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THE EMERGENCE OF TURBULENCE(Ⅰ)

 チチチチチ。


 窓から聞こえる鳥の声と差し込む朝の日差しが、任務続きで疲れた身体へと染み渡る。


「んんっ」


 そのまま二度寝したい誘惑を断ち切るためか、ルイーザは強引に身体を起こし、上に大きく伸びをする。


 徐々に稼働を始めて行く五感。キッチンの方からはパタパタとした小さな足音と、ほのかに漂うカモミールの香り。その音と香りの方へ目を向けると、寮のワンルームの向かいでは、すでに白のスクールシャツとバーガンディカラーのチェックスカートに着替えも済ませたアンジェラが朝食の準備をしていた。


 眠い目を擦りながらベッドから足を下ろし、パステルブルーの寝間着のまま、ダイニング代わりのミニテーブルの方へと歩いて行くルイーザ。


「アンジー、おはよう」


「あ、おはよー。ルー」


 眠気も覚めやらぬ声でアンジェラへ朝の挨拶をする。すると彼女はオレンジ色のケトルからティーポットへとお湯を注ぎながら、その明るい笑顔を見せて振り向いた。立ちこめる湯気からはカモミールの香り。


「もうできるところだからちょっと待っててねー」


 フライパンからバターの焦げ始める香りがして、アンジェラは慌ててケトルを置き、大した距離でもないのにコンロの方へ小走りで向かっていく。そんな彼女の後ろ姿をルイーザは微笑ましさ半分、心配半分でぼーっと見つめていた。


 ワンポイントの青い花柄が可愛らしい白のパン皿へと、できたてでまだ湯気の立つスクランブルエッグが盛り付けられていく。


「運んどくわ。オーブンのパンも乗せちゃっていい?」


「うん、お願い」


 何か少しでも手伝おうとキッチンへ向かったルイーザに後のことは任せ、アンジェラは途中で置きっぱなしになったカモミールティの方へと戻っていく。隣同士仲良く並べられたパステルカラーのピンクとブルーのマグカップに、ティーポッドから回し注がれるほのかな緑色の液体。目の覚めるようなすっきりしたハーブの香りが鼻腔をくすぐる。


 ルイーザはオーブンの中から焦げ目のついたロールパンを二つ取り出し、スクランブルエッグの脇へと一つずつ置く。そして両手に一枚ずつ皿を持って運んで行き、小さなテーブルに隣合うようにそれを並べた。


「お待たせー」


 後を追うように両手にマグを持ったアンジェラが近寄ってくる。並べられた皿に倣うように、その隣に並べられて湯気を立てるピンクとブルーのマグ。


 先に座っていたルイーザの隣へとアンジェラが腰を落とす。ミニテーブルで並んで座ろうとすると、まるで肩が触れ合う恋人の様な距離感だ。入学当初こそ気恥ずかしかったこの距離感も今ではすっかり慣れたもので、ルイーザにとってはこのほのかに鼻腔をくすぐるポプリの香りが、かえって落ち着きすら覚えるものへとなっていた。


「テレビでもつける?」


「そうね」


 アンジェラがテーブルの向かいに備えつけられた小さなテレビにリモコンをかざす。電源のついたテレビの画面越しでは穏やかな朝に似つかわず、アナウンサーが慌ただしく速報の読み上げを行なっていた。


「朝から物騒ね。何かしら・・・・・・?」


 ピンクのマグカップの中身をすすりながら、ルイーザはそう呟く。


「繰り返します。緊急速報です。今日未明。ゾルチーム中部の魔法省庁舎付近にて、同省のイアンヌッチ大臣を含む男性二名が、胸部を貫かれ殺害されているのが発見されました」


「え? 大臣が?」


 いつもより浮き足立ったアナウンサーから告げられた内容を聞き、ブルーのマグカップを持ちながらアンジェラが素っ頓狂な声を上げた。


「えー、ただ今入りました情報によりますと、殺害されたもう一方の男性は、エクソシスト団体セイリオス所属のランツァ・ネーロ氏である可能性が高いとのことです。イアンヌッチ大臣の遺体にはネーロ氏のものと見られる魔力干渉の形跡があり、警察はネーロ氏が大臣を殺害し、その後自殺を図ったものとして捜査を進めているとのことです」


「セイリオス・・・・・・?」


 ルイーザの脳裏に先日会った銀髪の男の姿が浮かび上がる。ルチアーノは確かに何らかを企んでいるような素振りではあったが、まさかこの事件と何か関係しているのであろうか。


「ルー、どうしたの?」


 眉間に皺を寄せているルイーザの方を見て、アンジェラが首を傾げている。


「あ、いや。なんか物騒な世の中ねーと思って・・・・・・」


 無意識に誤魔化そうとしてしまい、何事も無いように取り繕ってしまうルイーザ。


「だねー」


 幸いアンジェラに何か勘づいた様子はなく、焼きたてでまだ熱いロールパンを両手で持ち、小動物のようにかじっていた。

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