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第2話 青い糸で繋がれた人

 赤い糸で繋がれた運命の人がいるなら、運命じゃない、一緒になってはいけない人もいる。

 もし一緒になれば大きな事故に遭ったり、厄介な病気を患ってしまったり、昼ドラのようなドロドロの関係に発展してしまったりと不幸が二人に降りかかる。そんな二人は赤い糸ならぬ青い糸で繋がれており、私は普通なら見えないはずのその青い糸が見える。つまり、事前にそういう「運命じゃない人」がわかるのだ。

 青い糸が見えるようになった時期については覚えていない。ただ、物心ついたころには既に見えていて、お母さんに無邪気にも訊いたところ本気で心配されて大嫌いだった病院に連れて行かれた。最低最悪の注射を刺された血液検査はもちろんのこと、当時はわからなかったがMRI検査やらCT検査やらを受けさせられ、異常なしの幼子の戯れ事と結論づけられたことは今でも覚えている。もちろん戯れ事などではなく、それから私は青い糸が見せる不幸の数々を目の当たりにしてきた。

 小学三年生の時、超有名人夫婦が誕生したかと思えば、一年と経たないうちに電撃離婚した。週刊誌による執拗な取材や報道が原因らしかった。さらにそのうちの一人は精神を病み、休業という名の事実上引退を余儀なくされた。

 小学五年生の時には、農業を営んでいた叔父さんが難病を患った。婿入りして何十年と続けてきた仕事が原因だと聞いた。

 中学生に上がってすぐのころには、近所でよく見かけるカップルが交通事故に遭うところを目撃した。しばらくしてまたすれ違った時には、男性のほうが車椅子に座っていた。

 その一年後には、以前からよく喧嘩していたお隣さんが離婚した。お母さんの話では、夫の単身赴任が何度も重なり、遠距離状態が長期間続いてすれ違いが生じてしまったらしい。しばらくして裁判にまで発展し、夫のほうが家を出ていったと聞いた。

 そして、さらにその一年後。私が中学三年生の時に、お父さんがリストラにあった。リストラされてすぐのころは明るく振る舞い、ほかの仕事を一生懸命探していた。お母さんもパートから正社員になり、必死に家庭を支えていた。でもなかなか仕事が見つからず、見つかっても環境が合わずにすぐ辞め、段々と夫婦喧嘩が増えていった。


「私だって疲れてるの! なのにあなたは家の事なんにもしないで、いつもいつもお酒ばっかり飲んで! もういい加減にして!」


「うるせー! 俺だって一生懸命やってんだ! 晩酌くらい好きにさせろ!」


 深夜、私が自室に入ってしばらくしたころに始まる夫婦会議からの口喧嘩は、本当に嫌だった。頭から布団を被ってイヤホンをつけ、寝る直前なのに音楽を大音量で鳴らした。あんなに仲の良かった二人の怒鳴り合う声なんて、一言足りとも聞きたくなかった。

 ほかにも、たくさんあった。

 たくさん、たくさんあった。

 そして全員の手には、漏れなく青い糸が絡みついていた。

 記者会見で幸せそうに左手の指輪を見せていた時も。

 叔父さんから送られてきた年賀状の写真の中でも。

 腕を組んで楽しそうにお喋りをしていたカップル二人とすれ違った時も。

 お隣さんの単身赴任のお見送りを見かけた時も。

 お母さんとお父さんが食卓であんなに仲良く笑い合っていた時も……。

 度重なるカップルや夫婦の不幸を見聞きするうちに、私はこの青い糸が「結ばれると不幸になることを示すもの」なのだと理解した。

 そして、なぜこんな能力があるのか考えた末に、これは自分の身を守るために事前に不幸を察知するための能力、つまるところ危機回避能力の一種だと結論づけた。親の喧嘩にも随分と慣れた、中学三年生の終わりごろだった。

 最初は便利な能力だと思った。要は青い糸で繋がれた相手以外となら、少なくとも不幸にはならないわけだ。幸せになれるかはわからないけれど、あんな目に遭うより百倍マシだ。恋人になる前に無用な不幸を回避できるのは、幸せに生きていくうえでひとつのアドバンテージになりうる。

 ……けれど。そんな考えは高校一年生で呆気なく崩れ去った。

 あの日、私は恋をしてしまった。


「――よう。春見、おはよ」


 事務連絡以外ほとんど話したことのないクラスメイト、高坂実くん。私と青い糸で繋がれた、運命じゃない人。

 意識的に避け続けていたのに、私はどうしようもなく恋に落ちてしまった。恋は落ちるものなのだと、この時に知ってしまった。

 そこから先は、ただただ苦しかった。

 教室で彼と話すたびに、胸に温かさと痛みを感じた。

 彼の笑顔を見るたびに、心がときめき切なくなった。

 彼と目が合うたびに、頬が熱くなり、視界が潤みそうになった。

 青い糸が、いついかなる時も私と彼を繋いでいた。

 どうして彼なんだろうと、何度も思った。

 どうして彼に恋をしてしまったんだろうか。

 どうして彼と青い糸で繋がっているのだろうか。

 どうして、どうして……。

 自問自答しても、当然答えなんか出やしない。それなのに、考えてしまう。

 そうして気がつけば、高校二年生になっていた。そして不運にも、私と高坂くんは今年も同じクラスになってしまった。

 世界は、どこまでも理不尽だ。

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