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THE LECTURE OF ELEMENTARY SPELLS

「では諸君。今日は基礎呪文のおさらいをしようか」


 始まった基礎戦闘術の授業。壇上に立つのはカルローネ教授。


「基礎呪文の中でも、主に攻撃において基礎中の基礎となる四属性の各一番。全て答えられる者はいるかな?」


 教授が小手調べと言わんばかりに質問を振ると、生徒のうち数人が一斉に手を挙げる。


「では、アルファート君」


「はい」


 指名された女子生徒、アルファート・スザンナが立ち上がる。


「火属性一番、対象を発火させる『フエゴ』。地属性一番、対象を砕く『ピエドラ』。風属性一番、対象を切り裂く『ビエント』、水属性一番、対象を凍らせる『イエロ』の四つです」


「パーフェクトだ。流石だね、アルファート君」


 教授のわざとらしい拍手に対しても、顔色一つ変えず涼しい表情のままで着席するスザンナ。


「基礎中の基礎でありながら、いずれも極めれば強力な武器になるから皆もよーく練習しておくように。特に悪魔祓い志望の諸君はね。さて、あまり長々と話しをしていると皆寝てしまうね。早速実演に移るとしようか。10分後に中庭に集合するように」


 そう手短な解説を済ませると、教授は移転ラスフィールの呪文を用いて壇上から姿をくらましてしまった。


「いいなぁ、移転ラスフィール。私も使えたら楽なのになぁ」


 ノートや筆記用具をしまいながら唇を尖らせるアンジェラ。


「練習あるのみね。私も歩いていくから早くいきましょ?」


 二人が荷物をまとめて立ち上がる頃、他の生徒たちも教授を追いかけぞろぞろと中庭へと向かって行った。


 ***


 ルイーザたちが中庭に着くと、そこには鳥形の悪魔の姿を模したダミー人形が所狭しと横一列にずらっと並べられていた。ある程度デフォルメされたデザインをしているおかげで、一つ一つを見る分にはまあ可愛げが無くもないかなくらいの見た目ですんでいるのだが、20体近くも並んでいると、流石に気持ち悪い意外の感想が出てこない異様な光景ではあった。


「早かったね諸君。さあ、早い者勝ちだ。どれでも好きな子を選ぶといいよ」


 教授はそうは言うものの、人形たちはどこからどう見ても同じ姿にしか見えない。生徒たちは各適当な人形を選び、その20メートルほど手前、横一直線に整列した。


「さあ、まずは『フエゴ』からいってみようか。日頃のストレスがあったら思いっきり人形にぶつけてくれ給え」


 教授がそう言うと、生徒たちも一斉に杖を構え呪文を唱える。


フエゴ!」


 それぞれの生徒の前の人形から、大小様々な火柱が上がる。


「うーん。私やっぱり『フエゴ』は苦手だなあ。ルーは流石だね」


 跡形も無く燃え尽きたルイーザの人形を見て、少しばかり落ち込んだ様子のアンジェラ。アンジェラの人形は、腹部に焦げ目こそ付いているものの、ほぼ焼けずにその原形を留めていた。


「まだ入学して間もないんだから、これから練習すればいいんじゃない? あんまり気に病む必要ないと思うわよ。それにアンジーだって『イエロ』なら私よりも上手いんだし、『フエゴ』だってそのうちできるようになるわよ」


「そんなことないよー。えへへ。でも私も悪魔祓い目指してるんだから、『フエゴ』も練習しないとなー」


 ルイーザに「イエロ」を褒められ、少し照れくさそうに鼻をかくアンジェラ。すると、そんな彼女たちの元に近づいてくる人影が一つ。


「はっ。そんな蟻も焼けないような『フエゴ』で悪魔祓いかよ。に咬み殺されるのがオチだからやめとけよ」


 アンジェラのことを小馬鹿にするように近づいてきたのは、同じトルチャ寮の男子生徒。彼はベルトーニ・イノチェンテ。彼もルイーザたちと同じく悪魔祓いの志望で、同級生にしてエリートのルイーザのことを一方的にライバル視している。


「何よ、ベルトーニ。あなただって蝿も凍らないような『イエロ』しか使えないくせに。あなたこそに喰い殺されるのがオチなんじゃないの」


 正面切ってルイーザに喰ってかかっても勝ち目がないことは、彼も内心理解しているのだろう。そのせいか、歪んだコンプレックスの矛先は、彼女といつも一緒にいるアンジェラの方に向かうことがしょっちゅうだ。今日も今日とてそのパターンだ。


「はっ。『フエゴ』もまともにできないトルチャの恥のくせに。あんまりデカい口を叩くなよ」


 トルチャ寮。ゾルチーム魔法学校における四つの寮のうちの一つで、ルイーザたちの所属寮だ。燃え上がる炎のエンブレムが寮の象徴であることからか、火の呪文を得意としている生徒が多く集まっている傾向にある。トルチャの他にはモネータ寮・スパーダ寮・ビケーレ寮の三つがあり、それぞれ地・風・水を象徴しており、魔法学校らしく魔法の四属性がそれぞれのモチーフとして用いられている。


「そんな占いレベルの話、真に受けてるの? 早くアンジーに謝りなさい」


 コンプレックスを突かれて少し伏し目がちになるアンジェラに代わり、ルイーザがベルトーニの前に立ち塞がる。一触即発の空気がにわかに漂い始めた。


「ふん。め。あんまり調子に乗るんじゃないぞ。目に物見せてやる」


 頭に血が昇ったベルトーニが杖を振り上げた、その時だった。


縛りの鎖カデーナ!」


 低く鋭い声が響くや否や、ベルトーニの足下から無数の鎖が飛び出し、あっという間に彼を縛って地面へと這いつくばらせた。


「ゾルチーム校則第7番『許可のない私闘の禁止』。まさか忘れたとは言うまいな。ベルトーニよ」


 普段の少しお茶目な雰囲気からは想像もつかない程の低く鋭い声。いざこざの一部始終を見ていたカルローネ教授によるものであった。


「きょ、教授。い、いや、これは」


 頭が冷えて事の重大さに気づき、しどろもどろに許しを請おうとするベルトーニ。


「授業が終わったら解いてやる。それまで頭を冷やしておけ」


 しかし、教授は冷たくこう言い放つと、彼に背を向け他の生徒たちの元へと戻っていった。


「いやー、すまなかったね諸君。気を取り直して次は『ピエドラ』の練習に移ろうか。あ、さっきの『フエゴ』で人形が全焼してしまった人は、直しにいくから手を挙げてくれたまえ」


 何事もなかったかのように授業へと戻り、ダミー人形の復旧をして回るカルローネ。跡形も無くなったルイーザのダミー人形も、教授が「修復リパール」の呪文を唱えると、みるみるうちに元の姿を取り戻したのであった。



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