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第9話 四天王とパンケーキ

 パンケーキ屋に到着したが、中がそこそこ混んでいたので少しの間待たされた。適当に時間を潰していると順番が回ってきたので、案内された席に向かう。


「俺、パンケーキって初めて食うわ」


「そうなんですか? 遅れてますね」


「女子の基準で男子を測るんじゃねえ。男子はパンケーキみたいなもん食わないんだよ」


 ホットケーキとは何が違うのかとか、単純に食べにくいだけじゃないのかとか、いろいろと思うところはあるが、そもそも男子が集まった場で「じゃあパンケーキ食いに行くか」という提案は絶対に起こらない。もしかしたらとか九十九パーセントとか使うまでもないくらいに有り得ない。


「そういうものですか」


 そんな話をしているとパンケーキが運ばれてくる。

 琴葉がいちごと生クリームが乗っているものを注文していたので大地も同じものを頼んだ。


 琴葉は目の前に置かれたパンケーキを、まるで宝石を見るかのようなキラキラした瞳で眺める。


「剣崎さん、携帯ありますよね?」


「ああ」


「写真撮ってください!」


 意外にもこういうところには乗り気な琴葉に驚きながらも、別にそれくらいならいいかと大地はポケットからスマホを取り出す。彼女のことだから「こんなものに群がるなんて世間の女子の思考はよく分かりません」とか言うのかと思っていた大地だった。


「じゃあ撮るぞ。はい、チーズ」


 あまりそういうことをしないので、そのセリフすらちょっと恥ずかしかったが我慢した。適当にパシャリとシャッターボタンを押した大地だったが、そこに写っていたのは驚いた顔をした琴葉だった。


「おいおい、せっかくの写真なんだからもうちょっといい感じに写れよ」


「ちちち、違います! わたしを撮ってって言ったんじゃなくてパンケーキを撮ってくださいって言ったんです! なのに突然わたしを撮るから驚いたんです!」


 恥ずかしかったのか、琴葉は早口に言う。


「いや、言ってなかったよ」


「じゃあ改めて撮ってください。いんすたばえ? する写真を」


「よく分かってないのに言うんじゃねえよ。しかも分かんねえし」


 仕方なく一枚適当に撮ってみる。琴葉が確認すると言うのでスマホを渡すと明らかに納得していない顔をしていた。そんなことを言われても今までの人生でインスタ映えする写真を撮ったことなどないので分かるはずもない。


「スマホ貸してやるから自分で撮れよ」


「いいんですか?」


「ああ」


 スマホなんてゲームをするか連絡するときにしか使わないから、人に見られて困るようなものは中にはない。


「ありがとうございます」


 と言った琴葉はパシャリパシャリといろんな角度からパンケーキの写真を撮っては確認してを繰り返す。中々納得のいく写真が撮れないらしいが、素人なんて最初はそんなものだろう。


 そもそも、そういうことに興味があるのも意外だった。何だかんだ言いながらもしっかり女の子なんだなあとか思いながら、大地は一足先にパンケーキを口にする。


「……美味いな」


 ふわふわのパンに生クリームの甘さ、そしていちごのほどよい酸味がちょうど良く混ざりあって絶妙な美味さを引き出していた。ホットケーキなんてせいぜいシロップをかける程度しかしないので大地的にはこれは革命的な美味しさだと言える。


「上手く撮れない……」


「早く食わないと溶けるぞ」


 むうっと唸る琴葉に大地は小さくツッコむ。言われた琴葉は渋々スマホを大地に返却してパンケーキを食べ始める。口にした瞬間にさっきまでの暗い表情は吹っ飛び、幸せそうな顔を見せた。


 大地はついつい口元に笑みを浮かべながら、返却されたスマホの画像フォルダを見てみた。


 めちゃくちゃ写真が保存されていた。


「ん?」


 少しすると、何となく周りがざわついていることに気づいた。

 琴葉も気づいたようでその要因を探そうと店内を見渡してみると、どうやら店内にいる席に案内されている女性が注目を浴びていた。


 長いサラサラの金髪、ボン・キュッ・ボンなスタイル、碧い瞳、短パンにシャツとスタイルを全面的にプッシュするようなファッション。まるで有名人でも見るような視線がその女性に向けられていた。


 確かに綺麗だな、と大地も思う。


 とはいえ、雲の上のような存在だ。興味を持ったところで関わりができるわけでもない。それ以上を思うことはせず、大地は再びパンケーキに向き直る。


 が。


「あら?」


 声がした。

 さっきの金髪の女性の方からだった。


「琴葉ちゃん?」


 大地は驚く。

 聞き間違いでなければ女性は琴葉の名前を呼んだ。思わずさっきの女性の方を振り返った。


 やはりこちらを、琴葉の方を見ている。大地は目を見開きながら琴葉の方を向く。


「あ、メアリーさん」


「え、知り合い?」


「はい。一応」


 どういう関係やねん、と思わず関西弁のツッコみが出そうになった大地だった。


 メアリーと呼ばれたその金髪の女性は案内していた店員に断りを入れて大地達のテーブルにやってきた。もともと四人がけの席なので彼女が座っても問題はない。


「琴葉ちゃん、もしかしてデート中だった?」


 座ったメアリーは大地の方を見てから琴葉にそんなことを言う。琴葉はハッと顔を赤くしてから俯きながらオレンジジュースをズズズと飲む。


「そんなんじゃないです」


「あら、そうなの? ざーんねん」


 つまらなさそうに言ったメアリーは再び大地に視線を向ける。


「となると、彼は琴葉ちゃんとはどういう関係なのかしら?」


「まあ、友達……みたいな感じですかね」


 明らかに歳上なので大地は敬語で話す。

 もちろん若いが大人のフェロモン的なものが溢れ出ている。油断するところっと見惚れてしまいそうだ。それくらいに彼女の容姿は美しく、漏れ出る美貌は男の感覚を刺激する。


「え、剣崎さんってわたしと友達だったんですか?」


 素で驚く琴葉。


「説明が面倒だから友達って言葉で片付けようとしただけだ」


「ええー、お姉さんそういう端折り好きじゃないなあ。ねえ、琴葉ちゃん。友達じゃないんなら、彼はなぁに?」


 楽しそうに訊くメアリー。

 琴葉はそれに即答した。


「ライバルです」


 と。


 琴葉の口からその言葉が出ると思っていなかったので大地は驚く。

 大地はもちろん琴葉をライバルだと思っている。今のところ倒すべき最終目標なのだ。だが、その実力差はまだまだある。だから、琴葉からすれば何でもないただの平凡なゲーマーくらいに思われていると思っていたのだ。


 だから、表情には出さなかったが、心の中ではガッツポーズをするくらいに喜んでいた。


「へぇ、ライバルね。琴葉ちゃんがそう言うってことは彼もゲーマーなのね。そして、それなりの実力を持っていると」


「実力に関してはノーコメントです」


「おい」


 思わずツッコんでしまった。

 しかし、大地もようやくメアリーについてのことを理解し始めた。


 琴葉がゲーマーであることを知っており、かつ実力が高いことも知っている。容姿に似ている部分があれば姉妹も考えたが疑う余地もないくらいに他人だ。となると、導き出される答えは唯一つ。


 何より、美咲から聞いた条件と一致している。


「剣崎さん。彼女はメアリーさんです。その、あれです、美咲さんの言うところの……四天王の一人です」


 やはり四天王という言葉を使うことが恥ずかしいようで、琴葉は言いづらそうに口にする。


 しかし、紹介されたメアリーはというと、


「どうも、四天王のメアリーでーす」


 と、ノリノリだった。

 ひらひらと手を振りながら大地に微笑みかける。


「こちらは剣崎大地さん。二流のゲーマーです」


「紹介くらい普通にできねえのかよ」


 琴葉レベルのゲーマーを一流と呼ぶのであれば確かに実力的には大地は二流かもしれない。


 そうなると、他の奴らは三流なんてことになるが、琴葉はそんな奴らにもズケズケと同じようなことを言うのだろうか、と大地は少しだけ不安になった。


「二流なの?」


「まあ、今のところはそう言われても仕方ないレベルっすね」


 とりあえずは認める。

 が、もちろんそれだけでは終わせるつもりはない。


「絶賛レベル上げ中なんで、できれば四天王と言われるメアリーさんとも一戦交えたいんですけど」


「あら、初対面の女性をナンパするなんてプレイボーイなのね」


 くすり、と大人な笑みを浮かべながらメアリーが言うものだから大地は動揺する。美咲や琴葉と普通に接してはいるが、大地はもともとそこまで異性に対して免疫があるわけではない。


 なので、メアリーのような大人な女性が相手になるとテンパることもあるだろう。


「いや、別にナンパとか、そういうんじゃ」


「私、自分よりゲームが弱い男と付き合うつもりないの。だから、私とゲームをしたいっていうのは交際の申し出と同意なのよ。現に、これまで何人もの男と戦ってきたわ」


 もちろん全部勝ったけどね! と、メアリーはムフンと自慢げな表情を見せる。そういうところはどこか子供じみていた。


「……交際とかは別に興味ないんすけど」


「じゃあ相手したげない」


「え、なんで」


 つまんなそうに言うメアリーに大地は目を丸くする。

 自分の発言は何がダメだったのか一ミリも理解できなかった。


「だって、燃えないんだもん。私のゲームはいつだって本気なの。次がある対戦なんて何も面白くないのよ」


 ふっと、口元に笑みを浮かべるメアリー。すっと細められた目からは威圧感のようなものが放たれる。さっきと今とでは彼女から発されるオーラがまるで違う。今、この瞬間に大地は理解した。


 彼女はゲーマーなのだと。


「でも、ま、相手は高校生だしここはお姉さんが折れてあげますか」


 と、メアリーが言ったまさにそのとき、

 大地達を影が覆った。


 さっきまで窓から差し込んでいた夕陽が何かによって遮られたのだ。まるで、突然そこに壁でもできたように。


「なんだ?」


 何事かと、大地はそっちの方を向く。


「見つけた」


 低く、渋い男の声がした。

 大地が見上げた先には自分の高さを軽く超える巨体がそびえ立っていた。大地は座っているのだからそう感じるのも無理はないが、仮に立っていても高さは負けているだろう。いや、高さだけでなく体格も勝てそうにない。


 頭は黒いアフロ。

 厳しいトレーニングにより鍛え上げられた筋肉。


 それを見せつけるようにタンクトップシャツだけを着ている。


「……な、な」


 突然のモンスターに大地は言葉を失う。

 しかし、驚いているのは大地だけで、メアリーはともかく琴葉でさえも男の存在に微塵も驚いていない。まるでその光景を見慣れているような。


「メアリー。今日こそは!」


「しつこいわね、マッスル。言ったはずよ。私と戦いたければ琴葉ちゃんに勝ちなさいってね」


 言われた男は琴葉の方をギロリと睨む。

 それに対して琴葉は怯える様子は見せなかったが、何だか面倒事を押し付けられたような顔をする。彼女たちと男のやり取りを少し聞いただけでこの男が知り合いであることは何となく察した。


 そして、マッスルという聞き慣れない、けれどどこかで聞いた単語。


「勝負だ。四条琴葉」


「ええっと」


 マッスルという男に勝負を仕掛けられ、困惑したような声を漏らす琴葉。いつもならばズバズバと切れ味のある言葉を吐き出すというのに、やはりこの大きな体は少なからず琴葉に威圧感のようなものを与えているらしい。


 琴葉の反応が、苦手意識を表している。


「ちょっと待てよオッサン」


 そこで立ち上がる大地。

 この男はマッスル藤岡。


 美咲の言っていた最後の四天王であることは間違いない。であれば、大地のすることは一つだけだ。彼の目的は変わらない。


「俺と勝負しようぜ」


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