それから数分後、全員が好き勝手買ってきてまた戻ってくる。
私は21のアイスと、ん~まいよ棒(チキンカレー味)を買った。
実はこのん~まいよ棒(チキンカレー味)、販売が終了していて今はもう味わえないのだ。いちいち「これが最後かも」と思って何かを食べるのも重々しいが、こうして今は手に入らないものを食べられるというのは、何とも感慨深い。家に帰ってゆっくり味わって食べよう。
目の前ではのんちゃんがきなこ棒をボフボフとして机に粉を落としたり、隣ではモモとみのりが私のアイスを見ながら「味交換しよ~」と提案してくる。
私も溶ける前に開けようとし、カップに手をかける。
しかし、思った以上にのんちゃんが勢いよく粉を飛ばしてくるので、ん~まいよ棒を先に鞄にしまおうとすると、急に後ろから声がした。
「チキンカレー味美味しいよね。」
「!?」
振り返ると、凛然高校の制服を着た男子が4人佇んでいる。仕事や買い物以外で男性と話しもしない男性耐性0の女には衝撃映像だった。
「えっ。あ、はい。」
思わず敬語で答える。
自分の状況があまりにも飲み込めず、ただただ固まった。
「その制服、艶山高校だよね?」
話しかけてきた彼は、軽いイメージを持たせるような喋り方をしている。
茶髪にワックスでガンガン固めているのも、そのイメージを助長しているのかもしれない。うーん。この感じ、何とも苦手なタイプだ。
それにしても、早速制服の効果が発揮されているのだからのんちゃんの的中率はすごい。
さて、防御力攻撃力ともに皆無の私には、
「ハイだけでいいのか?折角話しかけてくれたのにノリ悪いなって帰っちゃうんじゃないか?」
と返答に困っていた。すると
「そうでーす!皆さん凛然高校の方ですか?」
のんちゃんが手を挙げながらそう答える。ギャル強し。ギラギラにデコられた船で助けを出してくれる。
ちなみに他の2人はというと、既にジャッジに入っているような目だった。今度は先ほど声をかけてきた茶髪の彼の隣にいた、眼鏡をかけた彼がグイッと答える。
「そうそう!てか正にこのクラスなんだよね。
ちょっと様子見に来たら、ここのみんなが気になったからつい声かけちゃった。今日は遊びにきたの?」
「遊びに来ました~っていうのと、実は彼氏探しに来ました~!」
「ちょっとみのりド直球すぎ~!」
「えっ、マジでー!?じゃあ俺らと一緒じゃん!」
みのりとのんちゃんによる2バッティングセンターの様に勢いの良い会話に、前髪がのれんみたいになっている彼が振りかぶって答えた。
「俺ら男子校だからこういう時じゃないとあんまり話せなくてさ~。」
「マジでー!?てかうちらも2年なんだけど、同い年ってことだよねー?ヤバくない?」
ヤバいのはあなたたちのコミュ力です。
「俺らこの後ちょっと用事あって一緒に回ったりは出来ないんだけどさ、良かったらメアド交換しない?」
「「するする~!」」
キャッキャとはしゃぐ2人と男子軍団を見て、モモと私は完全に取り残される。ずっと頭上で繰り広げられている高度なやり取りに、口を出す機会すらない。するとのんちゃんが私の方を見ながら目をパチパチとする。
そうだ。こんなところで後れを取っている場合ではない。
自分からも動かないと。私は近くにいたチキンカレー味の彼に声をかける。
「えっと、あの、私も良いですか?」
「ったり前じゃん!てか全員聞く予定だったし。赤外線で行ける?」
「あっ、うん!」
今度はその姿を見たモモも、「私も!」と声を上げる。それからは合コンで順番に席を替えるように、1人1人と赤外線で連絡先を交換する。
「へ~みのりちゃんって言うんだ。」
「え~!このメアドもしかしてBENP好きなの~?」
とヤイヤイしながら盛り上がる。
すると、先程の会話では1度も入ってこなかった男性の番になった。
髪の毛が元気に外をはねているのに、彼はこの中で一番大人しい。
「赤外線こっち?」
「あ、いやこっちの方。」
「俺から送るから受信して貰ってもいい?」
「あっ、うん!」
「俺、木葉 帝。」
「私は乙原さくの。よろしくね。」
「うん、よろしく。」
初々しさとたどたどしさを残し、2人で携帯を向き合わせる。今時の連絡ツールがあまりメジャーではなかった時代。私たちの連絡手段というのはほとんどがメールで、メアドの交換は赤外線で行われていたのだ。
全員と交換し終わった所で、相手がその場を後にする。気付いた頃にはアイスはもう溶けていた。ちょっとだけ火照った体と暑さのせいにして、数の増えたアドレスに思わずにやける。
落ち着いた頃には教室も人が増えて来たので、私たちも程なくしてこの場から出る。それから適当にいくつかお店を周り、最後に軽音部のバンド演奏を聴いてから帰ろうということになった。
結論から言うと、今回アドレスを交換する機会は合計2回。
そのもう1回というのは、このバンド演奏の時のこと。
みのりの隣に立っていた男性2人組に声を掛けられ、先程と同じように全員で連絡先を交換したのだ。この時、私は1人はやけに見覚えのある顔だなと思い、脳内で必死に検索をかける。
数十秒後、もれなくヒット。
そう。この人は将来のみのりの旦那さんだった。
前に見たのが結婚式の写真だったし、あのときよりも随分と痩せていたのでなかなかすぐに思い出せなかった。
彼女たちの出会いに立ち会えた感動を胸に、こうして私の華々しいデビューを飾った学園祭は幕を閉じた。