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THE BASIC SPELLS(Ⅲ)

 生徒一同が中庭に着くと、そこには悪魔の姿をデフォルメした演習用人形が横一列にずらっと並べられていた。


 その姿はデフォルメの甲斐あってか、夜中に一人で見たくはないタイプの鳥のマスコットのようで可愛げがまあ無くはない。ただ、全く同じ姿をしたそれらが20体近くも横並びしているその様は、流石に不気味だと言わざるを得ない光景であった。


「早かったね諸君。さあ、早い者勝ちだ。どれでも好きな子を選んでくれ」


 カルローネはそう言うものの、どれも全く同じ人形にしか見えない。生徒達は各々適当に目についた人形を選び、そこから20メートルほどの距離を取り、横一直線に整列した。


「さあ、まずは”燃えよフエゴ”からいってみようか。日頃のストレスが溜まっている諸君。ぜひ思う存分この子達へとぶつけてくれたまえ」


 カルローネがそう言って合図をすると、生徒たちは一斉に杖を構え呪文を唱える。


「”燃えよフエゴ”!」


 生徒たちの杖先から赤い光線が放たれ、それぞれの人形目掛けて向かっていく。着弾したそれからは、その威力差によって大小様々な火柱が上がった。


「うーん、ちょっと失敗しちゃったかなぁ・・・・・・。ルーは流石だね」


 爆炎を上げ跡形も無く燃え尽きたルイーザの人形と、腹部に焦げ目こそ付いているもののほぼその原形を留めている自分のそれとを見比べ、首を傾げながらアンジェラが呟く。


「ありがとう、アンジー。そのための練習なんだから大丈夫。次はきっと上手くいくわ」


 9月に入学してからまだ2ヶ月程度の間柄ではあるが、彼女の頑張り屋な性格であることはルイーザにもよく伝わってきていた。そんな彼女を気遣い、そう励ましの声をかける。


「私もエクソシストになるために沢山練習しないと!」


 両握り拳を胸の前で小さく掲げ、自分で自分を奮い立たせるアンジェラ。ふんすと鼻息が聞こえてきそうな可愛らしいその様子にルイーザが和んでいると、そんな彼女たちのひとときを邪魔するかのような大きく威圧的な足音と共に近づいてくる者が一人・・・・・・。


「はっ! ”燃えよフエゴ”もできない癖にエクソシストだぁ!? どうせ無駄な努力だから止めとけよ」


 そうアンジェラを馬鹿にするのは、雨に打たれたライオンのようなだらしなく伸びた髪と、恰幅のいい長身が特徴的な男子生徒。彼の名はベルトーニ・イノチェンテ。ルイーザたちと同じトルチャ寮の一年生で、彼もまたエクソシストを志望する一人だ。


 入学当初から「あのレアンドロの娘」と全校の注目の的であったルイーザのことが気に入らないのか事あるごとに噛みついてくる、ルイーザにとっては大変うっとうしい人物ではあったが・・・・・・。エクソシストの座を巡って完全に先を越されたからか、今日はいつにも増して苛立ちを隠そうともしていない様子だった。


「何よ、ベルトーニ。アンジェラに八つ当たり?」


 その明るい笑顔を曇らせてしまった親友に代わり、ルイーザはベルトーニの前へと立ちはだかる。


「チッ、親の七光りのエクソシスト様がよ。で偉そうにしてんじゃねーぞ」


 割り込んできたルイーザに対し、忌々しそうにそう吐き捨てるベルトーニ。


「あら? 杖なんか無くたって少なくともアンタには負けないと思うけど?」


 負けじと挑発するルイーザ。両者の間に一触即発の不穏な空気が漂い始め、関係のない生徒たちからも何事かと注目が集まり始める。


「あっ・・・・・・」


 そんな中、一人違う方向を見ていたアンジェラの口をついて出た呟きは、両者には聞こえていないようだった。


「”縛れ 鎖よカデーナ”!」


 瞬間、アンジェラの目線の方向から呪文が響く。すると、対峙する両者の間の地面が黒紫色に染まり、そこから蠢くように飛び出した無数の魔力の鎖が、あっという間に両者の身体を縛って地面へと這いつくばらせた。


「まったく。誰が『対人演習をしろ』なんて言った?」


 普段のおちゃらけた雰囲気からは想像もつかないドスの聞いた低い声。両者を縛った”鎖の呪文”は、いざこざの一部始終を見ていたカルローネによるものであった。


「も、申しわけありません・・・・・・。カルローネ教授・・・・・・」


 先刻までの威勢が嘘かのように、殊勝な態度で謝罪する両者。


「授業が終わったら解いてやる。それまで頭を冷やしておけ」


 しかしカルローネは冷たくこう言い放つと、そのまま他の生徒たちの元へと戻っていってしまった。


「いやー、すまなかったね諸君。気を取り直して次は『砕けピエドラ』の練習に移ろうか。あ、さっきの『燃えよフエゴ』で人形が全焼してしまった人は、直しにいくから手を挙げてくれたまえ」


 何事もなかったかのように授業へと戻り、演習用人形の復旧をして回るカルローネ。


「くそっ!」


 ベルトーニは直情的に右拳で地面を叩こうとするも、それすらも身を縛る鎖に阻まれてしまう。その顔は羞恥と憤怒で血管がきれそうなほど真っ赤に染まっていた。


「どうして私まで・・・・・・」


 そんな彼を冷めた目で見ながらも、同じように縛られてしまっているルイーザ。本来曲がってはいけない方向に曲げられそうになる関節の痛みと戦いながら、自らの状況に溜息をついた。



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