美咲の言う楽しい演出というのは再開の案内のあとにすぐに分かった。
一回戦、二回戦と同時に進行していた対戦だったが、三回戦からは一試合ずつ行うことになるらしい。それも、特設ステージに設置された筐体で行うようだ。大地達が対戦を進める間にスタッフが何かを準備しているとは思っていたが、まさかそんなことをしているとは思わなかった。
それだけではない。
最も驚くべきはその対戦がステージにある大きなスクリーンに映し出されていることだ。
ゲームのイベントなんかで見ることはあるが、こんな小さなゲームセンターに設置されるような設備ではない。そんなプレイヤー達の疑問をいち早く察した美咲は『これは店長の趣味です』とハッキリ言った。
ゲーム好きで、ゲームセンターの経営がしたいという夢を掲げ、それを実現させたジョイポットの店長。彼の熱意はどうやら本当のものらしい。
こんな立派な設備が用意されているとなるとプレイヤー達もテンションが上がるというもの。自分のプレイが大人数に見られるというのはあるが、それでも非現実的な状況にそんなことさえ忘れてしまう。
そんな空気の中で三回戦は始まった。
『それじゃあさっそく一回戦を始めます』
呼ばれて、ステージに上がったのは大地だ。
相手はあまり見ない客。恐らくこの大会の情報をどこかから仕入れて参加した別のエリアの人間だろう。普段戦うことのない相手に、大地はワクワクする。
特別な設定の筐体らしく、ここからはコインの投入は必要ないようで、そのままキャラクター選択画面に入る。大地はもちろん『オセロ』を選択する。ステージ選択画面に進んだところで相手のキャラクターも判明する。
相手が選んだのは『ゴーストガール』。
そのキャラクターは『ゴーストガール』というゲームに登場する主人公だ。悪霊を退治するゴーストバスターとして活動する主人公は霊感が高く、自らの体内に霊を宿すことで様々な能力を発揮する不思議な体質の持ち主。
ヒロスタでもトリッキーな超能力を使って戦う、操作の難しい上級者向けなキャラクターである。
ゴーストガールはその容姿の可愛さもあって、一部の層から人気が高い。なので扱いきれなくてもこのキャラクターを使うというプレイヤーは割といる。なので大地も何度か戦ったことはあるが、このキャラクターの本領を見た気にはなっていない。
「このキャラクターでここまで勝ち上がってきたってことは、ガチプレイヤーか」
「どうでしょうね。それはぜひ、対戦の中で感じていただきましょう」
「望むところ!」
対戦が始まる。
相手のプレイヤーはやはり使い慣れた上級者で、これまでのように圧勝というわけにはいかなかった。トリッキーな攻撃に翻弄されながらもコンボを繋げ、最後は勝利を掴む。
ギリギリではあったが、大地はセミファイナルへ勝ち進むこととなった。
『やっぱり三回戦ともなると対戦のレベルが高いわー』
司会進行の役目を忘れ、一観覧者のような感想を漏らす美咲。
そのまま三回戦は続いた。
ここまで勝ち残っているだけあって実力は確かなようだが、たまたま相手が悪かったようで順当にセミファイナル出場者は決まっていった。
「……ま、やっぱこうなるか」
大地は呟きながら、小さく笑う。
三回戦、全ての対戦が終わりセミファイナルに進む四人のプレイヤーが決まった。その対戦カードがモニターに表示される。本当にめちゃくちゃ凝ってるなあ、と大地達はもちろん観覧者も感心していた。きっと店長も報われるだろう。
「私、負けるつもりはないわよ」
「俺だってそうだよ。やっとあんたと戦える」
セミファイナル、第一回戦。
『剣崎大地』対『メアリー』
セミファイナル、第二回戦。
『四条琴葉』対『毒島大輔』
対戦カードが発表され、エリア内はざわついた。
そんな中、静かにモニターを見上げるのは琴葉だった。
「……」
彼女にとっては大地とは別の意味で因縁の対決となる。そこに関して、美咲やメアリー、大地も心配なところはあるが、それよりもまず考えるべきは自らの勝負である。
まもなく。
セミファイナル、第一回戦が始まろうとしていた。
「私ね」
セミファイナル開始直後、舞台に上がる直前にメアリーが口にした言葉。
「楽しくゲームをする琴葉ちゃん、結構好きだったのよ」
「なんだよ、急に」
大地はどうしたのかと隣にいるメアリーの方を向く。
そこには、優しい声色からは想像できないような真剣な、おぞましく思えるくらいの表情を浮かべるメアリーの顔があった。
「だから、その笑顔を奪った毒島が許せない。この手でぶっ倒してやるの」
「悪いけど、俺だって負けられない。それに、毒島ってのは琴葉が倒すぜ」
そうして、決勝戦は自分と琴葉が戦う。
笑いながら言うと、メアリーは小さく笑う。
「かもね」
並んで歩いていた二人は別れて筐体に座る。向かい合い、最後の準備をする。といっても気持ちの問題なので深呼吸をするとか、指のストレッチをするとか、そういうことだ。そして時間が来る。
『それでは、セミファイナル一回戦を始めましょう。両プレイヤーはキャラクターを選択してください』
美咲の進行に従い、大地とメアリーはキャラクター選択画面へ進む。
両者使用するキャラクターは決まっているので時間はかからない。そのままステージ選択画面へと進む。ここでも自動で選択される設定になっているので大地達が行う操作はない。
「フレイムマンか」
フレイムマンは『フレイムマン』というゲームの主人公だ。
家族を殺した『機関』というグループに復讐するために戦う力を手に入れた主人公の復讐譚を描くゲーム。元は人間でエレメントスーツという不思議なスーツを纏うことで異能力と驚異的な身体能力を手に入れる。
名前から分かるように炎を操るキャラクターだ。
遠くの敵には炎を放ち、近くの敵には拳で立ち向かう遠近距離タイプのキャラクター。初心者にもおすすめの扱いやすいキャラクターだが、マルオと同様に極めると非常に強い力を発揮する。
「……」
今の大地に油断はない。
相手はメアリーだ。ギリギリで勝てたヨシキやマッスル藤岡よりも実力は上。しかし、彼女に勝てなければ琴葉に勝つことはできない。リベンジマッチを前にした最後の壁だ。乗り越えるには十分過ぎる難易度である。
『それでは、バトルスタート!』
美咲の開始宣言と同時にゲーム内もゴングが鳴る。
先手必勝と言わんばかりに大地の使用するキャラクターであるオセロは前へ飛び出す。
が。
考えていることはメアリーも同じなようで、ほぼ同じタイミングでフレイムマンも前へ出た。
『両者、ほぼ同時に飛び出した!』
そうなると、ここからは駆け引きだ。
相手の攻撃を読んでガードをするか、それとも相手がガードをすると読んで掴み技を繰り出すか。はたまた、攻撃すると見せかけて一度引くか。
大地の選択は、
『これは!』
オセロは加速を止め、後ろに飛んで距離を取った。
「そんな弱気でこの私に勝てると思っているの?」
それを読んでいたのか、あるいは瞬間的な判断か、フレイムマンは強大な炎を放つ。これは十字スティックと必殺技ボタンを同時に押すことで繰り出す技だ。
避けようとしたが間に合わなかったオセロは僅かにダメージを負う。それでも最小限に抑えて再びフレイムマンとの距離を詰めようとした。
しかし。
先に行動していたのは相手だった。
目の前までやってきたフレイムマンは右、左のジャブを放ってからアッパーカットに繋げる。通常攻撃による最も簡単なコンボ攻撃だ。素人ならばここで終わるが、ここからさらにコンボを繋げてくるのが手練れだ。
フレイムマンは炎を纏い、斜め上に上昇する。その際にオセロを巻き込み追加攻撃を行ってきた。さっきの遠距離攻撃と合わせて、既にオセロのライフ数値は八〇〇まで減っている。
「くそッ」
「この程度? だとしたら、お姉さん全然満足できないわよ」
くすりと、メアリーは挑発するように笑う。
こんなものじゃない、まだまだやれる。大地は乾いた唇を湿らせる。いつもそんなことはないのに、この大舞台に緊張しているのが分かった。
タンタンタンと大地はボタンとスティックを操作した。
オセロはフレイムマンとの距離を詰める。
フレイムマンは咄嗟にガードをして攻撃から身を守ろうとした。が、大地はそれを読んでいた。オセロの掴み技が成功し、相手を木刀で叩いて攻撃する。そこから通常攻撃による五連コンボを繰り出し、最後に通常攻撃ボタンと十字スティックを上に倒して三連コンボを繋げる。
フレイムマンは上空に飛ばされる。
上空は地上に比べると自由度が低い。まずガードができないので攻撃は避けるしかない。オセロはさらに畳み掛けようと攻撃を仕掛ける。それに対してメアリーは緊急回避を発動した。
「なんッ」
「油断したわね」
緊急回避というのは相手の攻撃とタイミングを合わせてガードと十字スティックを使うことで発動する技だ。一瞬だけ無敵モードになり相手の攻撃を凌ぐ。ただし、空中で使用した場合は地上につくまで行動が不能になる。
フレイムマンが先に地上についたことで主導権が移る。
フレイムマンが炎を射出する。オセロは空中にいるのでガードはできない。大地は緊急回避を使用せざるを得なかった。もちろん、メアリーの狙いはそこにある。
「私が繰り出した攻撃、そして君から受けたダメージは着実にゲージを溜めた。分かる? 私の切り札ゲージ、半分以上溜まってるのよ」
メアリーに言われて、大地は焦る。
が、遅かった。
フレイムマンの超必殺技、『フレイムブラスト』が発動した。
炎の竜巻を起こし、上空にいる相手すらも巻き込んで攻撃する。抜け出すことはできずに竜巻が消えるまでダメージは続く。
それだけではない。
竜巻が消えた瞬間にフレイムマンが炎を放つ。それに当たってしまうとアニメーション演出による追加攻撃が行われる。避けきることができなかったオセロはさらなる炎攻撃を受けて大ダメージを負ってしまう。
さっきまで八〇〇あったライフ数値は一気に二八〇まで減った。青色だった数値は赤色に変わる。
「く、そ」
しかし。
オセロには奥の手であるリベンジバーストがある。
あの技は自分のライフ数値が低ければ低いほど相手に与えるダメージが増す一発逆転の超必殺技である。その為、攻撃を当てることは難しいが大地はその練習も何度も重ねてきた。
「君の狙いは分かっているわ。もちろん、当たってあげるつもりはないけれど」
「……そこを当てるのが、真のオセロ使いなんだよ」
大地は不敵に笑う。
とはいえ。
ガードされると不発に終わる。だから相手がガードできないタイミングを狙って使用する力が要求されるが、超必殺技を繰り出す前に攻撃されても不発となる。実際、当てるのは中々に難しい。
オセロはフレイムマンに接近する。
ここで選択肢だ。
普通に攻撃するか、相手のガードを見越して掴み技を使うか、超必殺技を使用するか。
フレイムマンはガードを繰り出す。
それと同時にオセロは相手を掴んだ。
そのままコンボ攻撃を繋げる。
相手を遠くに飛ばした後、溜め技を使用しさらにダメージを与える。
相手に考える時間は与えまいとさらに攻撃を繰り出す。ブーメランを投げて牽制し、相手の出方を伺う。地上による緊急回避は上空におけるリスクがない分使用しやすい。その代わり、使用後の一瞬に隙が生じる。
その一瞬を見逃さない。
「まずいッ」
その隙さえも与えないよう、瞬時にメアリーはガードをする。だが、大地は超必殺技を使うことはせずに再び掴み技を見せる。そして必殺技ボタンによる回転攻撃で追加ダメージを与える。
「……まさか」
「気づいたか?」
メアリーはしてやられたという顔を大地に向ける。
大地の狙いは超必殺技を当てることではなかった。もちろん、それが当たれば苦労はないが、そう簡単に当てさせてもらえないのは分かっている。だから、リベンジバーストを駆け引きの材料としたのだ。
「リベンジバーストを意識させて、その隙に攻撃を当てる作戦ね」
「もう遅いけどな」
気づけば、フレイムマンのライフ数値も赤色まで減っている。両プレイヤーのライフ数値にそこまでの差はない。ここからは一つのプレイミスが敗北へと繋がる。
「そういうことならもう躊躇わないわ!」
フレイムマンが接近してくる。炎を纏った拳を繰り出してきたそのタイミングでオセロは木刀を構えてフレイムマンの拳を受けて立つ。
「しまッ、それは――」
「いやあ、あんま使わないからいい感じに頭からなくなってくれてて助かったよ」
奥の手。
リベンジバーストとは違う、大地がずっとタイミングを見計らっていたもう一つの技だ。
相手の攻撃に合わせてタイミングよく発動した際に、その攻撃を無効にし逆に相手にダメージを与えるカウンター攻撃。
「これで終わりだッ!」
オセロの攻撃がフレイムマンに炸裂し、勝負を決した。