『おまたせしました! それでは第一回ジョイポットヒロスタトーナメントを開始します!』
マイクを通して美咲の声が二階に響く。全員の視線がステージの方へ向いた。
いつもは使われていないステージエリア。何に使うのだろうと思っていたが、こういうときの為にあったのかと大地は感心していた。
『一回戦は全員で一斉に対戦してもらいます。その間にこちらはステージの準備を進めますので』
ステージの準備が何なのかは分からないが、ともあれ一回戦が始まるらしい。
スマホの専用サイトで参加をするシステムで、第一回戦のマッチングもそこで発表される。
対戦相手と筐体番号が表示されているので、それに従い移動する。
「あら、隣なのね」
大地が座った隣にメアリーが座る。
「どうせなら正面に座ってほしかったけどな」
「お楽しみは後に取っておくとしましょう。そんなこと言って、一回戦で負けるなんてことはないようにね」
一回戦の相手は何度か対戦したことのあるプレイヤーだった。あっちも大地のことを認識しており「げっ」と小さく声を漏らしていた。敗北の記憶も残っているのだろう。
それはメアリーの相手にも言えることで、あっちに関しては四天王というだけあって既に敗戦ムードである。考えるにメアリーは琴葉の次に強いことになる。そこら辺のプレイヤーでは勝てないだろう。
案の定。
大地もメアリーも問題なく勝利した。
全員の対戦が終わるまでは席を動かないというルールなので大地は腕を組んで美咲の合図をただ待っていた。
「さっきの話」
メアリーが言う。
「ん?」
「毒島よ」
「ああ」
言われて、大地は遠くの方で対戦している毒島の方を見る。
「以前、琴葉ちゃんの話をしたのを覚えてる?」
琴葉の話、と言われて大地は思い返す。
「琴葉のプレイスタイルが変わったとかいう?」
大地の言葉にメアリーは頷く。
「あの話の中で琴葉ちゃんを負かしたのが、毒島よ」
四条琴葉は以前はゲームを楽しむ勝ち負けなどは気にしないプレイヤーだったらしい。
しかし、ある日の対戦でボコボコに負けた琴葉は自分のこれまでのプレイスタイルを捨てて勝利に拘るようになった。好きなキャラクターを使っても負ければ意味がない。だったら強いキャラクターを使って勝つ方がいい。そう思うようになったそうだ。
その根本の原因である勝負の相手が毒島だと言う。
「ゲームの腕は確かだけれど、マナーは最低ね。対戦することがあったら一言言ってやろうと思っていたのよ」
「……そうなのか」
今の琴葉は敗北が想像できないくらいに強い。
ならば、毒島と戦っても勝てるのではないだろうか。もしも彼女が負けるようなことがあれば、もしかしたらここにいる誰もが敵わない可能性がある。なんとなく見た目が好きじゃないので、毒島が優勝するのは気に入らない大地だった。
メアリーと話している間に一回戦が終了した。
勝ち残ったプレイヤーはそのまま二回戦を行うことになる。負けたプレイヤーはここで終了だが、ほとんどの客は残って観戦していくつもりらしい。
再びアプリでマッチングが行われ、指定された筐体へ移動する。
その最中、周りがやけにざわついていた。
「なんか騒がしいな」
「あそこのせいじゃない?」
メアリーがそっちに目を向けたので、大地もそれを追う。
そこにいたのは向かい合うヨシキと毒島だった。どうやら二回戦で二人は戦うことになったようだ。
「四天王ヨシキと毒島、勝つのはどっちだって感じかしらね」
「実際のところ、どうなんだ?」
移動しながら大地は訊く。
メアリーは少しだけ考える素振りを見せる。
「言いたくはないけど、きっと毒島でしょうね」
それだけを言って、メアリーは自分の席へと行ってしまう。大地も自分の席につく。
「……ん?」
自分の対戦相手はどんな奴だろうか、と前の席を覗いてみるとそこにいたのは毒島の後ろにいた小さい出っ歯の男だった。
「なんだよ?」
耳障りな声だった。
「いや、何でも」
とりあえず思ったのは、こいつ一回戦勝ち上がったんだな、だった。
ということは強い可能性もある。あそこまで強いと言われる毒島と一緒にいるのだから、強くない方がおかしいのではないだろうか。
「このスネ吉様に楯突くと毒島さんが黙ってねえぞ」
「……ああ」
大地は短く返事をしながらコインを入れる。
キャラクターを選択する。ステージは今回指定されているのでそこを選ぶ。
スネ吉が選んだのは『アチチ/ウルル/ビリリ』というキャラクターだった。
そのキャラクターは『カプセルモンスターズ』というゲームにて冒険の前に貰えるモンスターだ。いわゆる御三家というもので、三体のうちの一匹を相棒としてカプセルモンスターを集める冒険に出るゲームだ。
三体それぞれが得意距離や戦闘タイプが異なり、状況に応じて使用できるキャラクターを変更できるのが特徴だ。初心者にも扱いやすい、操作が簡単なキャラクターである。
「あんまり使う奴いなかったな」
呟いた大地は指をポキポキと鳴らす。
バトルスタートの合図で二体のキャラクターは同時に動き出す。
激しい攻防があったわけでもなく、ただ大地の一方的な攻撃により対戦は呆気なく終わった。
大地の勝利だ。
「弱い……」
「お前なんか毒島さんにボコボコにされればいいんだ!」
ありきたりな捨て台詞を吐いたスネ吉はそのままどこかへ行ってしまった。
が。
全試合が終わるまでは席を移動しないというのがルールであるため、すぐに戻ってきた。
少しの間、気まずい空気が流れたのだった。