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第3話 【追憶】当然の生き方

「お恵みをー!!」

赤子を抱いた女が、縋るような目で蓮姫を見つめる。


「わたしにもー!」

ボロボロの服をまとった少女が、異臭を放つ髪を振り乱し、叫ぶ。


「わしにもじゃ!」

片腕のない老人が、枯れ枝のような手を伸ばす。


蓮姫が貧民街へ向かう道すがら、否応なしにそんな光景が目に飛び込んでくる。


「待て待て! 順番だ!」

蓮姫は哀れな彼らに、持っていたパンを分け与えようとした。


その時だった……。

「待ってください、姫さま!!」

聞き覚えのある声が背後から響いた。


「お前……まだついて来ていたのか?」

振り返ると、先ほどまで話していた男が、息を切らせて立っていた。


「すみません、姫様。どうしてもご心配で……」

男はそう言いながら、必死の形相で蓮姫に近づく。


「それより、どうかお聞きください!」


「一体どうしたというのだ?」

蓮姫は男のただならぬ様子に、訝しげな表情を浮かべた。


「その者たちに、施しはなさらないでください!」


「どういうことだ……?」

蓮姫は男の言葉に、思わず眉をひそめる。


「彼らは、言わば乞食のプロなんです」


「プロ!? だが彼らは、この国では最下層のアウトカーストの人々だろう!? 貧しいから仕方なく、そうしているんじゃないのか……!?」

蓮姫は目の前の光景を思い浮かべながら反論する。


「はい。確かに彼らはアウトカーストに違いありません。しかし……」


男は言い淀み、わずかに視線を落とす。その表情には、言い難いことを伝えようとする葛藤が見て取れた。


「しかし……、とはどういう事だ?」

蓮姫は男の言葉の続きを促す。


「彼らの中には、都会に出て、死体や汚物の処理など、カースト制度で例外的に黙認された職業で賃金を稼いでいる者たちがいます。

しかし、その一方で、生まれ持った心身の事情から職に就けず、やむなく乞食をしている者たちがいます。

そしてもう一つ……」


「つまり、何が言いたい? 要点を話せ」

蓮姫は男の回りくどい言い方に、わずかに苛立ちを覚える。


「わかりました。

つまり、こういうこです姫様。

貴方が今施しをしようとしている者たちは、働けるにも関わらず、働いて自律しようとは考えていないのです」

男は意を決したように、蓮姫の目をまっすぐ見つめる。

すると……。


「……」

蓮姫は男の言葉に、息を呑む。


そして男は続けた。

「彼らは世襲によるカースト支配の歴史から、乞食という他人の善意に頼る行為を信じています。

しかし、それは決して彼らが怠けているからではありません。

家系として長く差別を受けてきた歴史の中で、

自分自身の生き方を考えるような人間として最低限の教養すら与えられず、自己肯定感を押し殺した生き方を強制されてきた結果なんです。

だから彼らは今も、施しで生きる事が正しいと信じて疑わないのです」


男の言葉に、蓮姫は押し黙る。目の前の光景と、男の言葉が頭の中で交錯し、思考がまとまらない。


「……」

蓮姫は何も言えずに、ただ立ち尽くす。


「もちろん、彼らの価値観が良いとか悪いとか、そういう単純な話ではありません。

ただ……。

彼らとの向き合いかたについて、姫様にはもう一度考え直していただきたいのです」

男はそう言うと、深々と頭を下げる。

その表情は、蓮姫への敬意と、真摯な願いで満ちていた。



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