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FREEDOM OF THE PRESS(Ⅱ)

 モネータ寮棟に併設されている、部室棟の三階。


 今ルイーザの目の前にあるそのドアには、「放送部」と書かれた簡素な木製ドアボードのみがぶら下がっている。


 ルイーザが一呼吸置いてそのドアノブに手をかけようとしたその時、自動ドアかのように内側からドアが開かれた。


「やあ。スーパールーキーくん。キミが来ることは知っていたよ。なにせからね」


 中から出てきた人物は、ライムライトの光のような金髪を無造作に後ろで一つに束ねた女子生徒、エミリー・ジョヴァンナその人であった。


 そのボサボサの髪と、制服の下だけ黒のジャージに履き替えただらしない服装は、彼女が外見へ無頓着であることを雄弁に物語っている。しかしその素材の良さからか、まるでプライベートの女優かのような、不思議とそんな雰囲気があった。


「まあ立ち話もなんだ。どうぞ上がってくれたまえ」


 エミリーに促されるがまま、放送部の部室へと上がるルイーザ。彼女の能力によって賄われているからか、そのこぢんまりとした部屋の中には「放送部」といいつつ機材の一つもなく、ただ彼女の食べかけと思しきスナック菓子の袋と、脱ぎ捨てられて皺だらけなアンバーカラーのモネータ寮制服スカートが転がっているのみだ。


「こんにちは、エミリー先輩。でしたら、何で私が来たのか分かってますよね?」


「もちろんだとも。そして答えは『ノー』だ」


 エミリーの飄々としたその立ち振る舞いからは、「何か問題でも?」とでも言わんばかりの開き直りのような態度が見て取れた。早くも難しい交渉になるであろうことを察し、ルイーザは半ば呆れたような口調で話しを続ける。


「・・・・・・どうしてこんな配信を?」


「まあそう怒らずに聞いてくれたまえ。悲しいかな、いつの世も英雄とは大衆の娯楽としての面を併せ持つ者なのだよ。私はただ、視聴者たちの需要に応えてやっているだけさ」


「だったらせめて事前に許可をですね・・・・・・」


「そうしたらキミは許可を出してくれるのかい?」


「いや、もちろん出しませんけど」


「それでは意味がないな。私には視聴者の求める映像を届けるという使命があるのだから。たとえどんな手段を用いてでもね」


 ああ言えばこう言うといった状態で交渉は平行線の一途だ。しかし、ルイーザとしても引き下がる訳にはいかない。


「・・・・・・じゃあせめてへの配慮をですね」


「そこが一番大切なシーンなんじゃないか。私は美少女のあられも無い姿が見た・・・・・・いや失礼。いったいこの学園には年頃の健全な男子生徒諸君が何人いると思っているのだね?」


 この女はもう駄目かもしれない・・・・・・。奇しくも途中で漏れた私欲のせいで交渉の余地が無いことが明らかとなり、いよいよもってルイーザは大きな溜息をつく。


 すると、後ろの扉が突然バアンと大きな音を立てて開く。


「おい、またふざけた配信してやがんのか!? 今すぐ止めろ!」


「おやおや、これはファリーニ教授。だなんて失敬ですね。私はただ、視聴者の求めるものを提供するという使を果たしているだけですよ?」


 勢いそのままに怒鳴り込んできたその人物はファリーニ・デジデーリア。29歳にして数学・生徒指導・モネータ寮長の三足のわらじを履く優秀な女性教授だ。そのボーイッシュな外見と、女性にしてはドスの利いた低い声。そして彼女の欠点でもあるやや血気盛んな性格も相まって、一部の生徒たちの間では”恐怖の象徴”として恐れられてもいる。


 そんな彼女がここに来た理由は、言うまでもなくエミリーの配信にあったようだ。


「何が使だ。この変態パパラッチ野郎」


「これだけの美少女を捕まえてとは失敬ですね」


 そんなファリーニ教授に対しても、エミリーは一切臆する様子は無い。ルイーザを間に挟みながら、漫才かのようなやり取りを繰り広げている。口を挟む間もなく、ルイーザは置いてけぼり状態だ。


「自分で言うな馬鹿野郎。とにかく、今すぐ止めないと部費全額差し押さえだからな?」


「私は決して権力には屈しない。しかし部費を止められるわけには……。青少年たちよ……ふがいない私をどうか許してくれ……」


「いや、あなたの欲望ダダ漏れでしたよね」とルイーザはツッコミを入れ、スケープゴートにされた哀れな男子生徒たちへ内心で合掌する。


 エミリーから魔力の出力配信が止まったことを確認すると、ファリーニはため息をついてルイーザの左肩を叩いた。


「この馬鹿が迷惑かけて済まなかったな。また何かされたら私に言ってくれ」


「ありがとうございます。助かりました」


 何はともあれ配信の阻止に成功し、安堵で胸を撫で下ろすルイーザ。


「これが権力の癒着……しかし、私は権力には屈しない……」


「うるせえ。次は廃部だからな?」


 歯ぎしりをして拳を握りしめるエミリー。そんな彼女に目もくれず、その一言だけを残してファリーニは去っていった。

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