カルファーニアの指示通りに向かったスパーダ寮棟ロビー。今は授業中ということもあり生徒の姿はほとんど無く、普段は寮生たちで賑わう広々と
したロビーもがらんとしたものであった。
そのおかげもあってか、目的の人物の姿は想像よりもあっさりと見つけることができた。
ダリエント・スパルターク。スパーダ寮の3年生にて、寮のリーダー的立ち位置を担う主席生徒だ。ルイーザも彼と直接面識があるわけではないが、入学式を始めとしたあらゆる学校行事において目立つ存在であった彼のことはなんとなく印象に残っている。
「こんにちは、ダリエント先輩。私、トルチャ寮一年のフランテ・ルイーザです。よろしくお願いします」
任務に指名されたエクソシストのある意味特権であろうか。ダリエントは授業中にも関わらず寮のロビーでコーヒーブレイク中であった。
「ああ、キミがフランテ君だね。僕はスパーダ寮三年のダリエント・スパルターク。よろしく」
ルイーザに声をかけられた彼は、持っていたコーヒーカップをソーサーへと戻すと、彼女の方へと向き直り、爽やかな挨拶を返してきた。
「君のことは有名だからね、よく知っているよ。かの伝説の”車輪の杖”の正統後継者」
「い、いや。私なんかまだまだそんな……」
「はは、そんなに緊張しなくてもいいよ。今日の相手はただの雑魚のようだから、そんな心配もいらないしね」
初任務を前に内心緊張していたルイーザであったが、ダリエントのアイスブレイクのおかげもあってか、いくらか緊張がほぐれてきたようだ。ルイーザの表情がいくらか柔らかくなったことを確認すると、ダリエントは次の言葉を続けた。
「場所は確か東2番街だったかな? いつまでも油を売っていると教授に嫌味を言われちゃうからね。そろそろ行くとしようか」
二人は杖を取り出し、「
***
「いやー、これはこれは。デビュー戦にしては随分
上空に広がっているその光景を見上げ、ダリエントは肩を竦めてため息をつく。
雲一つない青空を切り裂くかのように、ただ一本だけ引かれた黒の直線。徐々に徐々にと広がっていくその隙間の漆黒からは、白骨化した鳥のような姿をした悪魔たちは次から次へと飛び出してくる。
「20匹は確実にいますね……」
異形の軍団の姿と相対し、一つ深呼吸をして杖を構えるルイーザ。幼き日の苦い記憶や、学院での悪魔学の授業などを通じ、悪魔の姿自体には慣れ切ったはずのルイーザではあったが、いざ自分が武器を取って対峙する側になると、手が震えるような緊張感に襲われる。
「一体一体はたいしたこと無さそうだし、各個撃破していけば大丈夫なはずだよ。僕も手伝うから落ち着いていこう」
場慣れした先輩らしく冷静な判断を下すダリエント。しかし、ルイーザはその指示に対して首を横に振った。
緊張しているのは嘘ではない。ただ不思議と思考は至って冷静だった。たとえこの数であっても、あの呪文なら・・・・・・
「”
呪文を唱えたルイーザの杖先からは、直径5メートルはあろう巨大な炎輪が放たれる。ルイーザの杖先での指揮に従い、空中を転がるように悪魔たちの元へと向かっていく炎輪は、それらを容赦なく次々と轢き潰していく。また、その軌道上には激しく燃え上がる炎の轍が残り、かろうじて即死を免れた者達の身をも跡形もなく焼き尽くした。
こうして、20体以上はいたであろう悪魔たちの群れはあっという間に殲滅されたのであった。
そんな一部始終をしばらく唖然とした様子で眺めていたダリエント。しばらくした後でようやくその口を開いた。
「いやはや。まさか、すでにこれ程までの
「あくまで”車輪の杖”の力ですよ。私なんかまだまだ、父の力を借りて戦っているだけの駆け出しエクソシストに過ぎません」
また親の七光りと言われるのではないか。そんな不安からか、どこか臆病に振る舞ってしまうルイーザ。
「それだって誰にでも使える代物じゃないだろう? 立派な君の力じゃないか。謙虚は美徳というけど、誇るべきところは正しく誇ることも大事だよ。特に戦いに身を置くのであれば尚更ね」
しかし、ダリエントは逆にそんなルイーザを窘めるかのように、その肩へと優しく手を置いて忠告を送った。
「わ、わかりました・・・・・・。ありがとうございます」
はっと目が覚めたのか、ルイーザの瞳には僅かに決意の色が浮かぶ。
「ただ……この燃えっぷりだと”呪骸”の回収は骨が折れそうだね・・・・・・。ちゃんと持って帰らないと後で教授がうるさいからね……」
「す、すみません……。次からは気をつけますね」
二人は顔を見合わせて苦笑いし、燃えさかる轍の炎が消えるのを待つのであった。