目次
ブックマーク
応援する
5
コメント
シェア
通報

第82話 加護 僕は救われて、そして薄々解りかけた相対的な何か大切なこと

意識が戻った瞬間、僕の目の前に広がったのは、信じられない光景だった。


なんと、愛理栖の顔がすぐそこにある。

ま、まるで、キスでもするかのように。


「え?えええええ!?」

混乱した頭では、状況を理解することができない。まさか、あの愛理栖とキ、キス寸前だなんて……。

僕の心臓はドキドキと高鳴り、全身から汗が噴き出す。


(これは、もしかして……)


そう、目の前にいるのは、紛れもなく愛理栖だ。

彼女の瞳が、僕の瞳をじっと見つめている。

その距離、わずか数センチ。

唇と唇が、今にも触れ合いそうだ。


(こ、これはチャンスかもしれない!)


僕は、生まれて初めての経験に戸惑いながらも、心のどこかで期待していた。

目を閉じ、震える唇を愛理栖の唇に近づける。


「ちゅ、ちゅー……」

まるで、タコのような間抜けな顔になっていただろう。

それでも、この千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかない。


「ひ、ひかるさん?何してるんですか?」


愛理栖の声が、僕の耳に届く。


「え?ああ、人工呼吸だよね?

だってが僕倒れてたからさ、あはは」

僕はとっさに、そう答えた。しかし、それはあまりにも苦しい言い訳だった。


「ひかるさんの、ばかー!」

次の瞬間、愛理栖の怒声とともに、強烈な痛みが僕の頬を襲う。


バチーン!


「いったああああ!」

愛理栖のビンタが、見事に炸裂した。

意識を取り戻した僕に気づいた愛理栖は、一瞬の躊躇もなく、その小さな手を振り上げた。


「ひかるさん、調子に乗りすぎです!

セクハラで傷ついた私に、今すぐ謝ってください!さあ、さあ!」

愛理栖は、眉間に深いシワを寄せ、僕を睨みつけている。

その表情は、まるで鬼のようだ。


「ご、ごめんなさい……」

僕は、情けない声を出しながら、頭を下げる。

しかし、愛理栖の怒りは、僕の想像をはるかに超えていそうだ。


「わかればいいんです。ふん!」

愛理栖は、そう言い放つと、プイッとそっぽを向く。


僕の軽率な行動のせいで、愛理栖はしばらく機嫌を損ねてしまった。


しかしそれでも、時間が経つにつれて、彼女はいつもの表情を取り戻してくれた。


「それにしても、どうしてあんなことしたの?人工呼吸なんて……」

まだ少し不服そうな愛理栖に、僕は尋ねる。


「え〜と、あれはですね、その……」

愛理栖は心なしかそわそわと落ち着きがなく、僕の質問の答えもなかなか返ってこない。


「実はですね……コソコソ」

愛理栖は、僕に目を合わせないようにしながら、小さな声で僕に耳打ちする。


「うんうん。つまり、僕が全然起きないから、心配になって人工呼吸をしようとしたってこと?」


「そ、そうなんです。他にも、心臓マッサージとか、逆さ吊りとか、急所蹴りとか、ひかるさんの名前を書いた藁人形に五寸釘を刺してみたりとか、色々試したんですけど、全然ダメで……」


「えええええ!?後半、完全に僕を殺そうとしてるよね!?っていうか、藁人形に五寸釘って、呪い殺そうとしたの!?」


「あはは、ちょっとだけ……」

愛理栖は、悪びれる様子もなく、そう笑った。


「笑い事じゃないよ!お願いだから、否定して!」

僕は、必死に訴える。


「あ、そうだそうだ!」

僕は、愛理栖との間抜けなやり取りをしている場合ではないことに気づいた。


今は六次元の迷宮にいるんだ。

僕は、周囲を見渡す。

するとそこは、まるでキャラメルマキアートの海のようだった。

様々な色が複雑に混ざり合い、幻想的な光景が広がっている。


「ここが……、六次元の迷宮……?」

僕は、その美しさに目を奪われた。

しかし、今は感傷に浸っている場合ではない。

ふと、頬に触れると、まだ微かに痛みが残っていた。そして、濡れていることに気づく。


「愛理栖、もしかして……泣いてたのか?」


「ひ、ひかるさん、何してるんですか!?

早くここから出ないと、本当に戻れなくなりますよ!」

愛理栖は僕の質問をはぐらかした。

そして、彼女のシャキシャキした声が、悠長に構えていた僕をまくし立てる。


「いけない、いけない。愛理栖には、後でちゃんと謝ろう」

僕は、自分の頬を叩き、気合を入れ直した。

そして、愛理栖に洞窟で聞いた秘密の呪文のことを話した。


「二人で一緒に、この呪文を唱えよう」


「はい!」

僕と愛理栖は、互いに顔を見合わせ、大きく息を吸い込んだ。

「バル」「ア」


「ひかるさん、ふざけてんじゃねーよ!」


「ごめんなさ—い」


普段ボケなくていいところなボケるくせに……、ここはボケないんだね??

僕一人で恥ずかしいじゃないか。

それに何で汚い言葉使ってんの?

と、僕は正直思ったが、

口に出すといろいろ面倒なので、

愛理栖には黙って仕切り直すことにした。


「アミュー!」

僕たちは、同時にそう叫ぶ。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?