「……そうか。私は死ぬんだ。いや、死んでたんだと言った方が正しいのかな?」
天音は、死神は、儚く笑う。
嫌な笑顔だ。
死を受け入れた人間の笑顔。
全てを諦めた者が浮かべる表情。
「何か手段はないのか?」
俺はポツリと呟く。
天音は諦めてしまっているが、そうはいかない。
早坂天音は俺にとってなによりも大事な存在だ。
そう簡単に諦めてたまるか!
「何か憶えていないのか? どうやって死んでしまったのかとか」
俺は縋るように尋ねる。
この返答次第で、俺が助けることができる内容なのかどうかが決まってくる。
もしも突発的な事故などであれば、俺にできることは皆無と言っていい。
「私が死んだ理由……うーん。あんまり話したくないんだけどな~」
天音は懐かしい調子で誤魔化す。
今の彼女は完全な死神ではなくて、生前の人格をある程度取り戻しているみたいだ。
「そこをなんとか。頼む!」
俺は食らいつく。
なんとかして天音の死の運命を変えて見せる。
「どうして私が教えたくないか分かる?」
天音は問いかける。
「なんでだ?」
「あのね、私が死なずに死神にならなかったら、いま私はここにいないんだよ?」
天音は険しい顔で話し出す。
「まあ、そうなるな」
「でもそうなると、未来で君の死を嘆く死神はいなくなる。私が死神として未来の君に対面したからこそ、私がいまここにいるんだよ? だから私が死神にならなかった場合、私はここにいない。だから今からでも頑張って生きて欲しいと伝えられない。君の音楽の才能は無くなることはないけれど、その代わり本来の未来のように君は死んでしまう」
天音は顔をしかめる。
彼女の言う通りだろう。
俺も内心分かっていたことだ。
もしも天音が死ぬことを防げるのなら、死神はここにいない。
彼女が死ななければ、俺を助けようとする死神は存在せず、未来の俺は他の死神の手によって安らかに死んでいただろう。
だから彼女が、死神が現代にいて俺と話をしている時点で、早坂天音の死は確定しているようなものなのだ。
その未来を変えるとなると、今度は俺が死ぬ。
だから天音は話したくないのだ。
俺によって自身の死をなかったことにされて、俺が助かる未来を閉ざしたくないから……。
「だけどさ、それでも俺は君に生きていて欲しいんだ! たとえ俺が死んだとしても」
俺はそれでも我儘を通す。
たとえ俺が死んだとしても、それでも俺は天音に生きていて欲しい。
笑っていて欲しい。
泣いていて欲しくない。
今みたいに、いま目の前で無理矢理笑っているような彼女を見たくない。
それにどっちにしろ俺は死ぬ。
いまの現状がそれを物語っている。
結局音楽の才能を奪われても、俺は死を迎えるだろう。
「どうしても?」
「ああ、どうしてもだ」
これだけは譲れない。
他のことならなんだって差し出そう。
命でも魂でも、音楽の才能だってくれてやる。
だけど天音だけはダメだ。
それだけは認められない!
「じゃあ一つだけ条件を付けて良い?」
「なんだ?」
「真希人が私を救うなら、最後まで救って! 決して自分を犠牲にしないで! 私が過去に戻ってこなくても死なない未来を選択して! 真希人にとっての私が命よりも大事なように、早坂天音にとっての菅原真希人も、同じなんだから!」
天音は叫ぶ。
本音をぶちまける。
そうだ、俺だけじゃない。
俺にとって天音が命よりも大事な存在であるように、天音にとっての俺も同様なのだ。
「……分かった。約束する。俺は早坂天音と、ついでに俺自身も救って見せる」
俺は誓う。
この暗い暗い影の世界で、元死神の早坂天音に誓う。
鼻腔をくすぐる桜の香りに誓う。
俺の返事に満足そうに微笑む君に誓う。
「真希人を信じるよ。いつだって真希人は、やると決めたことは確実にやり遂げてきた。それは側で見ていた私が一番知ってる! 君の本当の才能は、そこなんだから」
天音は再び俺を強く抱きしめる。
その温度とぬくもりにホッとする。
そして天音は口を開く。
重苦しく、耳元で自分の死因を告げる。
「私の死因は衰弱死、未来の真希人と一緒だよ?」
そう言って俺を手放した天音は、悲しい笑顔を浮かべていた……。
「夢?」
俺は病室のベッドの上にいた。
近くのタオルで汗を拭く。
今までもこういうことがあったが、今回は憶えている。
夢の中と言っていいのか分からないが、あの影の世界で死神となった天音と対面した。
彼女は泣いていたのだ。
自分のしてしまったことに、自分が俺の死期を早めたと嘆いていた。
俺はよろよろとベッドから立ち上がる。
なんとか立てる。
ギリギリ歩ける。
時計を見ると朝の五時、カーテンを開けると日が昇り始めていた。
その朝日が照らすベッドの側に視線を移すと、桜の木の枝が飾られていた。
きっと昨日、俺が早くに寝てしまったから、天音は何も言わずにこれだけ飾って帰ったのだ。
俺と天音の家の間に佇む一本の桜の木。
確か種類はヤマザクラだったかな?
天音との思い出に常に映りこむ存在。
ああ、だから夢の中で桜の香りがしたのか。
でもお陰であの死神が天音だって気づけた。
だからこそ、天音の死因を知ることができた。
今の俺の状態は、世界からしたら反則なのだろう。
なにせ未来を知っているのだから。
「天音の死因が衰弱死か……」
俺は体を伸ばし、大きく息を吐く。
彼女が衰弱死する原因までは聞けなかった。
普通、若い人間が衰弱死することなどあり得ない。
少なくとも現代の日本においては考えにくい。
何か重大な病気か、もしくは俺のように孤独になることぐらいでしか……。
考えた結果、俺は苦笑する。
もうこれは笑うしかない。
天音の衰弱死の原因なんて簡単だった。
全てが俺の死から始まっているように、天音の死だってきっと俺が起点だ。
そう考えた時、もしかしたらという考えに至る。
ここまでの天音の行動を考える。
彼女は俺を優先し過ぎた。
俺を庇って周囲と衝突してしまった。
浮いてしまった。
だから……。
「彼女を殺したのは俺か」
朝日を眺めながら、結論にたどり着く。
ほとんど間違いない。
彼女、早坂天音が衰弱した原因は俺。
俺を庇うがあまりに、俺に構うがあまりに、彼女は周囲から浮いた。
孤独になっていったのだ。
「一体どこまで、俺は人を巻き込むんだろうな?」
俺は一人、病室で呟いた。