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第30話 イハ この場所で②

※前回のあらすじ※

愛理栖は母親が知らない男性と子供と一緒にいるのを見てショックを受ける。

ひかるは彼女を気分転換のつもりでデートに誘うが。

愛理栖は泣きながらひかるの前に現れ、

そして、ひかるの頬を叩いた。

※あらすじ 終わり※



僕は痺れの残る右頬を片手で抑えながら、

目に涙を浮かべている愛理栖の顔を呆然とただ追っていた。


愛理栖は口を開くと、

まるで哀れむように僕に言った。


「信じられない。 ひかるさん。 わたしはひかるさんを信じてたのに……。 ねえ、 どうして?」


「どうしてって、何が……」

僕が言いかけている時に愛理栖は言葉を続けた。


「迷子の男の子、 ひかるさん知っていますよね?」

僕は胸を締め付けられるような気持ちになった。


「知ってるけど、 どうして愛理栖がその事を?」


「私もあの時間迷子の男の子が泣いているところの近くに居たんです。

わたしはひかるさんがどう行動するか最初は見ていたんですよ。

ですが、 ひかるさんは見て見ぬふりをしていましたよね?

その時どうして私に電話して事情を話してくれなかったんですか?」


「それはごめん。 でもね、 愛理栖との約束もあったし、

それだって正しいだろ?

愛理栖に心配かけたくなかったから言えなかったんだよ」

僕は愛理栖にそう説明した。


「私、そんなの私全然うれしくありませんよ!」

涙目の愛理栖は強い口調で続けた。

私がひかるさんを許せないのは事情を話してくれなかったことももちろんありますよ。

ですが、 わたしが一番許せないのは、

思い遣りの気持ちをみせてくれなかったことです!


大切なのは、

これが"正しいからと自分の意見を押し付けるんじゃなくて、

相手の"きもち"に寄り添って、本当はどうしたらいいのか考えることじゃないんですか?」

愛理栖は泣きながら僕にそう言い放った。


「ひかるさんには失望しました。

一応言っておきますが、あの後迷子の男の子は私が迷子センターまで連れて行ってお母さんみつかりましたから。


ひかるさんは結局自分が一番かわいいんですね。

もう勝手にしてください」

愛理栖は鋭い目付きで僕にそう言うと、

その後は無言でその場立ち去ってしまった。


「フン、勝手にしろよ!」

僕は愛理栖の後ろ姿からわざと目を逸らすと、

そう一言吐き捨てた。


オレだってなぁ!……」

そして、愛理栖がどこかへ行ってしまった後

僕は喉の奥に溜まっていた気持ちを一気に吐き出した。


オレがなんでそこまで言われなきゃなんねーんだよ!……くそー!

 オレだってわかってるよ!

だけど、愛理栖があんなに落ち込んでいたから。

だから、なんとか愛理栖を元気付けようと思って頑張って夜更かししてまでいろいろプランを練ったんだ!

 オレの気持ちも少しはわかってくれよ!

なにも、 あそこまで酷く言わなくてもいいじゃないか!」


 そのときの僕は、無意味な自分のプライドと自己嫌悪が邪魔をして素直になれなかったのだ。

 そして、喉の奥に指を突っ込まれたような気持ちに我を忘れていた。





※※※ ※※※ ※※※


痛いよぉ!


ママ!

どこに行っちゃったの?

お願いだから出てきて!


???

おや、お嬢ちゃん舞子かい?


う、ううん……やっぱり大丈夫。


???

そうかい?


???

いい、愛理栖?

知らない人に声をかけられても……


わかってるよ、ママ。



寂しいよ。

早く迎えに来て、ママ


きみ、ありすじゃない?


え?


この前公園で僕と会ったの覚えてる?


あ!?


足の指大丈夫?

血マメができてるじゃない。

どれどれ?


痛いっ!?


あ、ごめん。

これじゃ歩く時痛いよね。

さ、肩に乗って。


ありがとう……。








馬鹿っ……。

※※※ ※※※ ※※※


愛理栖

「昔の夢!?」





次の日。

僕の住むアパートの集合ポストに手紙がはいっていた。

手紙には写真も入っていて、 差出人は以前お世話になった空さんからだった。

手紙の内容によると、次の日曜日、

僕と愛理栖の休みに合わせて、僕のアパートに久しぶりに会いに来てくれるらしい

「これって明日じゃないか!」

僕は慌てて部屋を掃除した。 

そして翌日、 空さんが愛理栖と食材の買い出しをしてから僕の家に来てくれた。


「おっじゃましま~す!」

空さんはひまわりのように明るいテンションで僕に挨拶をしてくれた。

僕は手紙で事前に知ったが、空さんは結婚と妊娠の知らせも兼ねて遊びにきてくれたそうだ。

相手の旦那さんは木彫りのオブジェや日用品をつくる仕事をしながら自給自足の生活をしていて、2人はかなり前から交際していたそうだ。




その日の夜。

僕の部屋がワンルームという理由で、 寝るときに愛理栖が嫌がった。

あやうく僕だけベランダで寝るという話になりかけたが、

空さんが愛理栖を説得してくれて、 なんとか条件付きで同じ部屋で寝れるようになった。


ただし目隠しして手首も縛るっていう条件で。

「くそ~、 2人にとって僕ってそんなに信用無い?」


「ありません!」

愛理栖と空さん2人の返事はまさに阿吽の呼吸だった。


僕は、空さんと久しぶりに会えた事で

愛理栖は機嫌が直ったのかとあわい期待を寄せたが、

大きな間違いだったと言う事が直ぐにわかった。


空さんがお手洗いに行っている間、

愛理栖は僕と絶対に目を合わせようとはせず、

僕から愛理栖に話しかけても、 射ぬくような目を向けられ一言も話してくれなかった。

どうやら、 空さんに心配をかけないように、

空さんがいる間は仲が悪いところをみせないようにしてるみたいだな。


僕がまさに眠ろうとしていた時、 空さんから呼ばれた。

空さんは愛理栖が寝静まったことを確認してから、

一緒に外の空気でも吸おうと僕を誘ってくれた。


アパートを出た後、

空さんは歩きながら僕に話してきた。

「あんた達どうして喧嘩してるの? あんなに仲が良かったのに……」


「どうして僕達が喧嘩をしている事わかったんですか?」

僕は驚いて、 空さんにそう尋ねた。


「女の勘ってやつよ! 特にひかるは顔が引きつってたし

バレバレよ」


「空さんには恐れ入りました」

空さんは透かすような目で僕を見ていた。


「と言うのは嘘。ひかるに買い物をお願いしていた時にあの娘から相談されたのよ。

それで、ひかるは愛理栖ちゃんといつ仲直りする?」


「いつって言われても……」

僕は返事に困った。


「もちろん明日できるよね? 明日ちゃんと愛理栖ちゃんに謝って仲直りする事! いい?」


「は、 はい。」

僕は空さんの勢いに押されて、 そう返事をした。


「一つ聞いて大丈夫ですか?」

僕は空さんにそう聞いた。


「いいよ。 何?」

僕は空さんにあの日の一部始終を説明した。


「なるほど、そうだったんだね」


「僕、 あのとき愛理栖に泣きながらすごく怒られたんです。

愛理栖って普段怒ったりしないのに、 どうしてあの時僕にあんなに怒ったのか不思議で。

空さんは女性の立場としてどう思います?」


「ひかる、君は幸せものだね」


「え? どうして? 僕は愛理栖に怒られたんですよ。

それなのになぜですか?」

僕は理解出来ず空さんにそう尋ねた。


「愛理栖ちゃんが怒ったのは、ひかるをじゃないとあたしは思うな」


「どういう事……ですか?」

それはね、 愛理栖ちゃんにとって君が本当に大切な存在だからだよ」


「大切な存在……ですか?」


空さんは続けた。

「愛理栖ちゃん自身も、 あそこでひかるにああ言った時は嫌だっただろうし勇気がいったはずだよ。

でもねひかる、考えてみて?

あそこで愛理栖ちゃんがひかるに何も言ってくれなかったら、

"叱って"くれなかったらどうかな?

ひかるは目の前に困っている人がいても、

自分を優先するのが当たり前だと考えるようになっていく。

それだと、 ひかるの周りから人がいなくなっていって、

最期しまいにはひとりぼっちになるんじゃない?」


「それじゃあ、 愛理栖は僕の為にあえて……」


「そうだね。 愛理栖ちゃんはひかるを大切に思っているからこそ、 君に君自身の心が満たされる人生を送って欲しいんだと思う。

だから、 ひかるが自分を見失ってしまっている事に早く気付いて思い直して欲しいってあの時強く思ったんじゃないかな?」


『愛理栖……ありがとう』

僕は愛理栖への申し訳無い気持ちと、

感謝の気持ちで胸がいっぱいになって、 何故か涙が止まらなかった。

「空さん、 相談にのってもらいありがとうございました」


「あたしは何にもしちゃいないよ。

今の素直な気持ち、 大切にするんだよ」

空さんは明るく僕にそう助言をくれた。





翌朝。

今日は、 まるで今の僕の気持ちを現すように

雲一つ無いいい天気だった。


空さんは午前中の内に旦那さんの元へ帰って行った。



『ありがとう、 空さん』


その日の夕方、僕は愛理栖に謝った。


「私、ホントーに激おこぷんぷん丸だよ〜。

プンプン!」

愛理栖はそのとき、

どこぞの ご機嫌ナナメなスライムのオヤビンのような顔をして、

僕とはしばらく目を合わせてくれなかった。


「……、ふんっ!だ。」


「愛理栖、本当に、本当にごめんな……」

僕はそう言いながら愛理栖の前で土下座しようとした。


「あ~、もうそこまでしなくていいですよ!

私こそちょっと言い過ぎました。

ひかるさんがせっかく私を誘ってくれたのに、

酷い事を言ってすみません」

そう言って愛理栖は僕を許してくれた。


「愛理栖は僕の為を思ってああ言ってくれたんだよね?

僕は嬉しいよ、ありがとう」

僕が愛理栖にそう伝えると、 愛理栖は急に顔を真っ赤にして恥ずかしそうなそぶりをしたが、すぐに機嫌を取り戻してくれた。


「ひかるさん? 今から近所散歩しません?」

僕は上機嫌な愛理栖の提案にのり、二人で散歩をすることになった。


「そう言えば、私とひかるさんが初めて会ったのってあそこの公園でしたよね?

私が幼稚園の時ですけど覚えています?」

僕は愛理栖に言われてなんとなく思い出した。

僕たちは公園に入って、ベンチに腰かけた。


「あ!この場所、このベンチ覚えがある!」


「私も詳しく思い出しました。 確かここで私がクレヨンで描いた絵を同い年の幼稚園の男の子達に馬鹿にされて泣いていたんです。 そしてそこにひかるさんが現れて、 私の絵をほめてくたんですよ。

あのとき、ひかるさんは絵に描かれた世界を信じるって言ってくれたんでしたよね?」


「確かに僕はあの時そんな事いってた気がする」

僕は照れながらそう答えた。


「私はあのときのひかるさんの言葉、 本当にうれしかたんですよ。 でもこんな大切な記憶をどうして今まで忘れていたんでしょう?」

僕と愛理栖はその時描いた絵を思い出しながら、 土の地面の上に木で描いていった。


「あ、 確かこの私の絵の上には名前書いてましたよね!」

愛理栖が絵の上に名前を書こうとしたとき、 過去の記憶を鮮明に思い出した。




「そう言えばさ、 僕の名前はひかるって言うんだけど、

君の名前はなんて言うの?」


「あのね……」

「あ、 スケッチブックに名前書いてるじゃん。漢字で書いてるね。 お母さんが書いてくれたの?」


「そうだよ! ありすっていうの」


「え? 僕はそれ『あいりす』って読むと思った。

あっ、 そうだ! この絵のキャラクターの名前さ、

『アイリス』にしない?」


「すご~い!ひかるお兄ちゃんかたかなもかんじも知ってるんだ。

わかった。あたし、 ひかるお兄ちゃんの言う通り、 このキャラクターの名前『アイリス』にする!」


愛理栖はふっと我にかえったようだ。

「思い出しました。 名前はこれですよ」

愛理栖はそう言うと地面に


"アイリス"とそう書いた。


その日の夜、僕は寝ている時に急に苦しくなった。

「苦しい~!」

僕が目を開けると、 何処から入ったのか、

七色に輝く髪で不思議な服装をした愛理栖がしゃがんで僕の鼻をつまんでいた。

その星空のように輝く瞳にはまるで魔力が宿っているようで、

僕はしばらくメデューサに石にされたように動けないでいた。

また、彼女の額には『∧』の烙印があり、

膝の丈が短く露出の多い薄桃色の法衣をまとっていて、

背中にはどこまでも世界の果てまで続いていそうな長い長い天女の羽衣をまとっていた。



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