気道がもの凄い力で塞がれてる。呼吸が全く出来ない。頭がちかちかしてきた。口の中に何か気持ち悪いのが出てきた。
意識が遠くなっていく。あとどれくらいで死ねるんだろう。凄く苦しいから早く死なせて欲しいんだけど。
そう考えていたら、
ブチ―――ッ
何かが千切れる音。一瞬のふわっとした浮遊感。そしてお尻に強烈な痛み……。
「ってぇ」
声が出た。息が出来る。木との目線の距離が遠くなった。僕の体は、地面に着いている……。
「ふざ、、けんなよ。くそ……っ」
僕は自殺を満足に為すことすら出来ないくらいに、無能だったのか。いや、首吊りで死のうとしたこと自体が失敗だったのか。やってみて分かったのが、首吊りは難しく非効率的であるということ。
「………自分の体を刺すのが怖いから、首吊りを選んだのになぁ………。仕方ない、やるしかないか」
蔓を切るのに持ってきた戦闘用の剣で、自分を刺して終わらせる方に変更。
首にするか。それとも心臓?そんな選択を浮かべながら剣の先を自分に向けたところで―――
「………あれ?」
一度死にかけたことで、色々感覚が鋭敏になったのだろうか。僕は「その存在」に気付いた。
「何だろうあの抜け道みたいなの。さっきはあんなの見かけなかったはず………」
ここを訪れたばかりの時には見かけなかった、不自然に横にそれた抜け道。いつの間に?最初からあったのか?
自殺を中断して、横道の方に近づいてみる。時間帯が夜であることもあって、道の先は真っ暗で何も見えない。
そう言えば先日の探索で、牧瀬詩葉が何か妙なことを言ってたような。ここと同じような探索エリアで地図には存在しない不自然な抜け道が、遠い地方で発見されたとか。
(――万が一にも、このエリアでもしそういう妙なものを発見されたら、ギルドに報告してみては?)
見下した感じでそう勧めてきた温室育ちのアイドル探索者の嫌な声がよぎる。彼女が言ってたのは間違いなくこれのことだろう。
「………この道の先に、隠しエリアみたいなのがあるのかな?」
頭の中がさっきまでは自殺することばかりだったのが、今は目の前に存在する横道に対する興味が占めようとしていた。
気が付けば、僕は横道に足を踏み入れていた。そして先へ先へ、道を進んでいた。この先にどんな危険が潜んでようが、どうでもいい。
どうせ今日死ぬつもりだったんだ、この先で命を落とすことがあっても、むしろ本望だ。もし何か凄いものがあったら、冥土への土産としてあの世で誰かに話してやろう。
そんなことを考えながら進み続けてるうちに、僕の両目に眩しい光が差し込んできた。いつの間にか、この道の先から光が見られた。逸る気持ちのまま、僕は駆け足で光の方へ向かった。
そしてようやく目当ての場所?に辿り着いた……みたいだ。
「こ、これは……いったい…!?」
誰かが開拓したような、広場らしき空間。そして僕の関心を何よりも引きつけたのが、広場の虚空で存在感を放つ、光る裂け目だった。道中で確認された光はこの裂け目から漏れ出てるもで間違いない。
「――え?頭の中に……誰、か――語りかけてる…?」
裂け目に近づいた途端、頭の中に誰かの声がした。人による肉声ではなく、機械的なものだ。それより何だ……?何か、言って―――
「“
声の出所は一切不明。周りを注意深く見回しても人も何も気配は無い。一方的にこの裂け目が何なのか、そしてその先に何があるのかの説明を述べただけだった。
うん、気味が悪い。他の人でもそう思うはずだ。
「ていうか、この先ってダンジョンになってるのか」
探索エリアには魔物と同様に
ダンジョンは他のエリアとは違う特別なところ。最低でもBランクの難易度はあると、世界各国でそう認定されている。
Eランクのエリアすら満足に踏破出来ない僕なんか、命がいくつあっても足りない魔境である。そんなダンジョンへの入り口が目の前にあるわけだが……。
「……もうそんなの、どうだっていい」
今までの僕だったら、考えるまでもなく引き返していたことだろう。だけど僕は離れるどころか、自らの意思で裂け目へ近づいていった。
「僕はもう死人も同然なんだ。だから最期は今まで見たことないような光景を目に焼き付けたまま、死なせてくれ」
恐怖などまるで無かった。死ねるんなら何でもいい。望みがあるとするなら、なるべく苦しませずに殺してほしいくらいか。
光が漏れ続ける裂け目の前に立ったところで、頭にまた機械的な声が語りかけてきた。
『超克のダンジョン
「は…!?
恐怖なんて無いと言ったが、驚くことが無いとは言ってない。僕はしばらく唖然としていた。
過去にSSランクのダンジョンに挑戦した探索者は、世界に50人しかおらず、その中から踏破して生還した者は片手で数えるくらいしかいなかったという。
僕の知る限りでは、Unknownの探索エリアなど存在すら明らかにされてない。仮にあったとしても、そこから生きて帰ってくるとなると、世界ランク一桁位の探索者でも困難と予想される。
そんな幻級で危険度未知数のダンジョンが、僕の目の前に現れている。
『警告:超克のダンジョンでは、クエストを受けてもらいます。クエストをクリアしない限り、途中で外へ出ることは不可』
クエスト……。それをクリアしないことには、この先のダンジョンから出ることは無理なのか。密室空間での探索……。
緊張してきた。死に対する恐怖というよりは、未知に対する恐怖か。だからと言って引き返す気にはならないのだけど。
「すーーー、はーーーーー」
大きく深呼吸をしたあと、両の頬を強く叩く。腹は括った。今生への別れなどとっくに済ませてある。ここに未練は一つも無い。
「行こう。
僕は、光が漏れ出ている裂け目の中へ飛び込んで行った―――
超克のダンジョン 難易度:Unknown(幻級)
『クエスト:全ての関門を突破せよ』
『このクエストに制限時間は設けられてない』
『クエストを全て達成すれば生還、失敗すれば死』
『クエストの破棄は不可』
『途中でダンジョンから抜け出すことは不可』
*クエスト達成報酬
:このダンジョンからの生還
:このダンジョンで得たもの全て
気が付くと目の前の風景が変わっていた。真っ白な空間。上を見ると不自然に歪んだ空があった。
ダンジョンっていうから不気味な感じの洞窟か迷宮を想像していたけど、早速こっちの期待を裏切ってきたな。
クエスト内容は、関門を全て突破すること。出来なければ死ぬ。クエストをリタイアすることも、脱出することも出来ない。
そんな詰みクエストをクリアした場合の報酬は、これまた曖昧な表現だ。ここで得たもの全てって……。
「それで?クエストってもう始まってるの?僕は何をやらされるんだ?」
誰も何もいない虚空に向かってテキトーに尋ねた、その時―――
『第一の関門 己の心の闇と向き合え』