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第4話 コーティ 5番目の次元④

「非通知?誰からだろう」

愛理栖は不思議がりながらも電話に出た。


名前を名乗らなくても、彼女にはすぐにそれが誰かわかったようだった。


「いまどこにいるの?

え、いつ帰ってくるの?」

 愛理栖は、震える声で尋ねた。

幼い頃に母親と突然別れ、その喪失感を抱え続けてきた愛理栖にとって、母親からの電話は、長年の願いが叶ったような、

そして同時に、再び見捨てられるのではないかという恐怖がこみ上げてくる、

複雑な感情の渦中だった。



「ごめんなさい愛理栖。

私にはもうあなたに会う資格はないわ。

 あなたはあなたの幸せを掴んで幸せになってね」

 母親の声は、昔、愛理栖が泣きながら母親に抱きついた時の、あたたかくて優しい声とは全く違っていた。

 愛理栖は、幼い頃の記憶がフラッシュバックし、全身が震えた。


 僕は、電話越しに愛理栖の絶望的な様子を感じ取った。

 幼い頃から愛情に飢えていた愛理栖にとって、母親からのこの言葉は、どれほどの重みを持つのか。

 僕は、自分の無力さを痛感した。





「待って!どうして……、

!!」

愛理栖が声を振り絞ったその瞬間、

電話が無情にも切れた。


プー、プー、プー!


愛理栖は僕に背を向けた。

そうやって僕に今の姿を見せまいとしていた。

彼女は震える肩を抱きしめていた。

僕はそんな彼女を見て言った。


「我慢……してるんだね。

泣いていいんだよ」


そう言って、愛理栖の気持ちが落ち着くまで

背中をさすり続けることくらいしか

今の僕には出来なかった。



僕たちはどれくらいそうしてたのだろうか。


僕は彼女の悲しい涙でくすんだ瞳に少しでも元気な光が戻ればと思い切り出した。


「ねえ愛理栖ちゃん、実は君に渡したいものがあるんだ」

僕はそう言うと、愛理栖に可愛いラッピングが施された小さな小箱を手渡した。


 愛理栖は、おそるおそる箱を開けた。

中には、淡いピンク色のハンカチが入っていた。

 刺繍された可愛らしい花柄が、まるで幼い頃の愛理栖の笑顔のようだった。

 愛理栖は、ハンカチを両手で包み込み、

顔を近づけて、その柔らかな肌触りを確かめた。


 僕は、愛理栖の表情をじっと見つめながら、優しく語りかけた。

「あのドレスを着ていた君はとても綺麗だったよ。

まるで、お姫様みたいに。

 きっと、そのドレスには、君にとって大切な思い出がたくさん詰まってるんじゃない?」


僕は、ラボで再会した時に愛理栖が着ていたドレスのことを思い出しながら尋ねた。


「あのドレスですが、実は……」

愛理栖は、窓の外の夕焼けを眺めながら、

遠い目をして語り始めた。

「お母さんが作ってくれたドレスなんです。

私が5歳の誕生日のプレゼントにもらって。

淡いピンク色のドレスで、

スカートにはたくさんのレースがついていて…」

愛理栖は、当時のことを鮮明に覚えているかのように、細やかに説明した。



幼い頃の私はまだ世の中の事は何も知らなかった。

お母さんは毎日、私が寝る前に昔の話を聞かせてくれた。

はじめて一人でお使いに行ったときのこと、

はじめて学校で友達ができたこと、

クラスで仲間外れにされたときのこと、

お父さんに知り合った時のこと、

私が生まれた時のこと。

私は夜お母さんの話を聞くのがいつも楽しみだった。


ある日、お母さんは私に素敵なドレスをプレゼントしてくれた。


そのドレスは薄いピンク色で、柔らかく光っていた。

まるで空から舞い降りた羽衣みたいに。

西洋のドレスだけど、日本の伝統美を感じさせる繊細なデザインが本当に素敵だった。

みているだけで、なんだか女性らしさが際立って感じられた。


『愛理栖?今のあなたにはまだちょっと大きいけど、あなたが大きくなってからこれを着てくれたら母さん嬉しいな。

きっと愛理栖に気に入って貰えると思って』


私はこの素敵なドレスを早く着てみたい。

早く大きくなりたいと強く思った。


お母さんは、私が大きくなったらどんな大人になるのか、どんな苦労を乗り越えて幸せを掴んでいくのか、色々想像しながら選んでくれたんだと思う。






「実は、お母さんは、私がまだ小さかった頃に消息がわからなくなってしまって…。

あのドレスは、お母さんの形見で、

お母さんの愛情がぎゅっと詰まった宝物なんです」


愛理栖は、ハンカチで涙を拭い、僕の方を見た。

彼女の瞳は、まるで宝石のように輝いていた。その瞳を見つめる度に、僕は自分の心に生まれる温かい感情に戸惑っていた。

それは、幼い頃に感じたことのない、

不思議な感覚だった。

「だから、このハンカチ、すごく嬉しいです。

ありがとうございます。大切に使いますね」


愛理栖の言葉は、僕の心を打ち震わせた。

彼女の優しさ、強さ、そしてどこか儚げな雰囲気に、僕は惹かれていく。

まるで、光と影を併せ持つ月の女神のようだと、僕は密かに思っていた。

 ふと、愛理栖の周りにかすかな光が輝いていることに気づいた。

 それは、まるでオーラのように彼女を包み込んでいた。

 愛理栖の感情が揺れるたびに、その光は強くなったり弱くなったりする。



僕は愛理栖の頭を優しく撫でた。

「よかった。君が喜んでくれて」


しかし、次の瞬間、彼女の笑顔は少し曇った。「でも…」

愛理栖は突然後ろを向いて僕に顔をみせてくれない。


「どうしたの?」

僕は心配になって尋ねた。


「クククク」

愛理栖はそれでも振り向いてくれないで、

僕は彼女の正面に回った。

すると。


「見ないで!!」


「あ、ごめん愛理栖……」


「クスクスクス♪

お兄さん、このハンカチ嬉しいんですけど、

これ、メンズ用ですよ…」

愛理栖は目にたくさんの涙を浮かべて、

お腹の底から引き笑いをしていた。


「こんな笑いすぎて涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔、

ひかるさんに見せられる訳ないじゃないですか!」


「えー!?

ごめん、愛理栖。

本当にごめんね。

やばいよー、やばいよー。

そう言えば、

お揃いの柄で二枚買ってお店でラッピングしてもらったんだけど、家から持ってくるときに間違えて持ってきたみたい。

愛理栖ちゃん、本当にごめんね。

明日でもいいかな?」

僕は酷く落ち込み、愛理栖への申し訳なさでいっぱいだった。


しかし、愛理栖はそんな僕に微笑みながら言ってくれた。

「ありがとうございます。

本当にうれしいんですよ、私。

忘れたハンカチは今度でいいですよ。

 お兄さんの肝心なところで可愛いところ、

好感が持てます。

このちょっぴりドジな年上のお兄さんには年下の私がしっかりしなきゃなって思っちゃいます。

不思議ですね〜♪」

 僕がプレゼントを渡すと、彼女の涙袋に溜まった水滴がキラキラと輝いていた。その光には、単なる美しさを超えた深い想いが込められているように感じられた。


僕は愛理栖の言葉に救われたように微笑み

「愛理栖ちゃん、君の純潔はどこの馬の骨ともわからないような男にはあげちゃ駄目だよ」

と冗談めかして言った。


「はい」

愛理栖はそう答えたが、

次の瞬間。


「ひかるさんはどこの馬の骨ともわからないような男なんかじゃない!!」


誰にも向かっていない方向に

真剣な表情で叫んだ。


僕にはそのとき、愛理栖の瞳に一粒の涙が浮かんでいるように見えた。



※今回の要約※


再会と拒絶、そして絆

母親と再会した愛理栖は、電話で突き放され絶望する。ひかるは愛理栖を慰めようとプレゼントを渡すが、誤ってメンズ用のハンカチを渡してしまう。しかし、愛理栖はそれを気にせず、ひかるへの感謝の気持ちを伝える。

二人の絆は、予想外のハプニングを乗り越え、さらに深まっていく。


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