マルトンジェッリとルチアーノの凶行により、大混乱を巻き起こした全校集会から早一週間。救護課の必死の治療が功を奏し、ほとんどの生徒は無事に日常へと復帰することができた。
その間にあったことといえば、マルトンジェッリの魔法省大臣への正式な就任。そしてそれに伴い、彼が集会で言っていた学院への処遇が大々的に公表された。
「なんか人少ないね・・・・・・」
いつになくガラガラな授業前の教室を見渡し、アンジェラはボソリと呟く。
治療が長引いている者、精神的なショックで授業に出られる状態ではない者など理由はさまざま考えられる。
だが、一番大きなものは新規エクソシストの輩出停止だろう。エクソシストになるが為に学院へ入学した者は少なからずいるはずで、そういった者からすれば今回の事態は言わば通学する意義を問われかねない問題だ。中には転校や退学を考えるものがいてもおかしくはない。
「そうね・・・・・・」
ルイーザもまた同じようにガラガラの教室を見渡し、アンジェラに乗じるように重ねて呟く。
「やっぱりあの件があったからなのかな? ルーも最近は全然任務無いしね・・・・・・。わたしからしたら、その分一緒にいられてちょっと嬉しいかもだけど」
「やめてよ、恥ずかしい・・・・・・」
さらりと恥ずかしいセリフを言ってのけるアンジェラのことを直視できずに、ルイーザはふいと顔を背ける。
アンジェラがエクソシスト志望であることは、ルイーザもよく知っている。なにせそのための特訓に付き合ったりなど、誰よりもその努力を間近で見てきたのだから。
そう。アンジェラだって今回の一件で事実上その夢を絶たれた内の一人のはず。しかし、彼女の見せる眩しい笑顔は至っていつも通り。少なくともルイーザの目にはそう映っていた。
その笑顔の仮面の裏に隠されているであろう感情の正体を考えると、ルイーザの心はちくりと痛む。とはいえ、今すぐに何かをしてあげられるわけでもなく、もどかしさでもやもやする。強いて言うなら、変わらない日常を過ごさせてあげるのが彼女のためなのだろう。
ガララ。
そんな折、教室の扉が開いて一人の教授が入室してきた。だが、始業にはまだ5分ほど早い。
「あれ? ジョルジ教授にしては早・・・・・・って、カルファーニア教授・・・・・・?」
扉の開く音を聞いてから慌ててカバンの中身を出そうとしていたアンジェラの手が止まる。
入室してきたのは次の魔法史担当のジョルジではなく、魔法技術科担当、そしてエクソシスト管理の担当でもあるカルファーニアであった。普段あまり研究室から出てこない彼が、しかも関係無いはずの授業の教室に現われたといういささかの珍事件を前に、にわかに教室内がざわめき始める。
そんな生徒たちの好奇の目線とざわめきに当てられたせいか、カルファーニアは面倒くさそうにそのボサボサの頭を掻く。そして彼は、ルイーザの座っている机の位置を確認すると、そのまま真っ直ぐ向かって来た。
「フランテ君、話がある。ついて来てくれ」
ぶっきらぼうにそう一言だけを告げ、そのまま後ろ側の扉から退室してしまうカルファーニア。
「え? あ、はい・・・・・・」
唐突かつ一方的なことでルイーザは従わざるを得ず、仕方が無く席を立った。先程まで教授に向けられていた好奇とざわめきが、今度はそのままルイーザの方へと向けられる。
「ゴメン、アンジー。また後でノート見せてちょうだい」
「はーい、任せて! 行ってらっしゃーい」
授業の心配はいつも通りアンジェラへと任せ、慌ててカルファーニアを追って退室するルイーザ。
「いつもテレパシーでの呼び出しなのに、今日はどうしたんだろ?」
慌ただしく去っていくルイーザの背中を見つめながら、アンジェラは首を傾げる。その背中が完全に見えなくなると、今度は教室の窓から見えるどんよりとした曇り空へと視線を移した。
「・・・・・・エクソシストかぁ」
ぽつりと零れたアンジェラの呟きは誰の耳にも届くことはなく、教室のざわめきへとかき消された。