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第四章 学校 2

「ちょっと……本気なの? 考え直したら?」


 俺は放課後、吹奏楽部の部室にやって来た。

 久しぶりにやって来ての開口一番、部活を止めたいですと言ったもんだから、俺はいま吹奏楽部部長の西条琴音に詰め寄られている。


「本気ですよ? 突然で申し訳ないですが」


 俺はその迫力に押されつつも突っぱねる。


 別にそのまま受諾すれば良いのに。

 もともと西条先輩だって、俺のことを疎ましく思っているのだから。


「理由はなんなの? 居心地が悪かった?」


 西条先輩は困り顔だ。


 彼女、西条琴音はこの部の部長をしており、今年から三年生でフルート担当。

 ふわふわとしたやや長めの茶髪で、柔和な表情を常に浮かべている先輩。

 普段の柔和な雰囲気から一転した凛とした演奏姿から、同性のファンが多く、どちらかと言うと男子からの人気はそこまで高くない。

 ずけずけとものを言う性格と、その可愛いよりも綺麗と評される容姿が相まって、同年代の男子が近づきにくい仕上がりとなっている。


「居心地はまあ……なんとも言えないですけど」


 俺は正直に話す。

 居心地は言い訳がない。

 アンタだって知っているだろ?

 部員の内の何人かは、俺の活動に理解を示してくれているが、大半は良く思っていない。


 吹奏楽はみんなで音楽を作り上げるもの。

 普段いない俺が良い風に思われるわけもない。

 それに吹奏楽において、ピアノが必要な曲は限られている。

 別に俺がいなくたって問題はないはずだ。


「それって嫌味? 私が上手く纏められていないって言いたいの?」


「そうは言ってないじゃないですか」


 めんどくさい。

 暗にそう言っているようなものではあるが、そんな直接的には言っていない。


「何の話をしているんですか?」


 俺と部長が部室の隅っこで話していると、今朝校門で会った楽辺聡志がやって来た。


「楽辺君聞いてよ! 菅原君が部活をやめるって突然言い出して……」


 西条先輩は若干甘えたような口調になる。

 一体何なのだ?

 楽辺は俺と同じく一つ年下だぞ?

 甘えたような口調にはならないだろ。


「お前やめるのか? まあ良いけどな俺は。どうせテレビ出演とか演奏会とかで忙しいんだろ? 子供のお遊びであるこちらに時間は割けないというわけだ」


 楽辺は挑発するような物言いだ。

 まああながち間違っちゃいないが、今回の理由はそうではない。

 単純にピアノの音が聞こえないから、新たに曲を覚えるのが無理なだけだ。

 そうなると俺が吹奏楽部にいる理由がどんどんなくなってくる。


「ちょっと楽辺君! その言い方は無いんじゃない!?」


 よく聞く声が背後から聞こえてきた。

 振り返ると案の定天音が立っていた。


 掃除当番だった彼女を置いて先に部室に来たのに、もう追いつきやがったのか。

 本当は話が拗れるとめんどくさいから、天音が来る前に話を終わらせたかったんだけどな。


「は、早坂さん、違うんだこれは……」


 楽辺は突然トーンダウンする。

 こいつは天音には敵わない。


「何が違うのかな?」


 天音は俺の横を通り過ぎて楽辺に詰め寄る。

 通り過ぎる際、彼女の横顔を見て確信した。

 相当ブチギレている。


 前からそうだ。

 彼女は俺に対する過度な態度や言葉に本気で怒る。

 怒ってくれる。

 だから俺と付き合っていることにされているのだが、彼女は一切気にしない。


「ちょっと早坂さん落ち着いて」


 西条先輩が止めに入る。

 楽辺と早坂のあいだに体を入れて、楽辺を庇う。


「私は落ち着いてます!」


 早坂はそう答えるが、背後から見ている俺の見解からすると答えは否。

 全然落ち着いてない。

 なんならボルテージが上がっている。


「良いから落ち着けって天音」


 俺は背後から天音の肩を掴んで、強引に引っ剥がす。


「だって真希人!」


「いいから。これは俺の問題だ。天音の手を煩わせるつもりはない」


 天音は一度深呼吸をして頷く。

 どうやら落ち着いてくれたらしい。


「すぐに行くから戻っていてくれ」


「分かった」


 天音はそう言うとトボトボと歩き始める。

 戻る際に凄まじい眼光で、西条先輩と楽辺を睨んでいたのを、俺は見逃さなかったが……。

 この場は去るが納得はせぬ。

 そう言いたげな態度だった。


「早坂さんって、菅原君のことになると豹変するわね」


 西条先輩の顔が引き攣っている。

 同性から人気の彼女にとって、同性の、それも年下から睨まれたことなど今までなかったのだろう。


「それでお前のやめる理由はなんなんだ?」


 楽辺は俺を弄るのをやめて普通に理由を尋ねる。


 あらためて聞かれると困るな。

 本当のことを言ったところで信じてもらえないだろうし、だからと言って部活に残り続けるのも違う。


「お前の言ったことが正しいよ。別に部活動を子供の遊びなんて思ってはないけどさ、時間がないのか事実だし、俺がいない方がやりやすいでしょ?」


 俺は横並びで立っている二人に言い放つ。

 嘘は言っていない。

 時間はないのは本当だったし、俺がいない方が一体感も生まれるだろう。


「別に菅原君がいない方がやりやすいなんて思っては無いけど……」


 西条先輩もそこは譲れないらしい。

 まあそりゃそうか。

 認めるわけにはいかないか。

 認めたら半分自分がやめさせたみたいになるもんな。


「それにお前がやめたら早坂さんもやめちまうだろ」


 楽辺は早坂を持ち出す。

 俺がやめたら天音もやめる?


「なんでそうなる? 別にそんなこと一言も言ってないだろ?」


「本気で言ってんのか?」


 逆に楽辺に驚かれる。


 確かに俺と天音は仲が良いし、ここでは付き合っていると噂になっているし、そうなる可能性は否定できないけど、いまは関係ないだろ?


「本気で言っている。もしも仮にそうだったとして、それがどうした? 部活をやめるも続けるも天音の自由だろ? 俺やお前たちの指図を受けるようなものでもない」


 俺はすっぱりと言い切った。

 二人は黙ってしまう。


 楽辺は俺のことは気に食わないけど、天音のために俺にやめて欲しくない。

 西条先輩は俺のことをめんどくさい部員だと思ってはいるけれど、自分の名誉のためにやめて欲しくない。


 似た者同士だな。


 俺は並ぶ二人を見てそう思った。

 結局のところ相手にどうこうして欲しいや、逆にして欲しくないという思いの底には本音が埋まっている。

 いくら表面を偽善で覆いつくしたところで、根本は変わらない。


「悪いがなんと言われようと俺はもうここにはこない」


 俺は告げる。

 受理しようがしなかろうが、来る来ないは俺の勝手だ。

 お前たちに指図されるいわれはない。


「先生に話しておく。だからまだ受理はしないからね!」


 部室を去る俺の背中に向けて、西条先輩の言葉が飛んできた。

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