彼女の言葉を聞いた後、消えてしまった自分の母の事を思い出し、僕は彼女の提案に応じることにした。
「それで愛理栖、探す場所にはどこか心当たりはあるの?」
「すみません……」
考えていなかったのか。
「じゃあさ、愛理栖のご両親に聞いてみようよ」
「私が両親といろいろあって、おばさんと暮らしてるって話、前にひかるさんにしましたよね?」
彼女の気まずそうな反応を見て、僕は軽はずみなことを言ってしまったと深く後悔した。
「デリカシーのないことを言って、本当にごめんね」
「気にしないでください」
少しうつむいてそう答える愛理栖を見て、
僕は彼女の気持ちを察した。
「愛理栖は、どこか参考になりそうな場所が思い浮かばない?」
「うーん、ごめんなさい。思い浮かばないです。帰り道ですし、とりあえず私のおばさんの家に来てみます?」
「いいの? 行く行く!」
外に出ると辺りはもう暗くなっていた。
スマホのライトを照らしなが、
僕たちは彼女のおばさんの家に向かった。
廃ビルから家はそう遠くなかったので、
歩いてすぐに行くことができた。
おばさんの家は、どこか懐かしい雰囲気の平屋建てだった。
古い障子や日焼けした畳、そして蔵など、昔ながらの日本の家屋がそのまま残っているようだった。
この家の家主は、ずっと老人ホームに入っていて、今は愛理栖と、身内のつてで入居したおばさんの二人だけらしい。
「ごめんくださーい!」
僕が玄関の外でそう呼ぶと、愛理栖は戸を何度も叩き始めた。
「どうしたんだよ愛理栖?早く入ろうぜ」
「ふぅ、んー、んー!ひかるさん、すみません。この玄関の引き戸、たてつけが悪くて……」
愛理栖は、お湯が沸いたやかんのような顔で、必死に戸を開けようとしている。
その姿が可愛くて、思わず笑ってしまった。
「愛理栖、代わるよ。どいてみ」
僕はそう言うと、戸に手をかけた。
しかし、戸はびくともしない。
「あれ……、なんで開かないんだ?」
愛理栖は不思議そうにこちらを見ている。
「どうしたんです、ひかるさん?」
彼女の無邪気な瞳に、僕は思わずため息をついた。
『なんでこんな時に限って……』
心の中でそう呟きながら、僕は頭を悩ませた。
ちょうどその時、玄関の奥から「はい?」という声が聞こえた。
振り向くと、おばさんと呼ぶには若すぎる女性が、タオルを巻いて現れた。
寝癖をおしゃれにアレンジしたようなアホ毛、ゆるいTシャツ、素足……、
どこかワイルドで自由な雰囲気の女性だった。
「君さ、さっきから一人でぶつぶつ言ってるけど……大丈夫?」
彼女は僕を少し気の毒そうに見て言った。
「早く入りなよ」
「は、はい。おじゃまします」
僕がどうやっても開けられなかった戸が、
なぜこの女性には軽々と開けられたのか。
不思議に思いながらも、今はそんなことを考えている余裕はなかった。
「おばさん、ただいま!」
愛理栖も遅れて玄関に入ってきた。
「愛理栖、おかえり~」
「またー?
お客さんが来てる時にそのだらしな格好やめてっていつも言ってるじゃん!」
愛理栖は、普段とはまったく違う大人っぽい表情で、おばさんをたしなめた。
「まあまあ、そんな真面目な顔でケチくさいこと言いなさんなって。
ところで、こちらの殿方はあんたの殿方?」
おばさんは、目を細めて愛理栖と僕を見比べている。
「ち、違うわよ!おばさんのバカー!」
愛理栖は顔を真っ赤にして、必死に否定した。
「おばさんにからかわれてるだけだよ」
僕はそう言って愛理栖をなだめ、
おばさんのほうへ視線を向けた。
「はじめまして。五色ひかるといいます。
僕は愛理栖さんとは顔見知りだったんですが、今日たまたま再会して……」
「硬い硬い。
そんなかしこまらなくていいって。
それで付き合っちゃったんだ~♪」
「おばさん!」
愛理栖とおばさんのやり取りを見ていて、
僕は温かい気持ちになった。
「まあまあ、玄関で立ち話もなんだし、
あがったあがった!」
「はい。おじゃまします」
「おばさん、私シャワー浴びて着替えてくるね」
愛理栖が部屋に消えると、おばさんは笑顔で僕にスイカとノンアルコールビールを出してくれた。
「ひかるくんだっけ?
今日はありがとうね。
愛理栖の話、聞いてくれてるの?」
「はい、もちろんです。
愛理栖さんの名前のこと、気になって……」
おばさんは、少し考え込むように眉をひそめた。
「実はね、あの
ひかるくんは、愛理栖のこと、どれくらい知ってる?」
「え、そうですね。両親とは別に暮らしているってことくらいしか……」
おばさんは、神妙な顔で話し始めた。
「愛理栖はね、自分が5次元の人間だって本気で信じてるのよ。
そういや、いつもメモ帳に不思議なことを書き込んでいたね。
5次元の世界のこととか。
幼稚園の頃、公園での不思議な思い出とか。
そのメモ帳が偶然クラスメイトに見つかってしまったんだよ。
そこからさ。学校で浮いてしまい、
いじめの対象になったのは。
近郊の中学に転校しても、噂が伝わってたみたいでね……。
学校から電話があって、
その事を詳しく聞こうとする度に、
あの娘は泣きながら言っていたよ。
自分が馬鹿にされるだけならいいんだってね」
おばさんの言葉に、僕は思わず息をのんだ。
「親御さんも愛理栖のことがわからなくて、
家族の仲はどんどん悪くなってしまって。
最後は離婚しちゃったんだよ。
愛理栖は、自分が原因で両親を別れさせてしまったって、すごく自分を責めてたよ。
でも、そんなこと、全然愛理栖のせいじゃないのにさ……」
おばさんの目は、涙で潤んでいた。
「愛理栖は、両親に捨てられたって思ってる。本当は違うのに。
だから、あたしは愛理栖を自分の家で引き取ったんだよ。
愛理栖は本当に優しい子だよ。
だから、これからも、愛理栖のそばにいてあげてくれないかな?」
おばさんの切実な言葉に、僕は心からそうしようと誓った。
※今回のあらすじ※
僕は愛理栖と彼女のおばさんの家に行き、
愛理栖の辛い過去を聞いた。