『……ラ…………カムラや。カムラ。そこじゃ風邪引くよ。こっちへおいで』
『おばあちゃん』
『他の話も聞かせてあげるから』
『ほんと~?わかった。そっち行く!他の話、聞かせて~!』
わたしはその頃、おばあちゃんと二人で暮らしていた。おばあちゃんはわたしが寝る前に、いつも村に古くから伝わる民話を語り聞かせてくれた。わたしはその時間がとっても大好きで、毎日その時間を楽しみにしていた。
『……その青年はある日、ゴホ!ゴホ!ゴホ!』
『おばあちゃん!大丈夫?』
『心配させてごめんね。おばあちゃんは大丈夫だから』
『おばあちゃん……?』
おばあちゃんの身体の調子が良くない日は、最初はたまにだったけど、だんだんと増えていった。
『カムラ、ごめんね。おばあちゃん、今日は疲れていてお話聞かせてあげることが無理そうなの』
『嫌だ~!おばあちゃん、お話聞かせて~!』
その頃のわたしはまだ老いるという意味がよくわからず、体調の悪いおばあちゃんに無理を言ってばかりだった。
わたしには本当のお父さんとお母さんの記憶がない。だから物心ついた頃、おばあちゃんに聞いた。しかし、二人は長い旅に出ているとしか教えてくれなかった。
わたしが12歳になった年、ある日突然おばあちゃんが話しかけてくれなくなった。
何度話しかけても返事はもらえなかった。
わたしは呪術に詳しい村の長の爺に汚れを払ってもらうようお願いに走った。
だけど、爺はなぜかおばあちゃんの姿を見ても汚れを払おうとはしなかった。
「おばあちゃんはね、生まれ変わるために長い旅に出たんだよ……」
爺は言った。
そして爺は涙を流しながら喜んでいた。
それから、おばあちゃんは村人の手でどこか遠くに連れていかれ、わたしが何度お願いしても二度と会わせてはくれなかった。
わたしはその後、長の息子夫婦の家に預けられた。しかし、その時のお父さんは乱暴で家族に暴力をふるう人だった。
お母さんはわたしをかばってくれたが、わたしより1つ歳が上の実の息子のほうばかり大事にしていたから、わたしは居場所が無く毎日辛くて仕方なかった。
そして……、わたしは大きな雷鳴が響く激しい土砂降りの中、家出を決意した。
しかし、家出をして身寄りがない私は、すぐに孤独という厳しい現実を痛いほど痛感した。
『寂しいよ。おばあちゃん……』
土砂降りのスコールから逃れるため、わたしは路地裏の雨を避けられる場所を見つけると、しばらくそこにじっとしていた。
実際には家出をしてから丸一日しか経っていなかったが、わたしにはそれが何日にも感じられた。
わたしは誰かがこんな自分を助けてくれることを期待して、ひたすら辛抱強く待ち続けた。
しかし、激しい土砂降りの中、こんな路地裏を通りかかる人なんているはずもなかった。
……。
時間だけが虚しく過ぎていった。
わたしはここに来るまでに、滝のような土砂降りに打たれていた。普段は癖で跳ねた太く赤小麦色の髪は、雨水の重みで私の視界を遮った。年季が入り穴の空いた粗末な服は、雨水に濡れたことで私の身体にぴったりと貼り付いた。
全身がずぶ濡れになったわたしには、替えの衣服やタオルなどあるはずもなかった。軒下で雨を凌いでいる間も、ずっと体温を奪われ続け、寒さでとうとう心が折れてしまった。
やむなく家出した場所へ引き返そうとしたその時だった。
「え、ちょっと、あなた大丈夫なの!?」
私を見て驚いた様子の女性の声が遠くから聞こえた。
そして彼女は慌てて私の方へ駆け寄ってきた。
「ねえ、あなた、名前は?」
「カ、カムラ……」
暗く心を閉ざしていた私には、そのキラキラと輝くネックレスと上品な服を着た女性がまるで太陽のように眩しかった。
小顔で整った顔立ちの綺麗な大人の女性だった。
それが、今のお母さんとの最初の出会いだった。
お母さんに連れられて家に行くことになったとき、わたしは目を疑った。
そこはものすごく大きなシャンテ王の宮殿だった。
お母さんがなぜ身分のわからないわたしをレージャーニアの寝居に連れてきたのか、わからなかった。
最初、お父さんはお母さんに怒っていたが、お母さんの説得のおかげで、わたしはお母さんの娘として王宮で暮らせることになった。
しかし、お父さんや兄弟たちはわたしに対してあからさまに嫌な顔をしたり、避けたりして差別した。召し使いたちも、わたしがいないところでは酷いことをいつも言っていた。
でも、お母さんだけは違った。お母さんはわたしに厳しい時もあるけれど、優しい時もたくさんあった。だからわたしはお母さんのことがとても大好きだった。
お母さんは、昔おばあちゃんがわたしに話してくれたように、寝る前に不思議な民話を聞かせてくれた。わたしは毎日その時間がくるのを楽しみにしていた。
あれから3年が経ち、わたしは15歳になった。
最近、お母さんは外交問題などでお父さんと頻繁に出かけて、何日も帰ってこない日が多くなってきた。わたしが心を開いて何でも話せる人はお母さん以外いなかったから、本当に辛くて寂しかった。
だから一昨日、お母さんに叩かれたとき、つい言ってしまった……。
「あんたはどうして……。どうして勝手に王宮を抜け出したの?私だけじゃないのよ!お父さんや王宮の人たちがどれだけあなたのことを心配して、必死で探し回ったと思っているの?」
「私はただ……、会いに行きたかったから」
「会いにって、まさか私に内緒で動物でも飼っているって言うの?あんたって子は本当にもう!」
「違うってば!王族育ちでなに不自由なく生きてきたあんたに、私の気持ちなんてわかるの?私の本当のお母さんでもないくせに、こんな時だけ母親面しないでよ!大っ嫌い!」
大っ嫌い!大っ嫌い!大っ嫌い!
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「はっ!?…………」
蓮姫が走馬灯のような思い出から目が覚めると、また白く眩しい光に包まれた。