古びた和風旅館の一室。畳の上、柄の違う二枚の座布団に、男が二人の客と向き合って座っている。男は私、光男だ。手には徳利と盃。二人の男は、奥田と岩瀬。今日、この場で、私の妻を紹介するために集まってもらった男たちだ。
襖の向こう、隣の部屋から、微かな水の音がする。妻の美紀が風呂に入っているのだろう。かすかに聞こえる湯の音は、今宵の儀式への序章を奏でているようだ。奥田が咳払いをして、私を見た。少しばかり緊張している。
「今日は、お忙しい中お集まりいただき、感謝いたします」
挨拶を始める私。古びた茶箪笥の上に置いた電球が、二人の顔を照らしている。旅館特有の薄暗さと相まって、二人の表情はどこか不気味だ。
「光男さん、こちらこそ、お誘いいただきありがとうございます。いやあ、どんな方か、今からワクワクしますよ」
岩瀬は人懐っこい笑みを浮かべる。この男は好奇心と欲望を隠そうともしない。良い。こういうのが、私としては扱いやすい。
「うちの美紀はですね、ええ、ちょっと変わった女性でして。奥田さんみたいな、おとなしめな人が好物なようで。岩瀬さんみたいな方は…」
言葉を濁し、にやりと笑う。
「ふっ、そうかい。おれも期待してるよ。へへ」
岩瀬は興奮を隠そうともしない。こういう欲望むき出しな人間を相手にしていると、私はどこか冷静になれる。美紀の嗜好を考えると、この組み合わせは最高だろう。
襖が開く。そこから現れた美紀は、まるで幽霊のように白い着物を身に纏っていた。着物の隙間から覗く白い肌が、裸以上に私の視線を釘付けにする。美しい。相変わらず。
美紀の歩みが止まったのは、奥田の前だった。
「初めまして。美紀と申します」
静かに、言葉を紡ぐ。奥田の顔色がみるみるうちに赤くなっていく。
「ああ、あ、奥田です。今日は…その…よろしくお願いします」
動揺しながらも言葉を紡いだ奥田を見て、美紀は満足気に微笑む。私の妻ながら、時に、底知れぬ恐ろしさを感じる瞬間がある。
「美紀さん、お噂通りお美しい方ですね。あはは」
岩瀬は目を輝かせ、じろじろと美紀を舐め回すように見ていた。それを見る美紀の瞳の奥で、静かな炎が揺れるのを感じる。私は自分の計画がうまく進んでいることに安堵し、徳利を手に取った。
「まあまあ、皆さん。まずは一杯。ゆっくり飲みながら、うちの美紀と話しましょう」
酒を酌み交わす中で、言葉が紡がれていく。他愛ない世間話、仕事の話、共通の趣味。時折、下品な言葉や、相手を貶めるような発言が、まるで毒のように交じり合う。それでも、場の空気は妙な興奮で満たされていた。特に岩瀬の発言はエグく、奥田がビクリとするほどだ。だが、その度に、美紀は快感を感じているかのようだった。
そして、会話の合間を縫い、私の合図で、美紀は持ってきた小瓶を取り出した。透明な液体が詰まった、小さな瓶。私は皆が気づかぬように、その液体を二人の盃にそっと注いだ。
「あら、皆さま。お酒が進んでいるようなので、これも如何かしら?」
美紀は微笑みながら、言葉巧みに二人に液体入りの酒を勧めた。二人は何の疑いも無くそれを口にする。二人は、喉が渇いていたのだろう。あるいは、ただ、私の美しい妻が勧めた酒だから、断るという選択肢がなかったのか。二人は何も気づいていない。ふ、愚かだ。
「ああ、美味いな。これ、結構いけるよ」
「あ、ああ。はい、おいしい、です」
岩瀬が快活に答える横で、奥田はおずおずと感想を口にした。二人とも、喉を鳴らして盃を空ける。私も自身の盃を口に運んだ。その直後から、二人、いや、私たち全員の日常は崩壊する。
次第に、二人の表情は変化していく。特に岩瀬は、焦点が合わなくなり、虚ろな目で美紀を見つめている。奥田はうつむき、手は小刻みに震えていた。薬の効果が出始めたのだろう。美紀は無言で、二人を見つめていた。微かに口角を上げ、恍惚とした表情で。
「さあ、お二人とも。そろそろ、ゆっくりと愛を確かめ合いましょうか」
私はそう言い、部屋の隅に置いてあった、二本の縄を取り出した。一つは赤、もう一つは青。
まず、美紀が奥田に歩み寄った。美しい着物の裾を翻し、奥田の前にしゃがみ込んだ。奥田の顔色がみるみる青ざめていく。美紀は柔らかな手を奥田の頬に添わせる。
「怖がらなくて、良いのよ?」
甘い声が、耳に直接響いてくるようだ。次の瞬間、美紀の右手が伸び、奥田の髪を掴み、後頭部を強打した。
奥田は頭を打ち付け、崩れるように畳に突っ伏す。同時に、私は岩瀬に近づいた。両手を掴み、動きを封じる。その間に、美紀が奥田の手を後ろ手に縛り上げ、青い縄でがんじがらめにする。私の妻ながら、手際の良さはもはや芸術の域に達している。奥田の口は、私の手でタオルを突っ込まれた。嗚咽を漏らす奥田。その様子を眺め、私は快感を覚えた。
続いて、赤い縄が岩瀬に巻き付いていく。美紀が慣れた手つきで岩瀬を拘束していく様は、どこか残酷な美しさを感じさせた。
「あら、暴れるのはみっともないわ」
美紀が囁くと同時に、岩瀬の太ももにナイフが突き刺さった。
「ぎゃああああ!」
断末魔の叫びを上げてもがく岩瀬。当然、縄は身体に食い込み、岩瀬を更に苦しめる。それでも、快楽物質は脳を奔流し、快感は止まらないようだ。美紀は満悦そうな顔で岩瀬を見つめ、次に、視線を奥田に向けた。奥田は涙を流し、虚ろな目をしてこちらを見ている。だが、美紀は迷わず奥田に近づき、両手を拘束し、奥田の口の中に、
「ねえ、光男。楽しかったかしら?」
美紀が、こちらを向き、微笑んだ。
「ああ、最高だ。今日、来てくれて、感謝する」
心からの感謝の言葉だった。二人の男。それを見て興奮する妻。全てが、この為に用意された舞台だった。
ここから先は、惨劇が始まった。美紀は楽しむように、二人を蹂躙し始める。ナイフを振りかざし、二人の肌を抉り、刺し、辱めていく。二人の悲鳴、呻き声が部屋に響き渡るが、それは美紀の興奮を更に煽る。私は、そんな美紀をただ見つめることしかできない。この瞬間、私が支配者であり、同時に、ただの傍観者であることを自覚した。
どれくらいの時間が経過しただろうか。二人ともぐったりと動きを止めた。床一面に広がる血の海。
美紀は、二人の横に座り込み、私に優しく話しかける。
「また、やりましょうね、光男。ね?」
微笑む美紀の瞳の奥には、さらなる狂気が宿っていた。私は、ただ頷くことしかできなかった。
この先も、きっと、こうして日常は過ぎていくのだろう。美しい狂気が支配する、終わらない日々の始まり。ほんの少しだけ、明るい未来が視界をよぎる。新しい男を連れてきた時の、あの妻の喜びを想像すると、私は心が震え出した。