それから数日が過ぎても、私が元の世界に戻ることはなかった。
「今日はどっちの天井が見えているのかも分からない。」
そう思うと、少し前までは朝に目を覚ますのすらも怖かった。
不確定な未来と言うのは、どうしようにもなく恐怖の対象でしかないのだ。
それが今や、朝起きて、学校に行って、へとへとになって、家に帰っては鏡とにらめっこして。そんな毎日が当たり前になりつつある。
20歳を過ぎると1日はあっという間に過ぎ去るが、高校時代の1日というのは何故こうもゆっくりなのか。そんなことを思う毎日だ。
家庭科が2時間続いた時には、あまりの時計の進まなさに白目をむきそうになった。2分位先に進んでいる教室の時計がかえってイラつかせる。
教室から見える景色も、朝に鳴り響く電卓の音も、制服チェックの時間だけ下げるスカートも。段々と新鮮さを失っていく。
だけど、やっぱり高校時代の色鮮やかさと言うのは、どんなに長い時間を過ごしても褪せることはない。社会人になりたての頃はみずみずしい果実だったのが、いつの間にかドライフルーツになっていたのとは違う。
新鮮さはなくても、いつ食べても美味しい苺パフェみたいな。
そんな感じ。それが私にとっての高校生活。
このパフェがいつか変わる日が来るのかなという淡い期待と切なさを胸に、気が付けば学園祭はいよいよ明日に迫っていた。
決戦を前に、もう一度みんなで図書室に集まる。既に入れ替えの行なわれた雑誌を横目に、みんなの表情は目に見えてバラバラだった。
「いよいよ明日か~。あっという間だったわ。彼氏ほしー。」
「ねーめっちゃ楽しみ。イケメン多いといいなー。」
「男子校って初めて行くんだけど、どんな感じなのかな。」
既に心が明日に飛んでいるのんちゃんとみのりを前に、1人マイペースに男子校自体に興味のあるモモ。そして心がソワソワして妙に落ち着かない私。
心配事も不安も言い出したらキリがなさそうだったので、先に一番確認したいことを切り出した。
「てかさ、みんなどんな格好で行くの?」
その質問に真っ先に答えたのは、今回ものんちゃんだった。
「制服でいんじゃね?むしろ制服のがいんじゃね?」
「え、何で?」
「だって一目でどこ高か分かるじゃん。
私服で下手に悪目立ちすることもないし、
うちらの一番の勝負服でしょ。」
なるほどと感心するのと同時に、一切動じることなくすらすら答えるその姿にいつも以上に心強さを感じる。昨日まで1人、部屋でファッションショーを繰り広げていたが、結局どれもしっくりと来なかったので服装を考えなくて良いのは有難いことだった。
就活の時に「ご自由な服装でお越しください。」という文言があった場合、暗黙の了解のようにスーツで行くときの様に、「学園祭には制服で」みたいなルールも私が知らないだけでもしかしたらあったのかもしれない。
最近ではかえって「自由で良いっていってるのにスーツでくるとは」という
企業もいたりするらしいが、それも彼女が知ったら「いや自由でいいって言ったじゃん」なんてズバッと答えてくれるのだろうか。
そんな未来の彼女の姿すらも想像してしまう程、彼女は時にズバッと言いすぎる位に切り込んでくれるのだ。
「それに、うちらの学校割ってさ、と顔面偏差値高いって言われてるから、そういうのでも釣れる人いるかも知れないじゃんね。これを利用しない手はないでしょ。」
「おー頭いー。」
「こういうのはのんちゃんに聞くのが一番だよねー。」
「まぁね。」
周りからの賛辞に、真っすぐな髪の毛をさらっとさせて自信満々にそう答える。当時は少し疎ましさすら感じたこの自信も、歳を重ねた今は疎ましさよりも羨ましさの方が勝ってしまう。
それからこの間の時間を思い出させるかのように慌ただしく解散することとなり、「じゃあまた明日」と手を振り帰路につく。
家に帰ると、まだご飯もお風呂も残っているのに、既に今日が終わったような気分だった。
時計を見る度に、「あと10時間後には学園祭始まってるのか。」とか、「今頃男の人と話してるのかな。」とか、そういうことばかりを考える。これがもしも少女漫画のワンシーンだったら、きっと初々しいなと思いつつ微笑んでいることだろう。それが自分のこととなると、どうにもそんな気持ちになれないのは何故なのだろうか。
いつもよりも念入りにお風呂につかり、髪の毛を念入りにとかして部屋へと戻る。もう準備することもなく、本当に寝て明日家を出るだけ。それだけなのに、小学校の遠足の前日みたいなドキドキで、心臓がうるさい。
「学園祭、楽しいと良いな。」
そんなことを思いながら入った布団は、いつもより3度くらい温かかくて眠れなかった。