それから数日。
私のアドレス帳には6つの名前が増えたわけだが、やりとりをしているのは外ハネボーイの帝だけだった。みのりの将来の旦那とは最初から殆どやりとりをしないようにしていたし、他の人たちは最初の内は他愛もない話をしたが、イマイチ盛り上がらなかった。
返信に困るようなものには「じゃあ今勉強してるから」とか「おやすみー」と適当にかわし、いつしか残っていたのは彼だけ。
彼との会話も何の変哲のない平穏な会話ばかり。
しかし、今流行りの漫画を見ていたことや、好きなアーティストが同じだったことから自然と長く続き、お互いに呼び捨てで呼び合うようになった。
件名にある「Re」という文字がどんどん増えていくのが嬉しくて、思わず休み時間のたびに新着メールを問い合わせる程浮かれている位である。
そうそう。きっと恋をする前ってこんな気持ちだった気がする。
浮足立つような、ちょっとだけ特別な日を送れている様な。
私、もしかして彼に恋をしているのかもしれない。
このことを3人にも言った方が良いのかなと悩んだが、まだこの気持ちの名前が「恋」だと確定したわけではない。もしもただ異性とのやり取りがちょっと長く続いただけで恋と読んでいるのならあまりにもお粗末だ。
もう少し、ちゃんと見極めよう。そう思いそっと胸の奥に南京錠をかけて閉じ込めた。
しかし、後にこの判断が正しかったのだと証明される。
この日もいつも通りやり取りをしていた。日中はお互いに学校があるため、頻繁に返信が出来るようになるのは夜の方が多い。今話しているのは最近見ているドラマの話だ。すると私は1つポンっと思いつく。
相手の好きな芸能人を聞いてみよう。
もしかしたらそこから帝のタイプが分かるかもしれない。
この流れだったら、好きな芸能人を聞いても不思議ではないし、
ちょっとでも彼の好みを理解したい。
迷ったらとりあえず行動だ。
早速今届いているメールの返信画面を開く。
『てかさ、帝って好きな芸能人いる(>_<)?』
まるで好きな相手に彼女がいるか聞いているかのように胸が高鳴った。
すると、案外すぐに返信が来た。
見たいような、見たくないような。
一息ついてから、思い切って開けてみる。
『あーっ。門田秩華かな?』
「なんて読むんだろう。もんでん?かどた?かな。ちか?ちちか?」
初めて聞く名前だった。
一応この時代の話についていけるように毎日テレビを見ていたり、友人たちとも芸能の話をしているため、ある程度の人なら知っていると思っていた。
たまたま自分が知らないだけなのか、まだあまり有名な人ではないのか。
取り合えずネットで検索してみる。
そこに出て来たのは、一瞬目を疑うような情報だった。
「えっ。AV女優…?」
この頃の私はフィルターがかかっていたのであまり詳細を調べられなかったが、分かる範囲で調べた情報によればこの名前はAVに出ている女優のものだった。もしもこれが等身大の私だったなら、きっとかなりショックを受けていたことだろう。
しかし、今は29歳。
「男子高校生だもんな」とどこか達観した感想になった。
まぁ、それを好きな芸能人を聞いて答える内容かと問われればどうかという人もいるだろうが、そこは個人の自由だしあまり深く突っ込むことはやめておこう。ちょっと返事に困りつつも、無難な感じで返答をする。
『そうなんだ!
私は知らない人だったからあまり詳しくなくてごめんね( ;∀;)』
送った後に、「相手も返事に困って、返信が来ないかも知れない」という不安を覚えたが、その不安はすぐに消し飛んでいくこととなる。
何故なら、その後予想だにしないほどすぐに返信が届いたからだ。
「全く返信に困ってないじゃん。良かった」なんて思ったのも束の間。
その内容に、今度は中身が29歳と言えど言葉を失った。
『AV女優だよ(笑)あんまり見ない感じ?
てか、さくのもそういう写真くれない?(笑)』
何言ってんだこいつ。それ以外の感情が消失した。そういう写真というのは、この流れで言えばつまりそういうことだろう。冗談でも言って良いことと悪いことがある。段々と嬉しさよりも怒りと困惑の感情が大きくなっていき、私はすぐに思いのままに返信した。
『冗談でもそういうのは笑えないよ。』
いつもなら顔文字を付けていたが、流石に真剣さを分かってもらうためにあえて素っ気ないものにする。これでとりあえずいつもとは何か違うという事位は伝わっているだろう。あれだけ毎回浮かれていた新着問い合わせも、今ではどうしようにもなく嫌悪感を抱いた。しかしこういう時に限って早く受信をしてしまうのだ。
『いや冗談じゃないんだけど。何ならホテル行く?(笑)』
その文面を見て思わず携帯を枕に向かって投げ捨てた。
最低だ。言葉も出ない。
100年の恋もさめるなんて言葉もあるが、これはそんな綺麗な言葉を使っていいような奴じゃない。可愛いと思っていた近所の犬が、突然エイリアンになったような。言い知れぬ不快感。
私がやり取りをしていたのは、こんな人だったのか。
何なら、最初からそういうのが目的だったのだろう。
年相応だったら、きっとこの一言で大粒の涙をポロポロとこぼしていた。今だけは、自分の中身が大人であることに感謝すると同時に、いくら長年恋をしてこなかったとしても、男の見る目のなさに嫌気がさす。
その日はもう返信することなくベッドの中へと入った。夜遅くに『怒った?』と来ていたが、感情が死滅していたので何も感じず、その日は悪魔に追いかけられる夢を見た。
そして次の日。
いつも通り4人で教室を移動していると、みのりが例の彼といい感じになっているという報告を受けた。その流れで「その後どうなったのか」という話になった時、他の2人は「なんか違った」という理由でもう彼らとはやり取りをもうしていないことを知った。
私はこのおめでたい流れの中で昨日起きたことを話すか悩んだが、もしもまた彼女たちが万が一にでも彼とやり取りを再開することがあったとして同じ目に遭ったら嫌だと思い、素直に打ち明けた。
するとのんちゃんは顔を青くしながら
「ごめん、アタシがあんなことしなければ嫌な思いしなかったのに。もっと早くに聞くべきだった。」と謝りながらうつむく。
私はのんちゃんは何も悪くない、彼が馬鹿だっただけだと肩をポンポンと叩いた。
そして、私たちはその場で彼のアドレスを消した。
こうして私の学園祭は、本当の意味で幕を閉じた。