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第八章 告白 1

「ここはどこだ?」


 俺はいまどこにいる?

 辺りは暗く寒い。

 俺は病院のベッドの上にいたはずだ。

 昨日そこで眠りについたのだから、目覚めた時にそこにいないのはおかしい。


 俺は暗闇の中立ち上がる。

 歩き出す。

 光が全く見えないこの空間で、何かを探すように歩き続ける。


「普通に歩けてる……」


 俺は自身の異変に気がついた。

 昨日までまともに歩くことすらできなかったのに、一体どうなっている?

 それにやっぱりここは変だ。


 どこまでも真っ暗で寒い空間。

 現実にこんな場所を俺は知らない。


「もしかして夢の中なのか?」


 俺の声は反響する。

 他に何もない部屋のように、俺の放った声は見事に反響した。


 夢の中であろうと、この夢からの脱出手段を持っていない俺は、とりあえず歩き続ける。

 そうやって歩き続けていくうちに、どこからか声がする。

 いや、声というよりもこれは……。


「誰かが泣いてる?」


 しかもどこかで聞いたことがあるような、そんなすすり泣く声。


 一体誰だ?

 俺の夢にまで出てきて泣いている者は?

 そこまで俺にとって重大な人物なのだろうか?


 次々と浮かび上がる疑問を押さえつけ、俺はすすり泣く声が聞こえる方に向かって走っていった。




 長々と走り続けた気がする。

 やはり夢の中。

 いまの俺が走れるということは、そういうことだろう。

 何分間走っているかも分からないが、疲れもしないし息も乱れない。

 どれだけ進んでも暗さや寒さは一緒。

 これが俺の夢だとするならば、随分と恐ろしい夢だ。


「君か? さっきからずっと泣いているのは」


 俺の目の前に綺麗な女性がしゃがみ込んで泣いている。


 長くのばされた黒い髪に、フード付きの白と黒のツートンカラーの死装束。

 青白い顔には、血の涙が滴る。


 恐ろしいとは思う。

 血の涙を流す人を、俺はいままで見たことがない。

 格好からこの場にいるという異常性から、どうしても彼女を人間とは思えなかった。

 そうなると何者か?

 人間ではないのなら、悪魔か怪物? それとも……。


「アンタ、死神か?」


 俺は声をかける。

 死神しかない。

 イメージ通りとはいかないが、彼女が死神であるならばここがどこかは見当がつく。

 だって天音が言っていたではないか。

 最後の演奏会の時、俺を大鎌で斬ったあと、死神は”俺の影”に吸い込まれていったと。

 ならばここは夢とは言いつつも、俺の影の中だと思う。

 ちょうど真っ暗だし、影っぽさもある。


「…………」


 死神は何も言わずに顔を上げる。

 血の涙が綺麗な輪郭を伝って、彼女の死装束に色を付けた。


 その顔を見て、俺は息を飲む。

 驚いたというより、見惚れてしまった。

 あまりの美しさに、嘘のように整った顔。

 色白を超えて青白く輝く相貌。

 そして何よりも……似ていた。

 俺にとって一番大事なアイツに似ていた。


「……真希人?」


 死神は長い長い沈黙の後、俺を見上げたまま目を見開き、初めて声にした。

 その声はどこか震えていて、信じられないものを見るように目を見開く。


「君は死神かい?」


 俺は再度尋ねる。


「私は、死神……かな?」


 死神はどこか曖昧な返事をする。


「まさか君と話せるなんて思ってもみなかったな……」


 死神は一度深呼吸をして、話し出す。


「私は元死神と言った方が正しいかな?」


「元死神?」


 俺は聞き返す。

 死神に元とかあるのか?

 現役とか引退とかあるのだろうか?


「信じてもらえないと思うけど、私の話を聞いてくれる?」


 死神は恐ろしいほど整った顔を俺に向け、よろよろと立ち上がる。


 俺は黙って頷く。

 ここは彼女の話を聞くしかない。

 というより聞いてみたい。

 俺だって彼女に聞いてみたいことはたくさんある。


「まずはこの星の仕組みについて話そうか。この星に許された命に、限りがあるのは知ってる?」


 俺は首を横に振る。

 そんな話知るわけがない。


「命の数は有限、だからこの命の価値が薄くなった人間に向けて、星は、世界は、死神を差し向ける。指定された人間から命を刈り取るのが私たち死神の役目」


「命の価値?」


「そう。分かりやすく言うと、歳を重ねて先が長くない人間」


「リミットが近いから価値が薄いと?」


「そうなる。そうして連れて行かれた人間を、人は寿命と呼ぶの」


 歳を重ね、先が短くなるから命の価値は若い人より劣る。

 だから死神を差し向け、先がない人間から命を刈り取る。

 おそろしい仕組みだが、これを寿命と呼ぶのなら理解はできる。


「でもそれだけじゃないの。もっと若い人間から命を刈り取る時もあるんだ」


 さらりと恐ろしいことを口にする。


「それって……」


「若くして命を刈り取られる条件は一つだけ……世界は孤立した人間から順番に命を奪う」


 孤立した人間から命を奪う。

 誰からも必要とされない人間から命を奪う。

 まるで野生動物の世界みたいじゃないか。


 野生の動物だって、群れていてもそこから孤立した個体から狙われる。


「そうして私は派遣された。近い未来でね」


 死神はそう言った。

 近い未来に、死神は派遣されたとそう言った。

 誰かの命を奪うために遣わされたと。


「じゃあどうしてここにいるんだ?」


 俺は尋ねる。

 そもそも未来の話なら、どうしてここにいる?


「私の派遣先は君なんだよ、菅原真希人君。君は近い将来立ち上がれなくなる。衰弱する。世界の呪いが君を蝕む。言ったでしょ? 世界は孤独となった人間から命を奪う。そのために、執行人を派遣する」


 衝撃だった。

 聞いた瞬間、頭が真っ白になった。

 この真っ暗な空間の中、立ち尽くすしかなかった。


 頭がこんがらがっている。

 混乱している。

 彼女の話をまとめると、俺は近い将来孤独であるが故に衰弱し、彼女が派遣されて命を剥奪されてしまうということだ。


 これで合点がいった。

 どうして俺がいま弱っているのかが分かった。

 これは病気なんかではない。

 これは世界の呪いだ。

 呪いと呼んで差し支えない。

 俺が人と距離を取り過ぎたがために、世界からいらない判定をくらってしまった。


「……分かった。それは理解した。君が俺の命を刈り取るために派遣されるのは分かった。けれどそれは未来のことだろう? どうして今、君はここにいる? というよりここはどこなんだい?」


 俺は彼女に尋ねる。

 だけど返事を待つことなく、俺は一つの結論に到達する。


 俺が死ぬという未来は変わらない……。

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