いつものように近所の神社。
人気のない境内の隅っこで、私は深く深く悩んでいた。
今日は、兄さんの命日の次の日。本当は、こんな日にこんな場所に来るなんて、避けたかったんだけど……。
意を決して、私は境内の裏手に生えた大きな木を見上げる。
そこに、持ってきたロープをかける。首を吊るために。
そして……、私がロープに首をかけようとした、まさにその瞬間、それは起こった。
私の頭の中に、直接、声が響いたのだ。
まるで、神様みたいな、不思議な男の人の声が……。
「命を粗末にしてはいけないよ。
君の命は、君だけのものじゃないんだから」
突然の言葉に、私は思わず息を呑む。
「は?誰?あんたに私の何がわかるっていうの?
いい、本当に辛い思いをして生きるってことは、綺麗事なんて言ってられないくらい必死なの!」
私は、心の底から湧き上がる感情をぶつけた。
「それは、君のお兄さんが、本当は死んでいないとしてもかな?」
「え?どういうこと?
兄さんは確かに死んだし、遺骨だってこの目で確かに見たわ!
いい加減なこと言わないで!」
しかし、そうは言ったものの、その男の言葉が私の心をざわつかせる。
「そうだ、こうしよう。
今からキミに『チャンス』をあげよう。
死んでしまった人間は当然生き返らせられない。
でもね……、
ほんの僅かな期間だけだけど、
君のお兄さんが生存している宇宙に行かせてあげる事はできるよ」
「そんな期待を持たせるような事言って、まだ私を馬鹿にしたいわけ!?」
私は、食ってかかる。
「これは真面目な話だよ。
大丈夫。すぐにわかるさ。
既に失われ、選択されるかもしれなかった幻の宇宙を、君にだけ一時的に見せてあげよう」
「そんなこと……、できるわけ……ないじゃない……」
男の声を聞くたびに、私の口調は自信とともに弱くなっていく。
「出来るさ。その代わり、書き換えは一度きり。
そして君には、私の後継者として永久に働いてもらうよ」
「オカルト過ぎて信じられない。
でも……、面白そうじゃない!
私も一度は諦めかけた人生だし、その提案、乗ってあげるわ!」
私は、そうキッパリと答えた。
***
「そういうわけで、私はアスー博士の後継者として、一つの宇宙を管理する存在になったんだよ」
可織は、少し照れくさそうに、でもどこか誇らしげに、これまでの経緯を締めくくった。
「そうだったんだ。可織、お前は僕のために……」
僕は、驚きと感謝で胸がいっぱいになり、思わず呟く。
「だからね、この宇宙は、兄さんが死ぬはずだった本当の宇宙に書き戻される前の、期限付きの幻の宇宙なのよ」
可織は、言いづらそうに、まるで秘密を打ち明けるように、そう切り出す。
「じゃあ、僕の周りから人が消えていくのは……」
僕は、覚悟を決め、震える声で核心部分を訊ねる。
すると……。
「そう。私が兄さんが死なないようにでっち上げた仮染めの宇宙が、兄さんが死ぬはずだった本当の宇宙に書き戻される前兆。
私は、期限付きのこの仮染め宇宙の兄さんを、元の本当の宇宙の兄さんとして連れて行きたかっただけ。
今まで嘘をついてごめんね。
兄さんに自分を責めて欲しくなかったから……」
可織は、大粒の涙をキラキラと溢れさせ、堰を切ったように言葉を続けた。
「だから、悪者のフリを……。
可織、お前……ずっと一人で、
僕のことで責任を感じて、戦ってきたんだな」
僕の瞼からも、とめどなく熱いものが溢れ出す。
「兄さん……!」
「可織!」
そして、僕と可織は、互いのぬくもりを確かめ合うように、強く抱きしめ合い、ただひたすらに泣き続けた。
「ねえ!二人とも上!高い所を見て!」
突然、愛理栖が、何かを見つけたように、興奮した声で叫ぶ。
僕と可織は、言われるままに、涙で滲む目を擦りながら、頭上を見上げた。