「お姉ちゃん!?」
「え、嘘!!?」
デルタは反射的に振り返る。
背後から聞こえた誰よりも懐かしい声。
デルタはその大切な名前を呟こうとするが。
「な、な、な、な……」
彼女から溢れ出すたくさんの感情によって言葉が詰まった。
そしてそのまま、大切な存在に抱きついた。
「おっと、お姉ちゃん」
「もうっ!!心配したんだから……。
ナブラのバカ、バカ、バカー!!
あたし、すっごく心配したんだからね!」
「ごめんね、お姉ちゃん……」
「デルタさん……」
ナブラの側にはラプラシアンもいた。
「ラプラシアン、あなたも無事だったのね?」
「え〜と……話しの途中にごめん」
遠くから三人の再会を見守っていたハルキが、申し訳なさそうに口を挟んだ。
「デルタちゃんごめん。ナブラくんとラプラシアンくんは……」
「うん、わかってる。二人とももういないのよね?」
「そう。二人は、死んじゃう前の時間から数十分だけ時空転送してきたんだ」
「ありがとう、ハルキちゃん。例えどんな形であっても、二人にもう一度出会えただけであたしは嬉しいわ」
「デルタちゃん……」
ハルキはそれ以外は口を挟まず、そんなデルタのどこまでも健気な表情を静かに見守った。
「なあ、ハルキ?
あ、デルタ、私も話に割り込んで悪い」
するとデルタは涙を拭い顔を静かに左右に振る。
「ありがとう」
蓮姫はそう返事をすると、
次にハルキの方に顔を移し続けた。
「悪いが、こいつら三人でどうやって生き物に光を与えるんだ?」
「そのことなんだけどさ、カムっちはここがどこだかわかる?」
「さっきからずっと湖の中じゃねえのか?」
「ブッブー! ハズレ」
「ハルキ、お前の言い方なんかムカつく」
「まあまあ、蓮姫さん、落ち着いてください」
蓮姫とハルキ、そんな二人が心配になったラプラシアンがなだめに割って入った。
ハルキは続けた。
「実はね、アタシの力で君達四人共々海の中に移動したの。
それと、時代を少し遡ってカンブリア紀が始まるほんの少し前まで来てるんだよ」
「ハ、ハルキ、お前いつの間に!?」
蓮姫はハルキが発した驚きの事実に激しく動揺した。
「ナブラくんとラプラシアンくんを他の時間から連れてきた時にだよ。
あ! カムっちごめん。亡くなったナブラくんとラプラシアンくんの実体を留めておく時間があまり残ってないんだ。
だから、詳しい説明は後でもいい?」
「あ、ああ。わかった……」
蓮姫は珍しく素直に相槌を打った。
「ところで、デルタちゃん、ナブラくん、ラプラシアンくん。
三人ねこれからお願い事してもいい?」
「いいけど……、どうしたらいいの?」
三人は承諾しその内容に関心を持った。
「え〜とね、ごにょごにょ……」
「うん、なるほどね。ボクはハルキさんのやりたいこと理解できたよ。
ナブラとデルタさんにはボクの指示通りに動いてもらっていいかな?」
ラプラシアンはそう言って二人の表情を伺う。
「了解!」
特に異論もなく打ち合わせを終えた三人は、さっそく行動を開始した。
「まずはアタシからね!」
最初に動いたのはデルタだった。
彼女は目を閉じると、両手を大きく広げる。
「みんな、アタシの周りに集まりなさい!」
すると、デルタの体の周りには、おびただしい数の葉緑体が集まってきた。
「す、すごい!!」
その非現実的な光景に、デルタ本人を除くその場にいあわせた全員は、みな揃って驚きの声をあげる。
「ねえハルキちゃん?
狙いはあの白くて透明なお椀を伏せたような形をした生き物達でいいのよね?」
「あ、うん。そだよー!」
この付近だけでも20匹くらいはいるのだろうか。デルタとハルキの言う白く透明で椀を伏せたような生き物。
それは水中にたくさん浮かんでいて、水の揺らぎに合わせてふわふわと漂っていた。
「わかったわ。あなた達みんな一斉にあの不思議な生き物に寄生してー!」
デルタが合図すると、無数の葉緑体細胞が不思議な生き物の体に次々と突き刺さり、寄生していく。
「プスッ! プスッ! プスッ!……」
その様子はまさしく、名状しがたい異様な光景だった。
次に、ラプラシアンが動く。
「太陽光線よ、あの緑の細胞へ届けー!」
ラプラシアンはそう叫びながら、太陽光の焦点を変化させていく。
すると、水面への光の入射角と水中の光の屈折の角度の変化から、太陽の光がピンポイントでデルタが放った緑色の葉緑体細胞に当たっていく。
そして、屈折した太陽光はそのまま凄まじい勢いで葉緑体細胞に吸い込まれていく。
そして最後に、ナブラが能力を使った。
『バチバチバチバチ!』
水中の一点に凄まじい電流が流れ、それはすぐにドーム状へと拡散した。
「ねえ、ラプラシアン?
こうやって神経細胞を活性化させたらいいんだよね!?」
ナブラが作った巨大な磁界ドーム。
それは不思議な生き物達をすっぽりと取り込んでいた。
そして、磁界内部の不思議な生き物の神経細胞を素粒子レベルで激しく揺さぶっていく。
『ドドーン!!』
轟音と真っ白い光にみんなが視界を奪われたのは、ほぼ同時だった。
「!!!!???」
「は?な、何!!?」
みなはその一瞬の出来事に驚きを隠せずにいた。
三人の能力が合わさった凄まじいエネルギーは、知らず知らずのうちに空に雨雲を呼び寄せていて、ついに雷を落としていた。
「ねえ、みんな! あのさっきの不思議な生き物、見て!」
ハルキはその方向を指差しみんなの注意を向ける。
「え、何?どういうこと?」
デルタはハルキに言われて振り返るが、すぐには気がつかない。
「あの不思議な生き物達さ、さっきまでと違って明るい太陽光の方に集まって行ってるじゃん!」
ハルキはデルタにそう説明した。
「ああ、確かにそうよね!
ねえ、ナブラやラプラシアンもわかった?」
しかし。
「……」
「え?」
「み、みんな消え……ちゃったね」
ハルキが周りになんとか聞こえる程度の小さな声で、呟くように言った。
「う、うん……」
しかし、デルタはそのとき決して涙を流さなかった。
「カムっち……」
デルタは思った。
今はまだ泣くわけにはいかない。
二人の意志と共に、前に進む為に。
その場には、デルタとハルキと蓮姫。
三人だけが残されていた。