「はぁ」
私はそのまま下校することにした。
他にやることもないし、吹奏楽部にも行かない宣言しちゃったし。
校門を出たところで、会いたくない二人組と視線が合う。
楽辺聡志と西条琴音だ。
「二人そろってどうしたんですか?」
二人に進路を邪魔された私は、しぶしぶ話しかける。
「いや、ちょっと考え直さないかと思って……」
そう話すのは楽辺聡志。
西条先輩は彼の斜め後ろで腕を組んで、面白くなさそうにしている。
本当に分かりやすい。
大方、楽辺君が私を吹奏楽部に連れ戻したいから協力してくれとか言って、彼女をここまで同行させたのだろう。
前から楽辺君は私には良い格好をしようとするし、今回のように私に執着することも少なくなかった。
「考え直すもなにもないわ! 私はあなたたちに会いたくもないんだから」
私は必要以上に冷たい態度で答える。
もう部活もやめた以上、この人たちと話す義務もないはずだ。
「じゃあそういうことだから」
私は楽辺君の脇を通って行こうとするが、彼に腕を掴まれる。
「やめて、放して!」
私は本気で彼を睨む。
一瞬たじろいだ彼は、しかしその手の力を緩めることはなかった。
「ちょっとだけだから!」
彼はなおも食い下がる。
私を行かせまいと、結構な力で腕をつかんでいた。
「楽辺君、もうその辺にしといたら? 早坂さんはもう戻る気は無いみたいだし」
ここで助け舟を出したのが、西条先輩だ。
しかし彼女の様子を見ていれば分かる。
彼女は前から私に辞めて欲しがっていた。
直接言われたわけではないが、普段の態度や表情からなんとなく分かる。
たぶん彼女は楽辺君を気に入っている。
今日ここにいるのだって、その気に入っている彼に頼まれたからに他ならない。
内容としては私を連れ戻すという目的なのだから、来るかどうか結構悩んだに違いない。
「だけど先輩」
「そうだよ楽辺君。そろそろ放さないと大声出すよ?」
「あ、ああ」
私が本気なのを悟ったのか、彼はあっさりと手を放す。
「楽辺君、そろそろ私に執着するのはやめてくれないかな?」
私はこの際はっきりさせることにした。
今ここで引いてもらっても、また同じような目に遭うのは嫌だから……。
「執着なんて俺は別に……」
「じゃあなんで真希人の時は追い出したの?」
「別に俺が追い出したわけじゃ……」
「でも止めなかったよね? それなのにどうして私に対してはしつこいの?」
客観的に見たら、自意識過剰な女に映るだろう。
でもそれで良い。
こんな奴らになんて思われようとも構わない。
私には真希人がいればそれで良いんだから。
「それは……」
彼は黙ってしまった。
流石にこの場で告白をする勇気は無いらしい。
「楽辺君。あとは私が話をするから先に戻っててちょうだい」
「しかし先輩」
「いいから戻って。ね?」
一度は抵抗したが、西条先輩の絶対的な雰囲気を察したのか、彼はそのまま荷物をもって帰っていった。
「それで今度はなんですか?」
私は一度深呼吸して西条先輩に向き合う。
「あのままだったら彼が困ってしまうと思ったから止めただけよ」
西条先輩は小さくなった彼の背中を見つめながら答える。
「そんなに好きなら告白でもすればいいのに」
「あ、貴女ね!」
私の思わぬ言葉に、西条先輩は狼狽える。
普段クールな印象だったが、こうしてみてみると年相応だ。
「彼は貴女のことが……」
「分かってますよ。気持ちはありがたいですけど、私には真希人がいます。それに私が真希人にべったりだからって、いつも真希人に辛く当たるんです。好きとかどうとか以前に人として嫌いです」
私は本人がいないことを良いことに、言いたい放題言ってしまった。
本人が聞いたらショックのあまり寝込んでしまうかも知れないが、いま彼は遠い人影となってしまっているのでセーフだろう。
「それと私が告白するの意味が分からないんだけど」
西条先輩はなおもそんなことを口にする。
本気で言っているのなら、ちょっと信じられない。
「だから西条先輩が彼を落としてくれれば、これ以上私の前に出てこなくなるし、真希人に酷い態度をとったりしなくなるんじゃないんですか?」
今回の件でいい加減彼も分かったと思う。
私は、早坂天音は、菅原真希人以外の人間とどうこうなるつもりはない。
それが分かった今なら、おそらく私の次に関係の深い西条先輩からアプローチをかければ、コロッと落ちてくれるのではないかという期待している。
そうすればもう私の視界に現れなくなるのだから。
「人を利用しようとしないでよ」
西条先輩はごもっともなことを口にする。
だけど私にとってはどうでもいいことだ。
「昨日のことがあったから、私にとって楽辺君も西条先輩も、もう関わらないでいて欲しい部類の人間になってしまった。だから私の邪魔がなくなるのなら、なんだってする!」
私は心なしか声が大きくなる。
昨日揉めたとはいえ、この宣言はかなり勇気がいった。
部活を辞めるとかとは話が違う。
「昨日の菅原君の件? だけどそれは貴女たちが……」
「私たちが悪いって? 昨日アイツが真希人に何を言ったかも知らないで?」
信じられない。
昨日あれだけ真希人に言われたのに、まだ理解していない。
「聞いたわよ。彼が言ったことも。でも事実でしょ? 菅原君はずっと私たちのことを見下していたじゃない」
西条先輩もややヒートアップしている。
冷静な彼女が珍しい。
「アイツの言葉を知っていて、まだ庇うんだ」
「それは貴女でしょ!?」
「そうですよ、私は真希人を庇いますよ。当たり前じゃないですか。私は貴女たちとは違って、ずっと幼少のころから彼のことを見てきていますから!」
真希人の苦悩など、どうせ誰にも分からない。
「小学生のころからずっとメディアに追われ続けて、常に期待と責任を背負って生きていた真希人の気持ち、貴女に分かるんですか? お父さんが死んだとき、マスコミたちが大勢でマイクを彼に向けるんですよ? 父親を失ってすぐのまだ十二歳だった彼に。家にまで押しかけインターホンを鳴らし続けるんです。私は家が隣りだったので今でも憶えています!」
あの頃は一番真希人が荒れていたと思う。
でも死んだ父親の期待通りにならないといけないと、彼はそれでもメディアに出続け、天才ピアニストとして振舞い続けた。
「それは……」
「だから貴女たちを見下していたわけじゃないんです! ただ相手をする余裕が無かっただけなんです! なのに貴女たちは、いつも腫れ物に触るみたいに真希人を扱って……」
「早坂さん……?」
西条先輩の声で我に返る。
気づけば私は泣いていた。
真希人が大変なことになって、今度は私が彼を支えないといけないと必死になってそれで……。
「し、失礼します!」
「ちょっと待ちなさい! 早坂さん!?」
私は涙をぬぐいながら走り去る。
引き留めようとする西条先輩の声も無視して、私は走りだす。
ああ、そうか。
私の方こそ余裕が無くなってたんだな……。
私は夕日に照らされたアスファルトを走り、真希人のいる病院へと向かった。