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第15話 四天王琴葉VS毒島

「敗けたわ」


 対戦が終わったところで、メアリーが大地のところまで歩いてやってきた。そして清々しい顔をしながら握手を求めてくる。


「楽しい戦いだったぜ」


 大地はそれに応える。

 確かにメアリーはこれまで戦った誰よりも強かった。


 しかし、大地はそれに勝ったのだ。確実に実力は上がっている。ヒロスタを始めた一ヶ月前に比べると天と地ほども違うだろう。


 あとは琴葉が決勝戦に上がってくるだけだ。


「約束通り、デートしてあげるわ」


「冗談でもやめてくれ。観客の中で殺意の眼差しをこっちに向けてる奴が本気で飛びかかってきそうだ」


 大地はちらと観客の中にいるタンクトップアフロの方を見る。メアリーもマッスル藤岡の存在に気づいたようでおかしそうに笑った。


「それはそれで見てみたいものだわ」


 そんなことを言いながら、大地とメアリーはステージを降りる。

 それと入れ替わるように琴葉と毒島がステージに上がった。彼とすれ違う瞬間にメアリーは鋭い目つきで毒島を睨んだが、彼は気づいていないのかニタニタと笑っている。


「よお嬢ちゃん。ちょっとは上手くなったのかい?」


 低い声。

 相手を舐めた笑いの含まれた話し方。


 自分が負けるなんて微塵も思っていないようだ。

 それに何より、琴葉のことを覚えている。


「……どうでしょうね」


 ぽつりと言い返した琴葉はそのまま自分の席につく。毒島もそれと向かい合うように座った。


「大丈夫かしら、琴葉ちゃん」


 ステージ外から見守るメアリーはやはり心配そうだった。


「心配ないよ。あいつは強い」


 その言葉はメアリーを安心させようというものではない。まして、自分にそう言い聞かせて不安をかき消そうとしているものでもない。これは大地が本当に心の底からそう思っているから出た言葉だ。


「決勝に上がるのは琴葉だ」


 美咲の進行に従い、両プレイヤーはキャラクター選択を行う。琴葉はもちろんこれまでずっと使っているスカーレットだ。


 琴葉はこのジョイポットにいる誰よりもスカーレットを上手く扱える。それはここにいる誰もが分かっていることだ。


「相手は……グレイシアか」


「キャラスペック的に言うならスカーレットと同等の最高レベルよ」


「そうなると、やっぱり腕が試されるか」


 魔王グレイシアは『お願い勇者様』というゲームに登場するラスボスである。どうしてかそのゲームからは主人公である勇者ではなくラスボスである魔王が参戦した。ゲームの内容としてはよくある勇者が魔王を倒すために旅に出るというもの。


 黒髪から生える二本のツノが印象的で、大きな体をマントが覆う。


 原作のゲームでも圧倒的なパワーで勇者パーティーを追い詰めるが、それはヒロスタでも変わらない。グレイシアは基本的に魔術を使った高火力攻撃が得意で、そのほとんどが遠距離攻撃。故に近距離の戦闘は苦手である。


「スカーレットには近距離戦闘の手段もある。遠距離戦闘になると不利だから、どこまで近距離で戦えるかね」


「じゃあスカーレットのが強いんじゃねえの?」


「いえ、その分グレイシアにはパワーがある。攻撃の一発一発が高火力で、当たれば一気にライフを削られる。オセロなんて防御力低いから数発当たれば敗けるんじゃない?」


「……恐ろしいキャラクターだぜ」


 自分の使っているキャラクターとは相性が悪いと言われると途端に恐ろしく見えてしまう。


 実はこれまでに魔王グレイシアを使用するプレイヤーと戦う機会はあまりなかった。というのも、グレイシアは操作が難しく初心者が使うには難易度が高いキャラクターとなっている。


 なので使うプレイヤーがいても全ての力を出し切れてはいないから問題なく勝てた。


 故に、魔王グレイシアを脅威とは思っていなかった。


『それでは試合開始!』


 しかし。

 毒島のプレイを見て、大地のその印象は覆される。


 自分がこれまでに相手をしてきた魔王グレイシアはその力の全ての半分も発揮できないなかったんだと思い知らされる。それほどまでに毒島のグレイシアの操作は手慣れていた。


「くっ」


 何とか応戦はしているものの、琴葉は確実に追い込まれていた。

 自分がこれまで手も足も出なかった琴葉が追い込まれていく姿はどうにも信じがたい光景だった。しかし、少しずつ着実にスカーレットのダメージは蓄積していく。


 グレイシアのライフ数値が黄色になる頃にはスカーレットのライフ数値は赤色なるまでに減っていた。


「へえ。ちょっとは上手くなってるじゃあねェか」


「……っ」


 それでも余裕の表情を崩さない毒島。

 それさえもが、彼の策略なのかもしれない。ゲームの腕は相当なものだ。それだけでも十分だというのに、毒島は相手の動揺を誘うなどの煽りプレイも目立つ。それが彼にとっての全力であるということなのだろうが、褒められたことではない。


 現に、毒島はセミファイナルになるまでは大人しく対戦をしていた。そんなことをするまでもない相手だったということだ。つまり琴葉は、全力を出すに値する相手として認められてはいるのだ。


「でも、ま、それでもまだオレには及ばないけどなァ」


 グレイシアの放つ攻撃がスカーレットを襲う。


 そして。


 スカーレットのライフ数値はゼロになった。


「ガッハッハッハ、オレの勝ちだ」


 大声で笑う毒島は立ち上がり、そのまま琴葉のところまで歩く。

 自分に近づいてくる大きな男に琴葉はびくりと体を震わせた。毒島よりもずっと大きいマッスル藤岡には怯える様子一つ見せなかったというのに。毒島に対しての苦手意識が反射的にその反応を引き出してしまうのだろう。


「どうよ、今の気分は」


「……」


 琴葉はきゅっと唇を噛みしめる。


「使うキャラクターが変わってたな。それも、スカーレットっていやァ最高レベルのキャラクターだ。オレに言われてそうしたのか? 何もかもを捨てて勝利を得ようとした結果、それさえも掴めない……惨めだなあ。それでゲームを楽しむなんて笑わせてくれるぜ」


 グヘヘ、と毒島は低い声で笑う。

 琴葉は何も言い返せなかった。


 ゲームは楽しめればいい、そんな信念を曲げてでも勝利を掴みたかった。毒島という男に勝ちたかった。あのときの雪辱を果たしてやりたかった。


 いろんな思いが込み上げてきて、琴葉は溢れてくる涙をぐっと堪える。ここで泣くわけにはいかない。なのに、止まってくれない。


「おいおい、まさか敗けて泣いてん――」


 毒島が追い打ちをかけるように琴葉を覗き込もうとしたそのときだ。

 毒島の肩を掴んで彼の動きを止める者がいた。


「あァ? なンだお前」


「それくらいにしとけよ」


 剣崎大地。

 ゲームは楽しくをモットーに生きるゲーマーだ。


 ただゲームをするだけならば何も言わなかった。それが作戦だと言うのならば対戦中の煽り攻撃も認めた。しかし、対戦が終わった後のこれまでの言動は目に余るものがあった。それはとても許せる行為ではない。


「これはこれは決勝戦まで勝ち上がった剣崎じゃねェか」


 笑いながら毒島が言う。しかし、その笑みは決して好意的なものではなく、見下すようなものか、少なくともいい意味のものではない。


「ゲームってのは楽しみ方も人それぞれだし、別にお前のプレイに関してとやかく言うつもりはねえよ。ささやき戦術なんてもんもあるくらいだからな。でも、俺は好きじゃねえ」


「へェ。だから?」


「お前に勝つ」


 一点の雲りもなく、大地は毒島を睨みつける。その眼光から放たれるのは歴とした敵意だった。


「それは随分威勢がいいなァ。ま、頑張れや」


「俺が勝ったら琴葉に謝れ。今のことも、昔のこともだ」


 何かを考えるように毒島は口を噤む。


「……いいぜ。だが条件を出すというのなら公平でなければならない。もしお前が敗けたら、何をしてくれるんだ?」


「何でもしてやるよ」


 大地は即答する。それに対して毒島はニタリと笑うだけだった。

 琴葉と毒島の間に割って入る大地。それを聞き、琴葉は顔を上げる。


「ダメです、剣崎さんっ。あなたが勝てる相手じゃ……」


「大丈夫だ、俺は敗けない。俺は自分の信念を曲げたりしない。自分の好きなキャラクターを使って、全力でゲームを楽しんで、それで勝つ。勝利だけが全てじゃないってことをこの対戦で証明して、あいつに認めさせてやる」


 言って、大地は自分を涙目で見上げる琴葉の方を見る。


「お前にもな」


 確かにゲームは勝てれば楽しい。

 負ければ悔しい。でも、それだけではないはずだ。勝ちに拘ることを悪だとは言わないが、けれどそのために他のものを捨てるなんて間違っている。大地にとってはこれまでずっと、ゲームと共に笑顔があった。


 だからこそ、その気持ちを思い出させたいのだ。


「じゃあもしオレが勝ったらお前をパシリとして使わせてもらおうかな」


「ああ、いいぜ」


 そんなことを言われても、やはり大地は即答だった。約束を守る気がないわけじゃない、適当に流そうとしているつもりもないのだろう。

 ただ、敗けるつもりがないだけだ。


「忘れンじゃねェぞ」


「ルールは守る。それがゲーマーだ」


 予想外の方向に進み続けるヒロスタ大会もいよいよ決勝戦。最後の戦いが始まろうとしていた。


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