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私たちは無敵のJK。一生に一度のJK。

少しだけ後ずさりしたい気持ちに見て見ぬフリをして、学校へと足を進める。目的地に近づくにつれて、段々と賑やかな声と人の数が増えていく。なかには道中で見覚えのある顔もあったが、挨拶を交わすほどではない為こっちにも見て見ぬフリをした。


校門をくぐった瞬間、見覚えのあるクラスメイトの男子を見つけたので、気付かれぬ様に後ろを無言で着いていく。こんな怪しい行動をとったのは、もちろん卑しい気持ちなどがあった訳ではなく、下駄箱の位置を把握するためだ。

彼のお陰でそこまでは無事に辿りつけたが、正直自分の下駄箱の位置まで見つけ出せるかは不安で仕方ない。仕事でミスをしたことに帰り際に気付いてしまった時のような嫌な胃のキリキリが一瞬にして襲った。


しかし、不思議なもので当時の大体の場所を無意識に覚えていたのと、上から出席番号順に並んでいた為、何とか自分の場所を見つけることが出来た。


とりあえず第一ミッションをクリアできたことに、そっと胸をなでおろす。

あと1年あるというのに既に汚れの目立つ上履きを履いて、キュッキュッと音を鳴らしながら教室へと向かう。


廊下の窓から流れて来る風の音。

社会人になったらもう体験することが出来ないうるさすぎる教室。

そのどれもが懐かしくて仕方ない。


階段を登り教室の前に立つと、先ほどよりも遥かに多く見覚えのある顔が並んでいる。クラスメイトともなれば、挨拶を交わす仲の子も多い。

自分の見た目は当時のままなことに、未だに違和感を拭いきれず心臓のバクバク音もうるさい。一生懸命何食わぬ顔を作り、数人に挨拶を交わした後、教室に入る。


しかし、またもやピンチに陥った。

1年間変わらない下駄箱の大体の位置はなんとなく覚えていたとしても、流石に1年で数回変わる座席の位置までは覚えていなかったのだ。寧ろ、よっぽど記憶に残るような席でもない限り、10年以上前の自分の席をちゃんと把握している人なんて、この世界に何人いるのだろうか。

あぁ、これも出席番号順だったならどれだけ良かったことだろう。時すでに遅し。桜も散ったこの時期にはもう、席替え済みである。


とはいえ、ここで周りのクラスメイトに「私の席どこだっけ?」と聞くのはあまりにも不自然。それがウケるだけのキャラクター性を持ち合わせていれば良かったものの、生憎私のキャラならドン引きされることだろう。

今日一番のピンチを最速で更新させ、先ほどとは違う意味で心臓をうるさくさせる。


心を落ち着かせるべく小さく深呼吸をし、不安で行き場のない手をカバンに当てた瞬間。ふと1つ思い出したことがある。

この頃の私はレッサーパンダにドはまりしていて、カバンやガラケーなどあらゆるものにキーホルダーやぬいぐるみを付けていたのだ。

そして、机の隣にあるフックの所にも割と大きめのぬいぐるみを付けていた。今の世代はどうなのか知らないが、当時、私の学科では荷物掛けのフックの所に結構自由に自分の好きなものを掛けていたのである。

サッカーボールやバスケットボールを掛ける人もいれば、私みたいに大きめのぬいぐるみや可愛いティッシュケースを掛けてる人もいる。

それが自分を表す個性であり、何となくイケてる象徴のようなものだった。

そのことをハッと思い出し、怪しまれない程度にちらちらと教室を見渡すと、悪目立ちといっても過言ではないレッサーパンダのぬいぐるみを発見。

その懐かしさと有難さと安心感から、少しだけ涙目になった。


少し脱力した足取りで席へと向かい、レッサーパンダのぬいぐるみを二度ほど撫でてから荷物を下ろす。ギィイと鈍い音をさせながら椅子を引くと、日付と日直が書かれた黒板が良く見えた。

そこに自分の名前がなかったことに心の中で小さくガッツポーズする。

椅子に座った瞬間、スカートの布が足りなかった部分の太ももにあたりヒヤッとした。よくもまぁこんな固い椅子に長時間座れていたものだと当時の自分に感動していると、一気に周りが賑やかになる。


「おはよー。」

「あれ、今日いつもより早くね?」

「毎日チャイムと同時にくるのに、今は5分前じゃん。珍し。」


顔を上げると、そこには当時のいつもの面子。

いつメンが並んでいた。

彼女たちは私がいつもよりも早く来ていることに疑問を抱いているが、それとは対照的に私の抱いている感情は何とも忙しなかった。


あぁ懐かしい。

会う度に学生時代と全く変わってないと思ってたけど、こうして当時のみんなを見るとやっぱり若いなぁ。

そうそう。この頃こういう髪型流行ってたんだっけ。

めっちゃくちゃストーンってやりすぎな位のストレートパーマ。

あとは前髪にピン止めするのも、今の高校生はみかけないなぁ。

寧ろ笑われるのかも。

あ、そういえばそのキャラ最近全くみない。

こういうのって、気付いたら見かけなくなってるんだよね。


上手く作動していない工場の製造ラインの様に、次から次へと流れ来る感情に処理が追い付かない。

そして、とりあえず挨拶を返そうと口を動かす。


「おはよう。」


私が発した、たった4文字。この4文字の言葉を、こんなにも大切に思えるのはきっと今の私だからだろう。

すると、私がなかなか早い理由を言わないのでもういいやと思ったのか、前の席に座っていた彼女が携帯をいじりながらポンっと話しかけてくる。


「てかさ、今度凛高で学祭あるんだけどみんなで行かね?」


彼女はのんちゃん。このメンバーの中で一番の問題児。

この時代から色んな意味で遊んでいたのに、メンバーの中では一番最初に結婚し、今は可愛い子どもがいてもうすっかりお母さんだ。

改めて見ると、まだこんなにもあどけなさが残っている。会話の中身よりもそちらの方に気をとられて全く頭に入ってこない。


「凛高って男子校っしょ?えー行きたい行きたい!」

「確か来週の土曜日だっけ?私も行く~。」


みのりにモモ。みのりも結婚して最近では連絡も年に1回位だし、モモは今は医療系で働いてる。

17歳。そうか。彼女たちはまだ17歳なんだもんな。

そういう未来が待ってるなんて、この頃はきっと想像もしていなかったのかも知れない。何だかこの数分間だけでも、タイムスリップしてきた価値が十分にある。


「で、サクは?」

「えっ?」

「さっきから寝ぼけてんの?学園祭だってば。凛高の。行く?」


すっかり彼女たちの顔を見るのに熱心になってしまっていたが、今は学園祭の話をしているのだった。

男子校の学園祭?行った記憶が全くない。そもそも男子校って縁がないし、未知の領域って感じで何か怖いんだよなぁ。

みんなのお土産話を聞けたらそれでいいや。

そう思い、私の口は拒絶を口にしようとしていた。


「えーと、私は」


・・・違う。違う違う違う。馬鹿が。

また同じことを繰り返すつもりか。

そうだ、思い出した。私はこの時に真っ先に断っていたんだ。

さっきと全く同じ理由で。

12年も経っているのに、私は一歩も動けていなかった。ここから。

あの後に、みのりがこの学園祭で知り合った人と後日付き合ったって聞いて、勝手ながらもちょっと羨ましいななんて思ったんだ。

そして、現世ではこの2人は結婚してる。

この学園祭は、もしかしたら何かを変えられるチャンスなのかもしれない。だとしたら、発する言葉はこんなのじゃない。

私はやっと真っすぐと彼女たちへと焦点を合わせて、力強く答えた。


「私も、行きたい。」

「「「マジ!?」」」


3人はまるで目の前に異端な妖怪でもでた様なリアクションをする。

そんなに意外だろうか。いや、意外だよな。

寧ろ心外なくらいのリアクションだが、思えばこの時から彼女たちは何度かこういう話を振ってくれていた。

それをことごとく断っていたのは紛れもない私である。

それでもこうして毎回誘ってくれていたのだから、彼女たちには感謝しかない。

今回も彼女たちは断られる前提で声をかけたのだろうが、こうして思いもよらずOKが出たものでびっくりしたのだ。

当時の私の無礼を許して欲しいとそっと心の中で謝っていると、彼女たちは口々に率直な思いを口にする。


「えっ、真っ先に断りそうなイメージだったわ。

だって今までそういうの興味なさそうだったから。」


それは29歳の後悔した私。


「そうそう。面倒くさいとか、何か怖そうとかいって。」


そう。だから今回変わりたいって思ったの。


「なんか心境の変化でもあったん?」


だって、私。


「恋愛したいなって思ったから。」


ただそれだけ。


彼女たちは全員目を丸くするが、すぐに笑顔で肩をパンパンと叩く。


「いいじゃん!彼氏作って青春しようや!」

「うちらも行くし、いい人居たらメアド聞きまくろ。」

「勉強が彼氏とかマジ空しいっしょ!華のJKやぞ。」


そう。私たちは無敵のJK。一生に一度のJK。

神様、あなたのいたずらだったとしても、どうか。

もう少しだけ私に無敵の時間をください。


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