辺り一面、深い霧に包まれた山道を、
僕たちは懐中電灯の明かりを頼りに進んでいた。
「寒いですね……」
震える愛理栖の肩を、お姉さんは軽く叩いた。
「標高が高いからな」
お姉さんの落ち着いた声に、
僕は少し安心した。
「あとどれくらいで着くんですか?」
「朝までには着くさ」
あっさり答えられた。
長い道のりだな、と思いながら、
僕は愛理栖の方を見た。
愛理栖は心配そうに僕を見ていた。
「ひかるさん、大丈夫ですか?」
愛理栖は優しい声をかけてくれた。
ようやく辿り着いた丸太小屋の前で、
僕は足を滑らせて転んでしまった。
「ひかるさん!」
二人が駆け寄ってきた。
「大丈夫か?」
お姉さんは慌てて僕を助け起こすと、
心配そうにそう尋ねた。
「ちょっと面白い写真が撮れたんだ!」
空さんは僕にスマホを見せながら言った。
「え、なんで撮ったんですか!?」
「だって、転んだ姿めっちゃ面白いじゃん!」
「ちょっと待って!勝手に撮るなんて!」
僕は抗議した。
「ごめんごめん、冗談だよ。
でも、後でみんなで一緒に見ようね」
お姉さんは笑った。
その様子をみた愛理栖は苦笑いしていた。
僕はお姉さんのあどけない笑顔に、
懐かしい子供時代を思い出して少し嬉しく感じた。
「入りな」
「ありがとうございます。おじゃまします」
薄暗い玄関を抜けて、部屋に入ると、
琥珀色の光が目に飛び込んできた。
薪ストーブの温かい光が、木製の家具に反射して、部屋全体をほんのり照らしている。
素朴だけどどこか温かみのある空間に、
僕はホッと息をついた。
「これなんてすっごくかわいいですね♡
この木製の家具はみんなお姉さんが作られたんですか?」
愛理栖は目をキラキラさせて質問した。
「ありがとう。あたしじゃないんだけどね。
知人が作ってくれたんだよ。
ところで、あたしの自己紹介してなかったね。あたしは『空』。
この家に一人で住んでいるよ。
あんたたちは?」
「愛理栖です。よろしくお願いします」
「愛理栖ちゃんだね、よろしく。
で、あんたは?
見るからに彼女には縁が無さそうだけど」
空さんはぼくを一瞥して言った。
「ハイハイ、僕はどうせ独り身ですよ~」
僕がそう答えると、二人はぷぷぷと笑った。
「ところで、あんたたちはこんな山道を通ってどこに行くつもりだい?」
愛理栖と一緒に、彼女の母親に会いに行く旅のことを話すと、空さんは興味深そうに聞いてくれた。
「へぇ、母親に会って自分の本当の名前を見つけるねえ。
見つかるとどうなるんだい?」
「私は幼い頃から、いつか5次元の存在になると信じてきました。
よく
なぜそう思うのかは私も分からないんです。
そして、名前がわかった後に何が起こるのかも分かりません。
だからこそ、自分の過去や未来を知るために、
本当の名前がどうしても知りたいんです」
愛理栖は、真剣な表情でそう話した。
「……なるほど、愛理栖ちゃんの真剣な目、
嘘は言ってないね。あたしにはわかるよ」
空さんは、僕と愛理栖の目をじろじろと観察した後、まるで我が子に接する母親のような優しい笑顔を見せてくれた。
「空さん、実は僕も最近夢で……」
最後まで話し終える前に、愛理栖が僕の上着の裾を軽く引っ張ったので、僕は後ろを振り返った。
「どうしたの、愛理栖?」
しかし、愛理栖は下を向き、浮かない表情でただ静かに顔を横に振った。
愛理栖が何かを言いたいのに言えない様子を見て、僕はそのとき胸が締め付けられるような思いだった。
「次はあたしの番。実はね、あたしも夢があるんだ」
空さんはそんな僕達の微妙な空気を感じ取ったのか、自分の夢について話し始めた。
「あたしは自然の写真を撮って生計を立てているんだけどね」
「どうして写真を撮ろうと思うようになったんですか?」
愛理栖は興味津々で質問した。
「ちょっと長くなるけどいいかい?」
空さんは、穏やかな表情で語り始めた。
※今回の要約※
ひかると愛理栖は、助けてくれた大人の女性 空の家に行き、彼女の夢を聞いた。