを起動して、それは真っ先に目に飛び込んできた。

 通知欄に浮かぶ彼の名前と、送られたメッセージの冒頭……いや、たった一文の短い文字が。


『ごめん、絵はしばらく描かない』


 左手の小指が、締め付けられるような錯覚に陥った。

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