「おばさん、ちょっと~!勝手にどんどん話をすすめないでよ!」
愛理栖が戻ってきた。
「ひかるくんに聞いたよ。あんたの本当の名前を探す手伝いで来てくれたらしいね?」
「そうなの。でも私なりに調べてみたけどさっぱり。」
「じゃああんた、いっそのことお母さんに会ってきな?」
「ちょっと。それは……」
愛理栖は痛いところを突かれたかのように、
とっさに否定した。
「僕が言うのもなんですが、愛理栖さんがお母さんに今更会うのはつらいと思いますよ。」
「そうだねぇ、あたしも愛理栖が辛いと思うよ。
でもね、この娘の過去を知るには他に方法は無いんじゃない?」
結局、僕と愛理栖は他に方法が思い付かず、
おばさんの提案にのることにした。
おばさんは愛理栖を引き取って以来、
愛理栖の母親の連絡先を消していて直接連絡は取れないという。
おばさんは親戚に電話をして母親の住んでいる住所を調べてくれた。
「おばさん、親切にありがとうございます。」
「いいさ、これくらい。
それより呼び方、おねえさんってこれから呼んでね。」
「ほんとすみません!……おねえさん。」
「いいさ、半分冗談と思って。愛理栖、あんたもだよ!」
「へ~い。」
僕は二人の微笑ましい会話に思わず笑ってしまった。
僕は職場に有休を貰い、後日おばさんの家の前で愛理栖と待ち合わせをした。
「ごめんなさい。準備で遅くなってしまって。」
「大丈夫。長旅だし準備に手間取るのは仕方ないさ、ははは。」
「ありがとうございます。
ところで、玄関前でさっきこそこそ何をしてたんですか?」
ドキッ
愛理栖は焦った僕の顔を楽しみにしているかのような薄笑いを浮かべてそう言ってきた。
僕が引き戸のこと気になってさっきから調べてたのに気付かれてたか……。
「あ!帰り遅くなっても悪いし、そろそろ出ようか。」
「ちょっと、ひかるさん?」
僕は不自然だとは思ったが、無理やり話題をすり替えた。
「立派な車ですね。綺……」
「お世辞なのバレバレだし。アハハ」
僕は笑いながらツッコミを入れた。
僕の車はアフラの5XCだが、彼女が絶句したのはきっと車内が綺麗に片付いていなかったからだろう。
「住所はここか。」
僕はおば、改めおねえさんに教えてもらった住所をナビに打ち込んだ。
そして、まるで高校の入学式を控えた新一年生のような新鮮な気持ちで車のアクセルを踏んだ。
「愛理栖ちゃんはさ、どこの中学に通ってるの?」僕はとりあえず愛理栖になにか話題をふることにした。
「…………」し、しまった。さっきおばさんから愛理栖の過去を聞いたばかりなのに、つい話題をふる癖で聞いてしまった…。
「話しにくいこと聞いてホントごめん。」
「今は竹馬の中学に行ってますし…、大丈夫です。」愛理栖は僕に逆に気を遣うようにそう言ってくれた。
「じゃあさ、カラオケとか行く?」
「行きますよ。」
「じゃあさ、じゃあさ。信濃の国、歌える?」
「歌えません。」
「あらら。」
「……」
「…………」
「そうだ!何か音楽かけようか?」運転を始めてからシーンと静まり返っていた空気を替えたかったので、僕は愛理栖に尋ねてみた。
「私は特に大丈夫ですので、ひかるさんが好きな曲でいいですよ。」愛理栖は僕に遠慮してか、そう言ってくれた。
「じゃあ、ラジオかけるね。」
「はい。」
僕は愛理栖の同意ももらい、ラジオをつけ
FMで受信できる周波数に合わせた。
こうこうと照りつける太陽。
ふわ~とした稲のにおい。
セミたちの元気な歌声。
窓の外を見ると、田舎の夏ののどかな景色がどこまでも続いている。
車のラジオから流れていたのは、
そんな景色にぴったり合いそうな曲だった。
僕はすぐにピンときた。
「聞き覚えがあると思ったらあの曲か!」
「のどかで綺麗な曲ですね。あたしはこの曲初めて聞きますが、ひかるさんは何の曲か知っているんですか?」
僕のさっきの言葉が気になったのか、
愛理栖は聞いてきた。
「あ、え~とね~、ごめん、やっぱ忘れた。」僕は慌ててはぐらかしてしまった。
愛理栖は、不思議そうな目でこっちを見ていた。
もちろん本当は覚えている。
ただ、年頃の女の子に、
『旅の人形使いが海沿いの街で少女と出会ったり出会わなかったりする美少女18禁ゲーム』
の話をふる勇気が僕には無かった。
車窓の外には広大なひまわり畑がどこまでも広がっている。
愛理栖は、虫かごと虫取り網を両手に抱え、泥んこになりながらひまわり畑を駆けるやんちゃ坊主の姿を目で追っていた。
「男の子っていいな……」
愛理栖は、窓の外を見ながら小さく呟いた。
※今回の要約※
愛理栖の過去を探るため、ひかると愛理栖はおばあさんの助けを借りて、愛理栖の母親に会いに行くことに。道中、ぎこちないながらも会話は弾み、少しずつ打ち解けていく。しかし、愛理栖は過去のトラウマから、ある秘密を打ち明けられずにいた。