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第10話 琴葉の過去

「……なんで」


 場所は変わりジョイポット。

 パンケーキ屋から移動してきた大地、琴葉、メアリー、マッスルの四人。


 大地は信じられないものでも見たような顔をしながら呟いた。それに対して、返事をしたのはメアリーだ。


「何が?」


「いや、流れ的に俺があのアフロと戦う感じじゃなかった?」


「いやね、実力を知りもしない君に私の運命任せられないでしょ」


 いつものように二階にあるヒロスタの筐体の前で大地とメアリーは会話をする。二人の視線の先には向かい合って座る琴葉とマッスルの姿があった。


「運命って?」


「彼ね、私に惚れてるのよ」


「はあ」


 改めて見ても老け顔だ。

 アフロというよりは顎に生えているちょび髭と細い目などのパーツがそう思わせるのだろう。


 聞いたところによると彼はまだ二十四歳らしい。見た目だけで考えるならば三十と言われた方がまだ信じられる。


「でもさっきも言った通り、私って自分より強い男にしか興味ないから。そう言ったら彼はゲームを猛練習したのよね」


「それで、戦ったんすか?」


 ええ、とメアリーは頷く。

 そういえば美咲が『愛の力というのは偉大なんやね』と言っていた。それはつまりそういうことだったのだろう。ゲームに触れることのない人生だったが、メアリーにアタックするためだけにヒロスタを始めた。


 そして今では四天王であるヨシキ以上の実力を手にした。


「もちろん私が勝ったわ」


「まあ、ですよね」


 流れ的にはそうなるだろう。


「さっきの彼を見ただけで分かると思うけど、結構しつこい性格なのよね。追われるのは嫌いじゃないけど、あそこまでしつこいとかったるい。だから、条件を出したの」


 その相手へのダメージを微塵も気にしない棘のある物言いはどこか琴葉に似ていた。


「条件?」


「そう。琴葉ちゃんに勝てたらもう一度対戦してあげるってね」


「なるほど。それで琴葉と戦いたがってたのか」


「琴葉ちゃんは私が唯一負けた相手よ。だから、きっとマッスルに勝ち続けてくれる」


「俺だと勝てないってことね」


 言われて納得する。

 が、言われたままなのも腑に落ちない。


 ここで自分の実力を示すことができればいいのだが、そういう機会を設けてもらえそうにないのが残念である。今のところは、琴葉とマッスルの戦いを見届けるしかない。琴葉とどれだけ戦えるかでマッスルの実力を測ることができるだろう。


「……」


 琴葉とマッスルはコインを投入し、キャラクター選択画面に進む。琴葉はいつもどおりスカーレットを選んだ。その姿を見て、メアリーは複雑そうな顔をしていた。


「どうかしたのか?」


「いえ、琴葉ちゃんはスカーレットを使うんだって思って」


 メアリーの言葉の意味が分からなかった。

 琴葉とこれまで何度も対戦してきたが、彼女はずっとスカーレットを使っていた。その操作は手練そのもので、琴葉のこれまでの努力が伺える。それ以外のキャラクターを使っているところは見たことがない。


「琴葉はスカーレット使いだろ?」


 大地の言葉にメアリーはかぶりを振った。

 その時の彼女の表情は悲しげなものだった。


「変わったのよ」


「変わった?」


 こくり、とメアリーはゆっくりと頷いた。

 彼女はまっすぐに琴葉の方を眺める。大地もその視線を追うようにそちらを向くと、キャラクター選択を終えて、ステージ選択画面に進んでいた。驚くことにマッスルの選んだキャラクターは『アイ』だった。


 アイは『電脳少女』という音楽ゲームに登場するキャラクターで、青のツインテールが印象的だ。選択画面で性別を選ぶことができる。音を失った世界で、唯一それを失わなかったアイが旅をしながら歌を唄い、音を取り戻していくという物語。


 ヒロスタでも歌を武器に戦う遠距離タイプのキャラクターだ。


 大きな体、漢らしい顔からは想像できなかった使用キャラクターに大地は顔を引きつる。


「琴葉ちゃんはね」


 メアリーが話し始めたことで大地は再び彼女の方を向いた。しかし、メアリーは大地の方を見てはおらず、琴葉から視線を逸らしていない。


「楽しそうにゲームをする女の子だったわ。負けても楽しかったらいい、彼女はいつもそう言っていた」


 昔を懐かしむようにメアリーは話す。

 そうは言われても、大地はイマイチそんな琴葉を想像できなかった。大地の知っている琴葉は『強いキャラクターを使って勝つ。負けたら意味がない』みたいな感じのことを常々言っている。


 現にあまりおすすめできないキャラクターであるオセロを使う大地に何度もそんなことを言ってきた。


「それでも勝っていた。彼女は負けなしだった。だからこそ言えていたことだったのかもね」


「それが何で変わったんだ?」


「ある日、一人の男と戦ったの。こっちの方では見ない顔だったから多分たまたまこの辺を通りがかっただけの男でしょうね。そいつは強かった。ジョイポットでは負け無しだった琴葉ちゃんでさえ敵わなかった」


 信じられなかった。


 もう何十回も対戦しているが一度も勝てていない。そんな琴葉が手も足も出ないくらいに負けるところは想像ができなかった。


「それだけならよかったんだけどね、その男が琴葉ちゃんに余計なことを言ったのよ。そして、その翌日から琴葉ちゃんは変わってしまった。今の、勝利に拘るゲームスタイルになってしまったの」


「……そうなのか」


 言われて、大地は琴葉の方を見る。


 タッタッタッと軽快にボタン操作を行い、マッスルを圧倒している。善戦はしているものの、恐らくマッスルに勝ち目はないだろう。だというのに、琴葉の顔に笑顔はない。無表情というわけではないが、何かに追い込まれるように、必死に何かから逃げるように、表情を強張らせている。


 思い返すと、琴葉がゲームの最中に笑ったところを見たことがない気がする。


 いつもゲームのプレイに必死で彼女の顔なんて見ている暇なんてなかったが、ふと視界に入った琴葉の顔は今と変わらないものだった。


「ゲームって楽しいもののはずなんだけどな。プレイしたら自然と笑顔になって、知らない奴とでも何となく仲良くなって、気づいたら友達になってる。そういうもんだと思ってた」


「間違いじゃないわ。一部のプレイヤーがそうじゃないだけ」


 もしも本当に琴葉が変わってしまったのなら、どうにかして笑顔を取り戻せないものか。大地はそんなことを考えていたが、今の自分には何もできない。何かを成し遂げるためには強くならなければならないのだ。


 そして、強くなるためには戦うしかない。


「もう一回だ!」


「ええー……」


 敗北したマッスルが再戦を申し込む。

 が、琴葉は嫌そうに言葉を漏らした。


 まるでいつかの誰かのようだが、本人はそれに全く気づいていない。しかし、困っている琴葉の元へと歩いていく。


「琴葉と再戦したければ、まずはこの俺と戦ってもらおうか。俺に勝てなきゃ琴葉とは戦えないぜ」


「必要ない。どこを退け」


「そうはいかねえ」


「お前は四条琴葉の何だと言うんだ?」


 言われて、大地は考える。

 この男、こうして向き合うと凄まじい迫力だった。これまで不良と間違えられ、数多くの男と戦ってきた大地でも一瞬怯んでしまう。


「俺は、琴葉の……弟子だ!」


「弟子にした覚えないんですけど」


「うるせえな。ちょっと黙ってろよ」


 ぼそりとツッコみを入れてくる琴葉に言い返すと、彼女は「むう」と唸る。そして少し考えた琴葉は微かに笑う。


「ということなので、まずはこの人に勝ってください。そしたらわたしがもう一度戦います」


「そして、琴葉ちゃんに勝てば私が相手してあげるわ。勝てば、もちろんデートしてあげる」


「約束だぞ、メアリー」


 フヒヒと笑うマッスル。

 琴葉もこの展開の方が楽だと気づいたのだろう。メアリーも面白そうだと思ったのか、自分に害がないからか、特に邪魔をすることもなかった。


「いいだろう。相手をしてやろう」


「絶対勝つ!」








「いい練習になったぜ」


 指をポキポキと鳴らしながら大地が言う。


 彼の視線の先には肩を落とし帰っていくマッスルの姿があった。何度か戦い、ギリギリのところで大地は全てに勝利した。最後の一回の勝負の前にメアリーが「この勝負に負けたら諦めて帰りなさい」と言ったところ、残念ながら敗北し、おとなしく帰っていったのだ。


「けど、なんかちょっと悪いことした気分だな」


「心配ないわ。どうせ明日にはまた復活してるわよ」


「ですね。わたし、マッスルさんのあの後ろ姿、もう見飽きました」


「まじかよ」


 そこまでいくともうストーカーじゃないのか、という言葉は飲み込んだ。それは何だか言ってはいけないような気がしたのだ。


 そんなことはどうでもよくて、大地にはまだやるべきことがある。


「ところでメアリーさん」


「メアリーでいいわよ。君のおかげで今日はマッスルを追い返すことができたわけだし」


 大地の方を向きながら、メアリーは言う。


「ちょっとでも感謝の気持ちがあるんなら、俺と戦ってくれよ。対戦相手がいなくて困ってるんだ」


 ヨシキに勝ち、マッスルにも勝った。


 そして目の前にはもう一人の四天王であるメアリーがいる。次に彼女がジョイポットを訪れる機会がいつになるか分からない以上、今日というチャンスを逃すわけにはいかなかった。


「んー、そうね、君の強さは十分見せてもらったし、戦ってもいいかな」


 しかし。


「そう思ってはいるんだけど、今日はこれから仕事なの。これ以上ゆっくりしていると遅刻しちゃうから、今日のところはお預けってことにしておいてくれるかしら?」


「仕事?」


 そういえば考えていなかった。

 明らかに学生には見えないので社会人なのは間違いないだろう。てっきりオフの日だと思っていたのだが、まさか今から仕事があるとは。


「ええ。招待したいところだけど未成年は入れないのよね」


「未成年は入れない……だとッ?」


 大地はあらぬ想像をしてしまう。

 スケスケえっちな下着を身に着け男を誘惑するメアリーの姿だ。顔を赤くしながら妄想を繰り広げる大地を琴葉はじとりと睨む。


「残念だけど、そういうお店じゃないわ。ただのガールズバーよ」


「ああ、そうなの」


 卑猥な妄想をしていたことがバレていることに気づきもしなかった大地だった。


 仕事というのであればこれ以上引き止めることもできないので、大地は仕方なく今日の対戦を諦めることにした。


「対戦する約束、忘れないでくれよ」


「ええ。もし次会うことがあったら、そのときはちゃんと相手してあげる。もちろん、勝てばデートだってね」


 パチっとウインクをしてハートを大地に飛ばしたメアリーはそのまま階段の方へ行ってしまう。彼女の後ろ姿が見えなくなるまで大地と琴葉はそっちの方を見続けていた。


「メアリーって日本語上手いな」


 本人に言いそびれたことを、大地はぽろりと漏らす。


「まあ、そうですね。下手くそなはずがないんですけど」


「どういう意味?」


「メアリーさん、日本人ですよ?」


「え」


 大地は目を丸くする。


「でも、メアリーって」


「偽名です。彼女がそう名乗ったから、みんなそう呼んでるだけです」


「え」


 驚きは続く。


「いや、でも瞳の色も日本人離れしてたし」


「カラコンです」


「え」


 大地はもう何もかも信じられないくらいの気持ちになっていた。


「彼女は生まれも育ちも日本の生粋の日本人です。髪は染めているだけだし、目にはカラコンを入れているだけ」


「じゃああの胸も何か詰めてるってこと?」


「知りませんけど、あれは本物なんじゃないですかね」


 呆れたように琴葉が言う。

 やれやれとでも言いたげにこめかみを抑えた琴葉は置いてあった自分の荷物を持つ。


「わたしも門限があるのでそろそろ帰ります」


「あ、おう」


「今日は付き合ってもらってありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げた琴葉も行ってしまう。


「……帰るか」


 いろいろと考えたくなることがあったが、これ以上頭を使うとキャパオーバーしそうだったので今日のところは大人しく帰ることにした。


 ヒロスタの大会まであと少し。

 大地の実力は、まだ琴葉には及ばない。


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