「大丈夫ですか?霧雨さん」
「あ、うん。大丈夫です。というか、僕の名前知ってるんだね?」
「同じギルドに所属している探索者なんですから、大抵の顔と名前くらいは知っていて当然じゃないですか」
そう言って微笑む牧瀬さんだったが、次の瞬間どこか呆れた表情に変わる。
「それより、長下部さんたちが言ったこと、私としては一理あるんですよね」
「………え?」
「霧雨さんは、私よりも早く探索者を始められたのですよね?なのに、後から入ってきた私にあっさり抜かれたうえ、国内ランキングは未だにドベ…。パーティもいないからいつも一人でこんなところでしか活動出来ない…。
探索者としての才能が無いのは明らかじゃないですか。いい加減、探索者辞めた方が良いですよ」
呆れと憐みが混ざった眼差しで牧瀬さんはそんなことを淡々と告げた。長下部と違って言葉は選んでオブラートに包んで方ではあるけど、言ってることは彼らとほとんど変わらない。
「……忠告どうもありがとう。でも、今はまだ探索者稼業を辞めるわけにはいかないんだ」
ついとげとげしい口調で言ってしまった。牧瀬さんの顔がちょっと険しくなったかもしれない。怒らせちゃったか。彼女にまで目をつけられるのはさすがに勘弁したいので、ここらでもう切り上げるとしよう。
「さっきは助けていただき、ありがとうございました。それでは、失礼します」
ネットで公表されているプロフィールによると彼女は僕より学年が一つ下、つまり年下だ。探索者歴も僕の方が長い。だけどこの世は実力社会、実績がある人や権力を持つ人に敬意を払うのが当然とされる。相手が年下だろうと長下部みたいな嫌な奴だろうと関係ない。
「………お疲れ様です」
どこか拗ねたような牧瀬さんの返事を背に受けながら、僕は探索エリアから立ち去っていった。
とぼとぼとした足取りで道を歩いてるうちに、陽はもう沈みかけていた。僕が所属している探索者ギルドの館に辿り着いて、その扉を開ける。受付に向かうとそこにはいつもの受付嬢ではなく、オールバックの男が行儀悪く腰かけていた。
「……あ?何だ帰ってきたのかよ。ちっ、せっかく記者に『史上初、初心者向けの探索エリアにて死亡した探索者』ってネタをくれてやろうと思ってたのに」
僕を蔑んだ目で睨みながらそんなことを言うこの男は、この探索者ギルドの所長、
「ちっ、帰ってこなけりゃ良かったのによ……おら、納品するものあるなら、さっさとしやがれ!」
舌打ちしたりテーブルをガンと殴ったりして苛立ちを露わにしながら、所長は催促する。僕は陰鬱な気分で、リュックから今日討伐した魔物の素材を鑑定台に出した。
「ハッ、朝から潜って、たったこれだけしかないのかよ。相変わらずどうしようもない貧弱で無能だなお前」
僕を嘲笑いながら素材をしばらくチェックしていく。所長のスキルである「鑑定」は、その物の価値を正しく見定めることが出来る。
「ほら、今日の報酬だ。それ持ってとっとと帰んな。そろそろ閉める時間だってのに」
そう言って所長はテーブルに紙幣と硬貨を雑に置いた。
「あの、買取金額が少ないと思うのですが」
この数の素材なら、以前はもう少しもらえてたはず。今日のこれは明らかに適正を下回っている。
「知るかボケぇ!いつまで経っても帰って来ねぇ、この俺を待たせやがったことに対するペナルティだ!」
滅茶苦茶なことを言うこの男は、過去も咲哉に対してだけ買取金額をピンはねしたことがある。これで何度目だろうか。これをやったのが部下だったならまだしも、このギルドで一番権力がある所長である以上、内部の味方に期待は出来ない。それ以前に今ここには僕と所長以外、誰もいない。証人がいない。
とはいえさすがにこんな理不尽に目をつむるのはよくない。今後の生活に関わってくるとなると、引き下がれない。
「そんなの、ただの私怨じゃないですか。別にギルドへの帰還に門限なんかあることはないはずですし―――」
なおも食ってかかろうとしたところ、突然に髪を掴まれ、デスクに顔をガンと叩きつけられる。
「黙れクソガキぃ!万年底辺のドベの分際で、俺に口ごたえするな!?」
所長の怒鳴り声が耳にキンキン響く。口元に鉄臭く生温かいものが、きっと鼻血だ。
「最近俺に対する敬意が足りねーなぁ?久々にちょっと仕置きをしてやる必要がありそうだ…!」
そんな不穏な言葉を聞いた後、後頭部に激しい痛みが襲った。バチィンといった音から、鞭で叩かれたのだと把握する。
「おらぁ!俺に生意気な口きいたこと、反省しやがれ!!」
怒鳴り声に合わせて鞭が振るわれる。頭や背中を鞭で何度もぶたれる。
「はん!引退して何年も経ってる俺相手にすらこのざまかよ、何て貧弱なんだてめえはよぉ!?」
中年でややデブ体型のこと男はこれでも、数年前は国内ランキング300位内の探索者だった。徒手格闘が得意だったと聞く。
「悔しかったらうちのギルドのエースの牧瀬や長下部くらいに強くなってから、物言えや!無能で最低級のドブガキが」
罵声と鞭を浴びせられる中、僕は何も言い返すことが出来ず、ただ鞭打による痛みに耐えるしかなかった。
「はぁ、はぁ……。ふん、たまには運動するのも悪くねーな、いい汗かいたぜ!
いいかクソガキ、力も才能も権力も無ぇてめえがどれだけ正当を主張しようが、誰もてめえの言葉なんざ聞くこたぁねーんだよ!何故ならてめえは弱くて無能で、いなくてもいいゴミだからだ!警察とか労基とかにチクりたければ好きにしやがれ!どうせ泣きを見るのはてめえだけどなぁ!?」
所長はボロボロの僕を見下しながらそう言って、葉巻の灰を僕の頭に落として嘲笑いながら、休憩室へ引っ込んでいった。
結局、もらえた報酬は、家賃と光熱費分の貯金を差し引いたら食パン一袋買える程度分しかなかった。
これが、僕が生きている「今」である。辛く腹立たしく苦しいことばかりだ。
日曜日。午前だけのバイトを終えて、家でご飯を済ませた後、昼過ぎの探索者稼業にでる。日曜はいつも一日中バイトで探索者をやる時間は無いのだけれど、今日は午前のみのシフトだったので、こうして探索者活動をすることに。
昨日長下部と所長による暴力のせいで、体はあまり本調子じゃない。なので今日はなるべく戦闘を避け、採取と採掘だけに止めておこう。
今日は洞窟を探索することにした。もちろんここも初心者向けの探索エリアである。魔物があまり出てこない浅い場所でお金になる鉱石などを採掘していると、出口の方から人の声がした。
「あっ、探索者さんがここにもいました!早速お話を伺ってみようと思いまーす」
明るい少女の声だった。思わず声がした方に顔を向けると「あ……」と声が漏れた。
「って、あれ?あなたは……」
昨日、長下部たちによる虐めから助けてもらった国内上位ランカーの少女、牧瀬詩葉さんだった。