「このまま勝ち逃げなんかさせねえぞッ! もう一回勝負だ!」
バンっと台を叩き、男が立ち上がる。
そして前の台に座る相手に向かってズビシッと指を指して声を上げた。
ブラウンのチクチク頭。鋭い目つき。パーカーの上から学ランを羽織り、その袖を折り曲げるまるで不良のような容姿をしたその男の名前は剣崎大地。
彼はとあるゲームセンターにいた。
「……ええっと」
頭に血が上って声を荒げる大地に戸惑いの声を漏らす少女。
黒く長い髪はきれいにさらさらと揺れているが、少女のじめっとした雰囲気のせいか大和撫子のような華やかな例えよりは日本人形というイメージが先に浮かぶ。
黒を貴重としたセーラー服を着ており、背は大地に比べると随分と低い。女性を胸の大きさで判断するのは失礼に当たるが、少女は絶壁というレベルにぺったんこだ。そこから察するに高校一年生の大地よりは歳下だろう。
歳上で、不良のような容姿をした声を荒げる男に対して、戸惑いはあるものの決して怯えている様子はない。少女の調子はさっきまでと変わらないままだ。
今日日、いろいろと面倒になったこのご時世、よほどのことがあっても女子中学生に喧嘩を売る高校生なんていない。真面目に探しても恐らく見つからない。
ともすれば、大地はどうしてこんなことを言っているのか。
そもそもの話をすると、彼は不良ではない。不良のような容姿をしているだけで普通の高校生である。何ならば、そこら辺にいる男子高校生よりも不良から遠いかもしれない。
まあ。
女子中学生に声を荒げているこんな姿を目撃されてしまっては、何を言っても説得力のカケラもないわけだが。
ともあれ、剣崎大地がどうしてこんなことを言っているのかを説明しようと思うのだが、それを語るには少し時間を遡らなければならない。
義理と人情を重んじる街、大阪。
剣崎大地がその地へ足を踏み入れたのは高校入学を控えた春休みのことだった。
その年の春から父が仕事で大阪に行かなければならないという情報が既に入っていたこともあって、大地は大阪の高校を受験した。そして、見事合格を勝ち取ったのだった。
新しい土地、新しい環境、右も左も分からないその状況に大地は緊張していた、ということもなくいつもと変わらない調子で登校初日を迎えた。
入学式の日に軽く話せるくらいの友達を作る。見た目は不良のようで敬遠されがちな大地だったが、ゲームという共通の話題を提供することにより打ち解けることに成功した。
大阪の人間と自分とではノリが違う。そう思ってはいたが、大阪の人間とて二十四時間三百六十五日休みなくテンションが高いというわけでもなく、存外そこまでのカルチャーギャップを感じることはなかった。
そんなある日のこと。
「剣崎くん。剣崎大地くん」
昼休み。
クラスメイトと他愛ない話で盛り上がりながら昼食の時間を楽しんでいた大地はトントンと肩を叩かれる。自分の名前を呼ぶ声が女子のもので、少しばかりテンションが上がる。大地もお年頃の男子なので女の子との交流に心躍るのも無理はない。
しかし、入学してから今日に至るまで一週間近くあったが、女子との交流はこれといってなかった。既にバラ色の青春というものを諦めて男子とむさ苦しい青春を謳歌しようかと覚悟していた頃だったが、そんな大地の名前を呼ぶのは果たして誰なのか。
そんなことを思いながら振り返る。
「ちょっとええ?」
見たことはある。
しかし、名前はピンとこない。
自分の記憶の中を必死に探る大地はそのせいもあって一瞬フリーズする。大地のリアクションを見て、彼の思考状況を察したのか、その女子生徒は思い出したように付け足す。
「ああ、ごめん。自己紹介しといた方がええかな。うちは綾崎美咲。ご覧の通り、きみのクラスメイトやで」
「綾崎……」
言われてみると、聞いたことがあるような名前だったが、やはりその名前と目の前にいる女子生徒が一致しなかった。記憶力は悪いことはないはずだが、どうにも人の顔を覚えるのは苦手らしい。結局覚えれるのはゲームのことばかりだ。
「お前、綾崎とどういう関係やねん」
「自分だけ抜け駆けしてズルいで」
一緒に昼飯を食べていた学友二人が思い思いのことを口にする。
どんな関係かと言われるとただのクラスメイトでしかなく、抜け駆けをした覚えなど一切ないが、ともあれ呼ばれているので応じる。
「ここやと何やし、ちょっと廊下で話そ?」
「ああ」
学友二人の恨めしそうな視線を背中に感じつつ、大地は美咲について行き廊下に出る。
廊下に出たとて他の生徒はいるので、静かというわけではない。何ならば騒がしい生徒が学食などに出ている分、教室の方が静かかもしれない。それは彼女だって分かることだろう。それでも廊下に出たということは、あそこで話すには不都合があるということだ。
「……」
改めて綾崎美咲を見る。
色の抜けたブラウンのミドルボブ。そこまで長くない髪をサイドテールで纏めている。くりんとした丸い目、長いまつげ、肌が白いせいでより目立つさくら色の唇。周りの生徒と比べても明らかに大きい胸、その割に引き締まったウエスト、程よい肉付きの太ももをカッターシャツの上から羽織るキャメル色のカーディガンと緑のチェックスカートの制服が包む。
そこら辺の雑誌に載っているグラビアモデルにも引けを取らないスタイルだ。
「どうしたん?」
大地がぼーっとしていたからか、美咲がこてんと首を傾げなから言う。
「あ、いや、何でも。それで、話ってなんだ?」
ハッとして、慌てて誤魔化す大地。
「そうそう。剣崎くんってゲーム好きなんよね?」
美咲に直接そんな話をしたことはないので、恐らく教室の中で友達と話しているところを聞かれたのだろう。ゲームとなると基本的に何でも好きなので様々な話題で盛り上がった。変な話を聞かれていないことだけを願いながら、大地は「ああ、まあ」と頷いた。
「どんなゲームするん?」
「家ではスイッチとかプレステしたりスマホゲームも何個か。あとは最近はしてないけど中学の時はカードゲームもやってたかな」
「いろいろやってるんやね。どういうのが好きとかあるん?」
どうしてこんなことを訊いてくるのか、ましてや廊下で立ちながら。今のところ教室で人に聞かれてはマズイ感じの話ではないので、ますます疑問に思えてくる。
「ジャンルで好き嫌いはあんまりないけど、どっちかっていうと誰かと対戦できた方が燃えるかな」
「ほむほむ。つまり、一人でする恋愛シミュレーションゲームなんかはあんまり好きではないと?」
「……まあな」
と、言いながらも大地はこれまでに数十本の恋愛シミュレーションゲーム――いわゆるギャルゲーをクリアしている。
「そうなんや。剣崎くんの中では『俺の妹達が可愛すぎてどうにかなりそうだったけど全員義妹だと分かったから良しとする』は恋愛シミュレーションゲームではないんやね」
「……あの、本題に入ってもらってもいいですか?」
先日、クラスのギャルゲー好きと盛り上がった話を聞かれていたらしい。それならそうと言えばいいのにわざわざこちらを試すような訊き方をしてくるところ、見た目は可愛いが中身はどうにも食えないっぽい。
「ああ、そやったね。剣崎くんが隠れギャルゲー好きやって話はまた今度するとして」
「できればしない方向で進めてくれると助かるんだけど」
「剣崎くんはゲームセンターって行く?」
大地のぼそっとしたツッコミはもちろんスルーで、美咲はにこにこスマイルでそんなことを言う。
「ゲームセンター……は、あんまり行かないかな」
「興味ない感じ?」
「いや、というよりは家の近くになかったんだよな。中学生なんて行動範囲は限られてるだろ? そう毎日街の方に出れるだけの金はなかったし。自転車圏内にあったのは規模の小さいところだけだった」
「つまり、興味あるってこと?」
「ゲームとつくもの全てを極めるのが俺の目標だからな。当然、ゲームセンターだって例外じゃない。何なら、ゲームの本拠地ですらあるからいずれは行こうと思ってた」
その言葉は嘘ではない。
大地はゲームとつけばそれがテレビゲームであろうとボードゲームであろうとカードゲームであろうと、もっと言えばルールがあって勝敗があればゲームと見なすのであっち向いてホイや消しゴム落としに至るまで、あらゆるゲームで勝ちたいと思っている。
ゲームセンターといえばライト層の客もいるが、ガチのゲーマーが集まる場所でもある。その場所に向かわずしてゲームを極めたことにはならない。
「そかそか。それはよかった」
「何が?」
「放課後、ちょっと付き合ってもろてええ?」
「え」
急なお誘いに大地は動揺する。その一瞬のリアクションを逃さなかった美咲はニタリと笑ってさらなる追い打ちをかけてくる。
「デート、しよや」
剣崎大地、十五年間生きてきた人生の中で、初めてのデートが決定した。