その日も剣崎大地はジョイポットにいた。
「ああ、くそッ!」
向かいには琴葉がいる。
土曜日ということもあって、その日は昼からゲームセンターにやってきた大地は、それまた偶然居合わせた四条琴葉と対戦することになった。
の、だが。
「まだまだですね。リベンジなんて夢のまた夢ですよ」
ご覧の通りだ。
来月にここジョイポットでヒロスタの大会が開かれるという情報が解禁された。予想通り琴葉は出場するらしく、それを知った大地は彼女に宣戦布告した。そのときには「受けて立ちましょう」と不敵に笑っていた琴葉だったが、
「もっと強くならないと、そんなんじゃ勝てませんよ」
今では呆れたような目を大地に向ける。
リベンジに燃える大地は日々練習に励んでいる。それはもうバイトのない日は毎日通うくらいに。来月バイト代が入ったら返すからという理由で親にお金を借りてまで、練習を繰り返しているのだ。
その甲斐あって、大地のレベルは確実に上がっていた。
ジョイポットに通うヒロスタプレイヤーと戦っては勝ち、最近では期待の超新星と噂されていたりするらしい。それなりに勝ち星を取れるようになった反面、問題となっているのはこれ以上の成長だ。
操作はそれなりに慣れてきた。
しかし、上位ランカーは大地の更に上をいく操作を軽々とやってのける。琴葉なんかがそうだ。
「それは分かってるけど」
一人で練習もしている。
大地は『オセロ』というキャラクターで戦うことに拘っているので他のキャラクターは使わない。なのでいろんなキャラの操作に慣れる必要はない。反復練習によりオセロの操作は頭の中に入っているので、あとは実戦あるのみなのだ。
が。
その実戦による経験値がどうにも上手く獲得できない。
自分のレベルを上げる最も効率的な手段は『自分よりもちょっとレベルの高い相手と戦う』ことだ。レベルが高すぎても、低すぎても良くない。あくまでも、五回に一回は勝てる、くらいの相手でないといけない。その相手と戦い、経験値を獲得することで勝ち星を増やし、そして次の相手へと挑む。
それは分かっている。
しかし、普段戦うそこら辺にいるプレイヤーはもはや大地よりもレベルは下。
かといって琴葉とやると実力が違いすぎて勝負にならない。でも手加減されても意味はない。
ということで詰んでいる状態なのが今の大地だ。
「お困りのようやね、大地くん」
そのとき。
いつものテンション、いつもの制服を身に纏った綾崎美咲がやってきた。ジョイポットのシャツを着ているので、彼女は現在アルバイトの真っ只中ということになる。
「なんだよ? 今お前の相手をしてる暇はないんだけど」
「出会った当初に比べて確実に態度が冷たくなっていることに関してはとりあえずスルーさせてもらうけど……そんなこと言ってええん? うちは今日、大地くんに耳寄りな情報を持ってきてあげてんけど」
ふっふっふ、と含んだ笑いを見せる美咲。
普段ろくなことをしない美咲だけど、時折悪くない提案をしてくることがあるので邪険にも扱えない。こういうテンションのときは程度はどうあれそれなりのことを言ってくる。大地は経験からそう思っている。
「耳寄りな情報って?」
「甘いで、大地くん。情報っていうのはね、商品と一緒なんよ。それを無料で得ようなんて考えは甘すぎるで。みたらし団子より甘い」
「あんまピンとこないけど。じゃあどうすればいいんだよ?」
「うち、今からランチやねん。そこで話そ」
ジョイポットから徒歩三分のところにあるサイゼにやってきた大地、美咲、琴葉。安く、それなりに美味しいものを食べられることで学生には大人気のお店である。ドリンクバーもあり、長時間の滞在も可能なことから試験前の学生からは大変重宝されている。
「あの、わたしまで良かったんですか?」
「ここまで来たら一人増えても変わんねえよ」
琴葉を一人置いていくのも何だと思い連れてきたが、彼女は遠慮しがちにデザートのアイスだけを注文していた。
しかし。
美咲はと言うと。
「おいひぃ」
パスタ、ピザ、サラダと男子にも負けないくらいの大食らいっぷりを見せる。これが大地の奢りであるからなのかと思いがちだが、美咲は基本的によく食べる。それを教室でも見ているので奢りの時点で腹は括っていた。
まあ。
奢るかどうかはまだ決まっていないのだが。
「やっぱり、人に奢ってもらうランチは格別やね」
「性格悪……あと、奢るかどうかは情報次第だからな」
美咲が言っていた耳寄りな情報。それが本当であれば奢るという条件でここに来た。
「わかっとるよ。心配せんでも、ちゃんと大地くんの為になる話や思うで」
「それで?」
むぐむぐと目の前に置かれた様々な料理を食べ終え、一息ついた美咲に大地が尋ねる。水をぐっと一気に飲み干した美咲は「ぷは」と息を吸って笑う。
「大地くんは四天王という存在を知っているかね?」
「四天王?」
「……」
美咲の問いかけに大地は眉をしかめる。大地の隣にいる琴葉は何だか複雑そうな顔をしていた。何かを知っているのかもしれないが、口出しする様子は今のところはなさそうだ。
「そりゃ知ってるよ。いろんなゲームに出てくるし、漫画とかに登場すると打ち切りが予想されるあの四天王だろ?」
「そそ。でもね、四天王っていうのは実在するんよ。具体的に言うと、ここ鏑木市にも四天王がおる」
「へえ」
「通称、ヒロスタ鏑木四天王。ジョイポットに来るゲーマーの中で特に強い四人をうちらはそう呼んでるんや」
「お前らが呼んでるだけかよ」
「でも実力は確かやで。他のプレイヤーと戦っても負けることはないしね」
ふぅん、と大地は小さく声を漏らす。
知名度云々は置いておくとして、実力があるのは確からしい。しかし、大地が初めてジョイポットに通ってから今まで、一回たりともそういう人とは遭遇していない。そんなことを考えていた大地の思考を察してか、美咲はさらに言葉を続ける。
「新年度っていうのもあってあんまり顔出せてない人もおるんやけど。そのうちの一人は今日遊びに来るって言うてたで」
「そうなのか?」
「うん。ラインが入ってた」
「仲良いんだな」
「いやあ、あっちが一方的に送ってくるだけでうちはスタンプしか返さへんで」
言いながら、美咲がその人とのラインのメッセージ履歴を見せてくれる。女子は自分のスマホを見せることに躊躇うイメージが強いので、こうして見せてくるのは珍しいと思った。
相手の名前はヨシキというらしい。ラインのアイコンはサングラスをかけたちゃらそうな男の自撮りだった。
結構いろいろと送られてくるメッセージに対して美咲は「せやね」とか「うん!」みたいなスタンプしか返していない。相手のメッセージからは明らかに好意が伝わってくる分、熱量の差が悲しくなる。一方通行というのはこういうことを言うのかもしれない。
「他の四天王とも仲良いのか?」
「まあ、普通やね。連絡先は知ってるけど、あんまり送ることはないかな。あの二人は結構忙しかったりするし、あと気まぐれやから」
「残りの一人は?」
「ん?」
「いや、そのヨシキってやつと気まぐれな二人だろ。あと一人いるじゃん」
「ああ、いや、あと一人っていうのは」
美咲が言おうとしたそのとき、隣に座っていた琴葉が突然立ち上がる。
そして、スマホの画面を美咲に見せる。
「時間! もう休憩終わりじゃないですか?」
「ああ、ほんまや。そろそろ戻ろか」
言いながら、美咲は大地の方を向く。
「それで、どやろか。四天王ヨシキ、大地くんの練習相手にはもってこいやと思うねんけど?」
「……まあ」
それがどれだけ有力かどうかはそのヨシキとやらと戦ってみなければ分からないが、そういう存在がいるという情報はともかく、今日その男が訪れるという情報は悪くないものだった。
「しかたねえ」
「ごちそーさん」
「ごちそうさまです」
にかっと笑いながら肩を叩く美咲と、ぺこりと軽く頭を下げた美咲は先に店の外に出ていったので、大地は会計を済ませる。その額に少しだけ驚いた。
「あいつ、どんだけ食ったんだよ」
やれやれと溜息をついた大地は外で待つ二人のところへ戻っていった。
サイゼからジョイポットへと戻っていたまさにそのときのことである。
「美咲!」
後ろから美咲の名前を呼ぶ声がした。
声の主は男だ。大地は聞き覚えのないものだったが、美咲のうんざりした顔、琴葉の緊張したような顔を見て、だいたいのことを察する大地は振り返る。
「誰やお前!」
金髪。サングラス。アロハシャツ。短パン。
声を荒げた男は大地に対してメンチを切る。格好や容姿に関していろいろと言いたいことはあるが、彼は間違いなくヨシキだろう。さっき見せてもらったラインのアイコンと同一人物だ。
「はあ?」
突然そんなことを言われても、大地はそんなリアクションしかできない。
「一応、ヨシキくんは大学生やで。大学一年生」
「へえ」
ぼそっと耳打ちで教えてくれる美咲。
しかし、それがヨシキ的にはよくなかったらしく、彼の怒りにさらに火をつけてしまった。
「お前、美咲とどういう関係や? あァ?」
「……」
「もちろん、こういう関係やで」
大地がクラスメイトとでも言っておこうかと考えていると、美咲が先に行動に出た。彼女は大地の腕を両手で抱き寄せながらそんなことを言う。その行動が何を意味しているのかはヨシキにはすぐに伝わってしまったようだ。
「殺すッ!」
「おい、話をややこしくすんなよ」
「大丈夫やで。ヨシキくんは喧嘩めちゃくちゃ弱いし、何ならそもそもそんな度胸ないしね。ここから喧嘩に発展することは絶対にあらへん」
「どういうこと?」
「ハリボテってこと」
ぱちりとウインクを見せる美咲。
ぱっと大地の腕から離れて二人の間に入る。
「ここはゲーマー同士、ゲームで決着をつけようやないの。拳やなくてゲームで語り!」
むちゃくちゃな展開であるが、美咲はそもそもここに辿り着こうとしていたらしい。ヨシキは自分のテンションを引っ込められなかったらしく、すぐにその案に乗ってきた。
「面白ェ、俺が勝ったら二度と美咲に近づくんじゃねえぞ?」
大地としても対戦できるのであれば何でも良かった。
というか、そのタイプの相手は苦手なので美咲が対戦を提案してくれたことに感謝した。
「ま、戦えるならなんでもいいや」
「うちの為にも頑張ってや」
「ああ、はいはい」
というかそもそも。
喧嘩が弱いのに、どうしてこんなに威勢がいいのだろうか。大地は見た目は不良に近いので、もし大地が血の気の多いタイプだったら喧嘩になっていた。確実に自分が損しているだけだと思うのだが。
まあ。
そんなことはどうでもいいのだが。
「……はあ」
そんな三人のやり取りを見ていた琴葉は小さく溜息をついた。
彼女のまるで嫌なものでも見るような表情が、ヨシキに対する苦手意識を物語っていた。