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第4話 四条琴葉

 趣味というのはお金がかかる。


 それはよほどのものを除けばどの趣味にも共通して言えることだ。ライブに行くにはライブ代がかかるし、スポーツをするにも場所や用具にお金がかかる。ファッションならば服を買うだろうし、映画鑑賞だってチケット代がある。


 つまり、ゲームをするのにもお金は必要なのだ。


 それが家庭用ゲーム機であってもハードやソフトを買うのにお金が必要だし、スマホゲームだって課金という要素がある。ゲームセンターでプレイするとなると一プレイごとにお金を要求されるのだから、無一文ではどうしようもない。


 なので剣崎大地はアルバイトをすることにした。


 毎週火、木、土の放課後は家の最寄り駅の近くのコンビニで働いていた。全てはゲームをするために、それはもう必死に働いた。土曜日に関しては特にめちゃくちゃ働いた。


 逆に。


 アルバイトのない日の放課後は基本的にゲームセンター『ジョイポット』へ足を運んでいる。


 初めてヒロスタのゲームをプレイした日、四条琴葉という中学生にそれはもうコテンパンにされたことを根に持ち、少女にリベンジするため日々練習に勤しんでいる。


 その敗北から二週間が経過した。


「……何してんの?」


 その日も相変わらず放課後にはジョイポットに通う大地。

 いつも店内に入ると二階に直行するのだが、その日は気分転換にクレーンゲームでもしようかな、という気持ちで一階をうろついていた。すると、とあるクレーンゲームの台とにらめっこしている四条琴葉を見かけたのだ。


「見てわかりませんか? クレーンゲームをしているんです」


「正確に言うと、してはいないけどな」


 プレイしているというよりは覗いている。ショーウインドウの中のおもちゃが欲しいけど買ってもらえない子供のような感じだった。


「剣崎さんこそこんなところになんの用ですか? あなたのような人がこんなところを通ると他の人が怖がります」


「俺はゲーセンの中を自由に歩くことさえ許されないのか」


 大地がジョイポットに来たとき、高確率で琴葉はいた。ヒロスタをプレイしているのがほとんどだが、たまに他のゲームをしていることもある。それにしてもクレーンゲームのエリアにいるところを見たのは初めてだが。


 因縁の相手ではあるが、別にだからと言って喋ってはいけないわけではないので顔を合わせると話すくらいはする。何ならヒロスタを一緒にプレイしテクニックをご教授してもらうことさえあった。


 雪辱を果たすべき相手に教えを請うというのはどうなのだと思う人もいるが、大地は自分が勝つためならばプライドをも捨てるというポリシーがある。プライドを取り戻す為にプライドを捨てるというのもよく分からないことだが、そこはいつも考えないようにしている。


「それが欲しいのか?」


 なので、こうして普通に会話をする。

 見た目が怖い大地に対して初見のときから怯えた様子は見せなかった琴葉。結局その後も怖がることはなく、今では遠慮なしに何でも言ってくる。それでも話してくれているところを見ると、決して嫌われているというわけでもないらしい。


「そんなこと言ってませんけど」


「行動がそれを示してんだよ。なんで素直に認めないんだよ」


「別に欲しがってないからですけど」


「可愛いぬいぐるみが欲しいなんて女子中学生らしいところもあるじゃねえか。まあそのキャラクターが可愛いかどうかは別の話だけど」


「バーニーがかわいくないと言うんですか!?」


 突然声を大きくする琴葉。さっきまでは冷静というかテンションが低いというか、とにかく淡々とした話し方だったのに急変する。


「いや、別にそこまでは言ってないけど」


「言ったじゃないですか! かわいいかどうかは別の話だって!」


「……まあ、言ったけど」


 大地はもう一度、クレーンゲームの中にあるぬいぐるみを見る。

 そのぬいぐるみはバーニーというウサギのキャラクターだ。バーニーは『アニマルフレンズ』というゲームに登場するキャラクターで若い女の子に人気がある。さっきも言ったように決して可愛くはない。けれど愛嬌があるとかの言葉ならばまだ納得ができた。


 女の子は『キテイちゃん』や『マイメロ』を可愛いと言う。それは分かる。だからこそ、そういったキュートなキャラクターと同じ言葉で表現していることに疑問を抱いているのだ。


「かわいいじゃないですか、バーニー」


「いや、まあお前がそう言うならいいけどさ」


「よくないです。剣崎さんの口から訂正と謝罪の言葉を聞くまでは納得できないです」


 面倒な方向に進み始めたなあ、というのは大地も薄々感じているがもうどうすれば琴葉が止まるのか分からなかった。


「こんなケース越しに見てもバーニーのかわいさは伝わらないんです。きっとそうです。だから、剣崎さんに直接見てもらうために、仕方なく! このぬいぐるみを取ろうと思います」


 仕方なくを特に強調して琴葉は言う。どうしてもそのスタンスで行きたいようなのでこれ以上は何も言わないが、仕方なく取る奴の顔ではなかった。もう瞳がきらきらしていた。めちゃくちゃ欲しがっているおもちゃを買ってもらえることになった子供くらいきらきらしていた。


「じゃあ、頼むわ」


 このぬいぐるみを琴葉が取って、大地が「確かに! 近くで見ると可愛い! 俺が間違ってたわ、すまんすまん」としっかり感情を込めて言えばこの問題は解決する。琴葉もきっと満足するに違いない。


「わたしがこのぬいぐるみを取るところをしっかりそこで見ていてください」


「ああ、はいはい」


 琴葉がコインを投入する。

 近頃のクレーンゲームは一回で取れるようには設定されていないのがほとんどだ。だいたいのものは複数回を想定して地道に場所をズラしていくのが基本。あるいは一定回数を行えばアームの力が強くなるなんて話も聞くが、このゲームセンターがそのシステムなのかは定かではない。


 ともあれ、クレーンゲームの上手い下手はある。上手いプレイヤーは複数回を限りなく少ない回数でクリアするのだ。琴葉のゲームの腕は大地も認めるほどなので、きっとぬいぐるみ程度さくっと取ってしまうだろう。


「……」


 ちらとプレイする琴葉の横顔を見てみると、めちゃくちゃ緊張した顔をしていた。とてもゲームを楽しんでいる顔には見えないし、クレーンゲームを極めた達人のそれでもない。


 まずはクレーンの横移動を行う。

 ボタンを押し、ゆっくりとクレーンが進み、目的の位置に来たところでボタンを離す。だいたい微妙にずれるのは縦の方なので横はそこまで難しくはない。


 しかし。


「あっ」


「めちゃくちゃズレてる!」


 どう間違えたのか、クレーンは目的の場所を軽く通り越した位置まで進んでいた。


「ミスりました」


「ミスってレベルじゃないけどな」


 その回は捨て、琴葉はもう一度コインを投入する。


「次が本番です」


「お金払ってる以上練習ってことはないんだぞ」


「うるさいです。気が散るので剣崎さんは黙っててください」


「……」


 黙る。

 二度目のプレイの横移動を始める。


 ボタンに手を置き、自分の立つ位置を目的のぬいぐるみの前になるように移動した。片目を閉じ、ゆっくりとボタンを押す。あれならば視界に入ってきた瞬間にボタンを離せばある程度のズレはあっても許容できるレベルのところで止まってくれるはずだ。


 やはり、ゲーマーとしての頭はあるようだ。


 が。


「あっ」


「なんでそうなる!?」


 今度は目的の位置よりも手前でクレーンは止まった。さっきのミスが頭によぎり、チキンにでもなったのか。にしても随分と手前の段階でボタンを放してしまったようだ。チキンレースは苦手なようだ。


「剣崎さんが喋るから気が散りました!」


「俺喋ってねえけど?」


「人にプレイを見られてると緊張するんです。結果、ベストなパフォーマンスができなくなるんです!」


 その言い草は分からないでもないが。

 ギャラリーがいるとどうしても意識がそちらに行ってしまうので気が散る。それはどのゲームでも有り得ることなので言い訳にするには十分だろう。


 しかし。


「見とけって言ったのそっちなんだけどなあ」


 自分は言われた通りにしていたのに、とぶつくさ言いながら大地はその場を離れようとする。


 すると、琴葉がその手をガシッと掴む。


「どこ行くんですか?」


「いや、お前がどっか行けって言ったんだろ?」


「そこまでは言ってません!」


「でも気が散るんじゃ、いない方がいいだろ」


「一人でクレーンゲームするのは恥ずかしいじゃないですか!」


「お前いつもヒロスタ一人でやってるだろ!」


 何を言うのかと思えば大声でそんなことを言う。本当に恥ずかしそうな顔をしているので言ったことは本心なのだろう。


「上の階はいいんです。でも一階は周りの目があるので」


「よく分かんねえなあ。じゃあどうすればいいんだよ?」


「いいからそこで見ていてください」


「気が散るのに?」


「いないよりマシです」


 本当によく分からないが、言われた通りにしようと思い大地はその場に留まることにした。

 その後も琴葉のチャレンジは続いたが、ぬいぐるみは取れないまま彼女の持ち金が尽きた。


 琴葉はまだ中学生なのでアルバイトはできない。なので彼女の軍資金はお小遣いである。それをやりくりしながらゲームをしているので一日の上限も決めているらしい。もちろんそれ以上のお金も財布の中には入っているが、その自分のルールを破ると良くない方向に進むことを理解しているのでそれはしないらしい。


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