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第九章 生きろ 1

「……そうか。私は死ぬんだ。いや、死んでたんだと言った方が正しいのかな?」


 天音は、死神は、儚く笑う。

 嫌な笑顔だ。

 死を受け入れた人間の笑顔。

 全てを諦めた者が浮かべる表情。


「何か手段はないのか?」


 俺はポツリと呟く。

 天音は諦めてしまっているが、そうはいかない。

 早坂天音は俺にとってなによりも大事な存在だ。

 そう簡単に諦めてたまるか!


「何か憶えていないのか? どうやって死んでしまったのかとか」


 俺は縋るように尋ねる。

 この返答次第で、俺が助けることができる内容なのかどうかが決まってくる。

 もしも突発的な事故などであれば、俺にできることは皆無と言っていい。


「私が死んだ理由……うーん。あんまり話したくないんだけどな~」


 天音は懐かしい調子で誤魔化す。

 今の彼女は完全な死神ではなくて、生前の人格をある程度取り戻しているみたいだ。


「そこをなんとか。頼む!」


 俺は食らいつく。

 なんとかして天音の死の運命を変えて見せる。


「どうして私が教えたくないか分かる?」


 天音は問いかける。


「なんでだ?」


「あのね、私が死なずに死神にならなかったら、いま私はここにいないんだよ?」


 天音は険しい顔で話し出す。


「まあ、そうなるな」


「でもそうなると、未来で君の死を嘆く死神はいなくなる。私が死神として未来の君に対面したからこそ、私がいまここにいるんだよ? だから私が死神にならなかった場合、私はここにいない。だから今からでも頑張って生きて欲しいと伝えられない。君の音楽の才能は無くなることはないけれど、その代わり本来の未来のように君は死んでしまう」


 天音は顔をしかめる。


 彼女の言う通りだろう。

 俺も内心分かっていたことだ。

 もしも天音が死ぬことを防げるのなら、死神はここにいない。

 彼女が死ななければ、俺を助けようとする死神は存在せず、未来の俺は他の死神の手によって安らかに死んでいただろう。

 だから彼女が、死神が現代にいて俺と話をしている時点で、早坂天音の死は確定しているようなものなのだ。

 その未来を変えるとなると、今度は俺が死ぬ。

 だから天音は話したくないのだ。


 俺によって自身の死をなかったことにされて、俺が助かる未来を閉ざしたくないから……。


「だけどさ、それでも俺は君に生きていて欲しいんだ! たとえ俺が死んだとしても」


 俺はそれでも我儘を通す。

 たとえ俺が死んだとしても、それでも俺は天音に生きていて欲しい。

 笑っていて欲しい。

 泣いていて欲しくない。

 今みたいに、いま目の前で無理矢理笑っているような彼女を見たくない。


 それにどっちにしろ俺は死ぬ。

 いまの現状がそれを物語っている。

 結局音楽の才能を奪われても、俺は死を迎えるだろう。


「どうしても?」


「ああ、どうしてもだ」


 これだけは譲れない。

 他のことならなんだって差し出そう。

 命でも魂でも、音楽の才能だってくれてやる。

 だけど天音だけはダメだ。

 それだけは認められない!


「じゃあ一つだけ条件を付けて良い?」


「なんだ?」


「真希人が私を救うなら、最後まで救って! 決して自分を犠牲にしないで! 私が過去に戻ってこなくても死なない未来を選択して! 真希人にとっての私が命よりも大事なように、早坂天音にとっての菅原真希人も、同じなんだから!」


 天音は叫ぶ。

 本音をぶちまける。

 そうだ、俺だけじゃない。

 俺にとって天音が命よりも大事な存在であるように、天音にとっての俺も同様なのだ。


「……分かった。約束する。俺は早坂天音と、ついでに俺自身も救って見せる」


 俺は誓う。

 この暗い暗い影の世界で、元死神の早坂天音に誓う。

 鼻腔をくすぐる桜の香りに誓う。

 俺の返事に満足そうに微笑む君に誓う。


「真希人を信じるよ。いつだって真希人は、やると決めたことは確実にやり遂げてきた。それは側で見ていた私が一番知ってる! 君の本当の才能は、そこなんだから」


 天音は再び俺を強く抱きしめる。

 その温度とぬくもりにホッとする。


 そして天音は口を開く。

 重苦しく、耳元で自分の死因を告げる。


「私の死因は衰弱死、未来の真希人と一緒だよ?」


 そう言って俺を手放した天音は、悲しい笑顔を浮かべていた……。






「夢?」


 俺は病室のベッドの上にいた。

 近くのタオルで汗を拭く。


 今までもこういうことがあったが、今回は憶えている。

 夢の中と言っていいのか分からないが、あの影の世界で死神となった天音と対面した。

 彼女は泣いていたのだ。

 自分のしてしまったことに、自分が俺の死期を早めたと嘆いていた。


 俺はよろよろとベッドから立ち上がる。

 なんとか立てる。

 ギリギリ歩ける。

 時計を見ると朝の五時、カーテンを開けると日が昇り始めていた。


 その朝日が照らすベッドの側に視線を移すと、桜の木の枝が飾られていた。

 きっと昨日、俺が早くに寝てしまったから、天音は何も言わずにこれだけ飾って帰ったのだ。

 俺と天音の家の間に佇む一本の桜の木。

 確か種類はヤマザクラだったかな?

 天音との思い出に常に映りこむ存在。


 ああ、だから夢の中で桜の香りがしたのか。

 でもお陰であの死神が天音だって気づけた。

 だからこそ、天音の死因を知ることができた。


 今の俺の状態は、世界からしたら反則なのだろう。

 なにせ未来を知っているのだから。


「天音の死因が衰弱死か……」


 俺は体を伸ばし、大きく息を吐く。

 彼女が衰弱死する原因までは聞けなかった。


 普通、若い人間が衰弱死することなどあり得ない。

 少なくとも現代の日本においては考えにくい。

 何か重大な病気か、もしくは俺のように孤独になることぐらいでしか……。


 考えた結果、俺は苦笑する。

 もうこれは笑うしかない。

 天音の衰弱死の原因なんて簡単だった。


 全てが俺の死から始まっているように、天音の死だってきっと俺が起点だ。

 そう考えた時、もしかしたらという考えに至る。

 ここまでの天音の行動を考える。

 彼女は俺を優先し過ぎた。

 俺を庇って周囲と衝突してしまった。

 浮いてしまった。


 だから……。


「彼女を殺したのは俺か」


 朝日を眺めながら、結論にたどり着く。

 ほとんど間違いない。


 彼女、早坂天音が衰弱した原因は俺。

 俺を庇うがあまりに、俺に構うがあまりに、彼女は周囲から浮いた。

 孤独になっていったのだ。


「一体どこまで、俺は人を巻き込むんだろうな?」


 俺は一人、病室で呟いた。

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