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第7話 再びの訪れ

 背中一杯に張り付くようなバッグを背負い、私は再び馬に跨る。三つの文字と初めの並び順を基にして割り振られた番号で判断する住所の中でも法則を乱す番号が与えられた倉庫は比較的新しいものだと想像がついた。一度建物が取り壊されて二つ以上に割れて先に建てられた一つの建築物に以前の番号が振られてその後に作られた倉庫だと確信が持てた。

 新しい建物というものの、埃被っている様はそれなり程度の年季を、へこんだ柱や所々表面が割れた壁は私の人生よりも長い時をそこで過ごしてきたのだろうと想像を抱かせる。

 そんな倉庫も既に過去の映像。目に映している今は既に荒れた土地そのものだった。軽い痛みを生み出す日差しと体力を奪い取ってしまおうという熱に覆われ草すら頼りない姿を取っている中、逞しく伸びるサボテンの力強さに驚かされつつもぶつからないように馬の方向を足で指示する。私の背に先日の愚行による痛みが走る。引き裂かれるような想いの中で、意識を奪われてしまいそうな感覚が意識を保つための役に立っている現状で、ただ目的のためだけに動いていた。

 素早く流れていく景色の中、レールが外にまで伸びる街を素通りして次の街を目指す。荷物が少ないだけでここまで進む距離とその数字を踏む速度が変わって来るのかと驚かされていた。

 馬の底力は計り知れない。気が付けば太陽が傾き始める時間、空の色を変え始める頃に、太陽の色に焼かれる頃に目的の街が目と鼻の先にまで迫っていた。

 以前の依頼では他所の街で一夜を明かした。同じ時間を経るだけで荷物運びを終えようとしているのだから私としては楽で仕方がなかった。

 賃金は幾らなのだろう。宿代は雇い主が支払ってくれるそうだが肝心なところを見ていなかった。あまりにも急ぎ過ぎていたということ。これが失敗の元なのだから私の方にも反省すべき点があるものだ。

 関所を無事に通過して街へと入っていく。馬は動きを止めることなく、しかしながら軽い疲れを背中から感じてしまう。

「もう少しだから頑張って」

 そう告げて引き続き走らせていく。石の地面は馬にとっては踏み心地が悪いかもしれない。地面を叩く音が妙に固いのだ。

 宿の住所を確かめて一度顔を出す。馬を預けて私は運搬先の方へと足を動かし地を踏んで。馬に乗っていた時とは異なる痛みが同じ部位に走る。脚や腕にまで痛みが絡みついて牙を向ける。

 この街でも住所の表記は同じであるため、目指す場所はすぐさま特定できた。

 ドアに掛けられた鉄の輪をつまみ、二度叩く。金属のドアと鉄の輪がぶつかり合って耳に刻まれる音はしっかりと響き渡って家の中にまで入り込んだものだろうか。家主の許可も無く忍び込む合図、それを受けて恰幅の良い男が現れた。頬から伸びるひげたちに癖のある淡い茶髪。そうした特徴が優しい顔立ちを誤魔化して大人びた固さを、責任感や威厳を演出していた。

「何の用か」

 怪訝そうな顔をして訊ねる男を前にすぐさま声を奏で上げて答えてみせる。

「荷物を運んできました」

「納品か」

 男は頭を掻きながら私が差し出した荷物を受け取る。男は荷物を受け取るや否や手を突っ込み、中に納まっている物を取り出した。その手に握られていたのは植物だろうか、麦わら帽子と山ぶどうの蔓の中間地点を行くような色をしたよくしなる植物だった。

 それから男は家の中に戻り、それからしばらくの間、十拍以上数えても戻って来ないためやがて数える事すらやめてしばらくの時間を過去へと変えたのち、ようやく戻ってきた。

「こちらの板に納品チェックをお願いします」

 男はナイフを用いて薄板に傷を入れ、納品完了の印を作り上げた。

「これをもらっていきなさい」

 男はあの植物を絡めて油を塗ったと思しき縄を手渡す。

「うちの商品の余りだが何か役に立てばいいな」

 余っているにもかかわらず新しく縄を作るのだろうか。そんな疑問に答える声はなくとも顔がしっかりと答えていた。声など使わない、言葉など交わさない、そんな瞬間が二人の間に息づいていた。

 取引を終えて本来ならばそのまま宿に一泊して帰るところだろう。しかし私には他の目的があった。

 宿に戻って薄板を置いて再び外へと踏み出す。

 暗闇。いくら息を深く吸ったところで飲み込めるわけでもないそれはしっかりと広がっている。この世界の全てを包み込んで一色に染め上げているようだった。

 歩き続ける事どれ程か。靴の踏むテンポ、リズム。それは暗闇の空に反響して本来の形を失っていた。

 やがて一軒の家に、見覚えのある建物にたどり着いた。

 ドアに掛けられたベルを鳴らして待った闇色景色。純粋なる黒のままではいられなかった。静寂を打ち破った鋭くも大人しい音が呼び出した人物はつい先日世話になった人物。窯職人。

 彼は私の顔を見つめるなり目を見開き、すぐさま貌を笑顔に塗り替えた。

「生きていたのか、よかった」

 私は意を決して彼に一つの物語を、真実と銘打たれた話を伝える事とした。

「実は大変なことになっていて」

 それからは流れるように言葉が出て来て彼の耳に私が見てきたことや雇い主から受けてきた扱いについて語ってしまった。

 話を耳にしてこの窯職人はどのように表情を変えるものだろう。このような言葉と共に変わり果てた。

「それはいけないな」

 顔を赤くして声を震わせこぶしを握り締める。唸る感情を隠し切れない。きっと彼には信じられない世界が広がっていた事だろう。

「まずは奴に納品証明の手紙を送ってみよう」

 すぐには信じられなかった。私の味方をしてくれているという状況が。教団の目を逃れてしまえば世界はここまで優しいものなのだろうかと心の中で今の感情の味を反芻していた。舌に残る歓喜の味は爽やかだった。

 上手く情を飲み込み冷静の文字を取り戻すと共に私は静かに首を左右に振る。

「紙なんて高価なもの使わなくてもいいさ」

「しかし」

 思考が迷子になって私を見つめる事しか出来なくなってしまっている彼に向けて更なる言葉を加えていく。

「あの非道なる雇い主を追い込む」

 反撃を企んでいる。そんな意志を見て取ってどのような反応を浮かべるだろうか、楽しみで仕方がなかった。

 窯職人はすぐさま賛成の意を捧げてくれた。

 私は早速彼と共に辺りを訪ねる。その時に与えてくれた情報によればこの街の一定以上の地位を持つ者、街の中でも特に大きな利益を得る人物には盗賊団が襲い掛かってきたのだという。命の強奪など余裕だと強い言葉と共にナイフを向けて告げたのだ。無事が欲しければ利益の四割を支払えと。つまるところ、公が知らない内に街全体が盗賊団の脅しに屈してしまっているという状況なのだという。運ばれてきた荷物によって発生した利益、人々が利用するために払った料金といったありとあらゆる金の入りを管理して四割もの額を奪ってしまう。

 話が終わらない内にある業者の倉庫へとたどり着いた。

「ここは岩塩の採掘業者だ」

 一般市民は少量しか購入することが叶わない高級品でありながら野菜を酢と共に漬けるために使われる事もある生活必需品。そのような重要な物を取って来る業者に用などあるだろうか。

 訪ねた先に待っていたのは筋肉の塊と呼ぶにふさわしい肉体を持つ集団だった。

「今回の待機組だな」

 質問に対して筋肉を震わせながら同意の返事を浴びせる姿を見届けた上で窯職人は続ける。

「火薬が欲しいのだがよろしいか」

 彼らは頷き必要な分だけ購入、すぐさま立ち去る私たちの姿を見送る男たちの姿はどこまでも暑苦しく感じられた。

 まさに夜を打ち壊す筋肉。闇の広がりでさえ窮屈に感じさせる活気を纏っていた。

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