「パパ・・・・・・! ママ・・・・・・!」
幼き少女の慟哭は、どんよりとした曇り空へと吸い込まれて消えていく。少女の傍らには、力なく横たわる男女が二人。そのどちらも腹部を貫かれ、辺りに血の池を作っている。
「そこの君! 早くこっちへ!」
「いや! パパ! ママ! おねがい! へんじして!?」
手やその長いラベンダーブルーの髪の先が、血で赤く染まることも厭わず、二人の亡骸を必死で揺する少女。避難を促す青年の声も、彼女の耳へは届かない。
青年の視線の先には、奥から少女の方へとにじり寄ってくる一つの影。それは、人の大きさ程もある巨大な蜘蛛にも似た怪物。その鋭く尖った一対の前肢は、返り血を浴びて赤く染まっていた。
チュイン! チュイン!
青年は護身用のハンドガンを取りだし、怪物目掛けて射撃する。しかし放たれた弾は、怪物の固い外殻に容易く阻まれてしまい、まるで効き目は無い。その間にも一歩また一歩と、少女と怪物の距離は縮まっていく。
「おい! 早く逃げろ!」
「いやーーー!!!」
一刻の猶予も無くなり血相を変えて怒鳴る青年の声も、少女には届かない。
「クソッ・・・・・・!」
もはや青年にできることは無い。仮に少女を庇いに近づいたとて、死体を二つに増やす結果にしかならないだろう。そのことを理解して拳を握りしめた青年が、踵を返して逃げ去ろうとしたそのとき。
「”
どこからか男性の声が響き、赤い光線が怪物へと直撃する。着弾した光線は、怪物をその固い外殻ごと難なく焼き尽くし、あっという間に灰へと変えてしまった。
「君! 怪我は!?」
声の主。ブリックレッドの整えられた短髪の男性が、少女の元へと駆け寄る。
「ない・・・・・・けど・・・・・・パパとママが・・・・・・!」
溢れ出す涙で人形のような美しい顔を歪め、男性を見上げる少女。
「おじさん、まほうつかいなんでしょ? おねがい!? パパとママをなおして!」
少女は男性のズボンへとしがみつき、必死に訴える。しかし、男性は顔をしかめ、複雑な表情でただ首を横に振るのみであった。
「ごめんね・・・・・・。おじさんには、君のパパとママを生き返らせることはできないんだ・・・・・・」
「なんで!? パパ、ママーーー!!!」
少女の慟哭が響き渡る。
とそこに、靴音を鳴らして、銀のウルフヘアの長身の青年が一人近づいてきた。
「おいおい、レアンドロさんよ。いくら英雄さんだからって、勝手にこのルチアーノ様の仕事を横取りされちゃ困るぜ?」
ルチアーノは場の空気を読もうともせず、開口一番レアンドロへと詰め寄っていく。
「お前はセイリオスの・・・・・・。来ていたのか。なら、今までどこで何をしていた・・・・・・?」
レアンドロは威圧的な鋭い視線で、ルチアーノのことを睨みつける。
「何って、
しかしルチアーノは臆することなく、そして悪びれもしていない様子だ。
「・・・・・・そこの君、この子を頼む」
「分かりました。ほら、行こう」
少女はレアンドロから引き剥がされ、青年の手により抱えられる。
「いやーーー!!! パパーーー!!! ママーーー!!!」
青年の腕の中で泣き叫び暴れる少女であったが、その小さい身体では抜け出せず、青年と共に姿を消してしまった。
***
「はぁ・・・・・・。わたしも強くなれれば、誰かを守れるようになると思ったんだけどなー・・・・・・。あの時のおじさんみたいに」
溜息を一つつき、少女が窓越しに見上げた空は、あの日と同じような曇り空だった。