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第10話 ごめんなさい

「春見、好きだ」


 それは、唐突だった。

 なんの前触れもなく、私は告白された。


「え、えと……」


 え、え? 今私、告白された?

 驚きのあまり言葉が出てこない。思考が停止している。


「ごめん、よく聞こえなくて。もう一度、いい?」


「好きだ」


 聞き間違いかと思って尋ねてみたが、高坂くんは真剣な面持ちのまま、再度告白をしてきた。どうやら聞き間違いではないらしい。


「え、えっと……」


 言葉に詰まる。手汗がにじむ。胸が苦しい。心臓は過去一の速さで脈打っている。壊れちゃうんじゃないかってくらい。

 そして驚きもさることながら、心が躍る。踊らないはずがない。

 放課後。

 人気の少ない、夕暮れ時の公園。

 ベンチに置かれた高校の指定鞄は二つ。

 ブランコに座る私と、鉄棒に体重を預ける彼。

 シチュエーションは完璧で、夕陽に照らされた彼の横顔は赤く、とても愛おしい。

 私の顔も熱い。頬のあたりがまず間違いなく火照っている。触らずともわかる。本当に嬉しい。けれど……。


「ごめんなさい」


 視界の端で、不幸の青い糸がきらりと光った。

 どうして、と思う。

 どうして私と彼が、繋がれているのだろう。

 まったく関係のない、赤の他人とかだったら良かったのに。

 でもそれは、厳然たる事実だった。

 私は、その告白を受けるわけにはいかなかった。


「そう、か……」


 落胆した彼の表情に、胸がズキリと痛む。

 ごめん。ごめんなさい。

 心の中で何度も謝る。本当は私も好きなのだと、大きな声で叫びたい。

 でも、できない。そんなことをすれば、私たちは恋人関係になって、それから不幸に見舞われてしまう。

 私だけならまだいい。けれど、好きな人が不幸になるなんて、そんなのは嫌だ。絶対に嫌だ。

 だから私は、必死に歯を食いしばって口を閉じていた。フォローする余裕もなく、冷たく顔を背けた。もし逆の立場だったら、今ごろ私は泣いていただろう。

 けれど、彼は強い。悲しそうに、悔しそうに俯いていたかと思えば、すぐに面を上げて私を見据えた。


「悪いな、いきなり。あんまり話したことなくて、クラス一緒なだけでお互いのことほとんど知らねーのに、なに言ってんだって感じだよな」


「……」


「ただ、今日かけてくれた言葉を聞いて、笑った春見の顔を見て、気がついたら言葉が出てた。驚かしてごめん」


 高坂くんは恥ずかしそうに頭の後ろをかく。私は、なにも言わない。最低だ。


「でも俺、諦めないから」


 最低なのに。それなのに。

 高坂くんは朗らかに笑ってそんな言葉を口にした。

 意思のこもった、私には十年かかってもできない眼差しだった。私が惚れた、いつもの優しくて柔らかな眼差しとはまるで違う。そんなギャップも、とても素敵だと思った。


「今日はここまでにしよう。モデル、ありがとな。また今度お礼すっから」


「……」


「んじゃあな。気をつけて帰れよ」


 高坂くんはそれだけ言うと、荷物をまとめて公園から去っていった。

 終始、私は口を引き締め閉じていた。

 なにも言わなかった。

 なにも言えなかった。


「……ううっ、ぐすっ」


 だって、口を開いたら泣いてしまいそうだったから。


「ごめん、ごめんなさい……」


 黄昏を過ぎた群青色の空はぼやけ、よく見えなかった。

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