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<第三十話・テリスの決死行>

 アイス・マスター・ドラゴンの攻撃――“氷矢乱舞サジタリウス”。非常に強力なこの技には、いくつか特性があるらしい。

 ひとつは、その圧倒的な貫通力。威力は本体のドラゴンから近くなればなるほど高くなるが、ある程度の遠距離であっても防御力ゼロの一般人なら頭を撃ち抜かれる程度には威力がある。スピードも速い。一直線に並ばれて、しかも防御魔法一切ナシの状態ではほぼ詰んだも同然である。ただし、コントロールそのものにはムラがあり、一斉に無鉄砲に矢を撃ち込むタイプであるようなので時には当たらないこともある。レッドスパイクの他の仲間がやられたのに、ジェイクだけが無事だったのはそういう理由であるらしかった。


――相変わらず、すげえなコイツ……。


 テリスは感心するしかない。カサンドラは気配を消して、冷静に氷の守護竜の攻撃を見極めたらしかった。残念ながら、キャベルやヴェス達を助けることは叶わなかったようだが。


「攻撃が一回降ってから、次が来るまでは一定の間もある。その間に、魔法を一、二回唱える程度の隙はあると思ってもいいでしょう。そして、思考を奪われているアイス・マスター・ドラゴンはこちらの対処を見て攻撃を変えるということができない様子です。恐らく、ただ単調に、同じ攻撃と進撃をくり返すだけと思われます」


 そして、とカサンドラは続ける。


「どういう理由かわかりませんが、あのドラゴンは人間を殺すことを目的として動いている。自分の視界に入った人間を無作為に攻撃しているという印象です。そして、隠れた人間を探知する能力はさほど高くない。現に、一度こうして建物に隙間に逃げ込んだ私達は、攻撃を浴びせられることもなく無事で済んでいますから」

「そうだな。死角に入ってしまえば攻撃してこないし……あんまり探そうともしてない様子、だよな」

「その通り。そして、あのドラゴンの攻撃にはもう一つ大きな特徴と脅威があります。氷の矢に貫かれることを免れても、少しでも掠めて傷を作ってしまえば……そこから全身が凍りついていく、ということです。一人が凍ってしまうまで、恐らく数分程度。そしてテリス、貴方が回復魔法を試みた様子から察するに……完全に凍ってしまった人間を溶かすことは難しい。そうですね?」

「……そうだな、その通りだ」


 あの後、どうにかヴェスだけでも助けられないかと試みたのである。しかし、テリスの白魔法では僅かに氷を溶かすことはできても、凍るスピードが早すぎて対処しきれなかったのだ。

 恐らくだが、魔力に圧倒的な差があるためなのだろう。アイス・マスター・ドラゴンはその名の通り氷の属性と魔法を司る竜。氷魔法で右に出る者はなく、総じて守護竜は皆魔力が恐ろしく高いことでも知られている。テリスも一般人と比較すれば充分魔力は高いが、冒険者としては駆け出しでまだまだ覚えている魔法自体も多くはない。完成してしまった氷を溶かしきるだけの魔力も魔法も持ち合わせていないのが現実だった。


「しかし、完全に氷が解かせないわけではなかった。恐らく攻撃を掠めた直後、凍り始めた直後に回復魔法を使えば氷漬けになるのを回避できる可能性が高いです。テリスの力なら、そのくらいは可能と思います。……さて、此処で本題です」


 彼女が何を言いたいのかわからないが、ジェイクもクオリアも真剣にカサンドラの話を聞いている。皆がわかっているのだろう。自分達が生き残るために――そしてこの町を救うために。今、その鍵を握っている人物が誰であるのかということを。


「東からは、水の守護竜が攻撃を仕掛けてきているようです。見たところ、双方で意思の疎通を図っている様子はありません。何故彼らが同時に、結界で守られているはずの町に侵入し攻撃してきたのかは不明です。ただ、どちらも正常な判断力を失っているのは確かと思われます。……町を守るためには、守護竜を傷つけられない……などと言っている場合ではないでしょう。手段は選べません。一刻も早く、二体の守護竜を排除する必要があります」

「それはわかるけど……カッシー。一体の守護竜でも厄介なのに、二体も倒すなんてそんなこと可能なのか?こんな事言いたくはないが、レッドスパイクはジェイク以外全滅。クライクスとショーンとはなんとか合流できるとしても…俺達みんな、駆け出しの新人パーティだぜ。勝目云々以前の問題じゃないのか」

「いや。……一つだけ方法があるかもしれない。そうだろう、カサンドラ」

「え?」


 どうやらクオリアには、その手段に見当がついたらしい。方法がある、というわりにその表情は苦いものだったが。


「……あまり賛成したくはないんだが。それしかないか」


 話についていけないのはテリスとジェイクである。思わず二人で、困惑した顔を見合わせてしまう。


「残念ながら。でも私は……成功できる見込みは充分にあると思っています。……テリス」


 カサンドラはそう言って――じっとこちらを見つめてきた。

 本人に自覚はないようだが、彼女も充分整った顔立ちである。宝石のような碧い瞳に見つめられて、思わずたじろいでしまうテリス。


「貴方にかかっています。……やっていただけますか」


 そして語られた作戦のとんでもなさに、ひっくり返るどころでは済まなくなるわけだったが。


――俺って馬鹿だよな!ほんっと馬鹿だよなあ!カサンドラに頼られたからって、これ絶対断っても叱られないやつだっただろ!


 そして今。テリスはたった一人――氷の守護竜の眼前にいる。

 ギリギリ回避でき、かつ氷の守護竜の視力で捉え切れる程度の距離。そのぎろり、と輝く狂気的な赤い眼に見据えられ、全身にがくがくと震えがきそうである。

 カサンドラの作戦はこうだ。自分達の力で、二体の竜を倒しきることはできない。ただ、偶然か必然か、今回現れたドラゴンは水と氷。反発属性ではないが、その攻撃は極めて似た属性を持っている。なら。


『アイス・マスター・ドラゴンと……アクア・マスター・ドラゴンを相打ちさせて、双方を同時に叩きます……!!』


 アクア・マスター・ドラゴンはどういう理屈か町の東側から動く気配がないという。そこにオアシスがあり、その水を動力にしているからではないかとされているがそれ以上のことはわからない。ならば必然的に、動かすのはアイス・マスター・ドラゴンの方である。氷の守護竜を、水の守護竜がいる場所にまで誘導させて同士討ちを狙う。どちらも正気を失い、敵を無作為に攻撃しているだけの状況であるならば、やってみる価値は充分にある作戦だろう。お互いがお互いの姿を見て正気に戻ってくれるならそれもそれで効果は期待できるのだから何も問題はない。

 問題は。一体どのようにして、氷の守護竜を水の守護竜の場所まで連れていくのか?ということである。


『此処にいる五人の誰かが囮になって引き付ける必要があります。正直、私がその危険な任務を引き受けたいところですが……恐らくこのメンバーの中で、一番か二番に足が遅いのは私でしょうから、あまり効率的とはいえません。同じ理由で、ジェイクさんにもお任せしたくはないです。だいぶショックも受けておられるようですし』

『すまねえ……嬢ちゃん』

『気にしないでください。消去法で、任せられるのはクオリアかテリス。魔導士職であるにも関わらずお二人とも脚は速いので可能といえば可能ですが。……一番の適任は、テリス。白魔導士の貴方であるのは疑う余地がないと思われます』

『な、何で俺?俺戦闘能力なんてないんだぞ?』


 テリスは白魔導士である。熟練の白魔導士ならば、白魔法の奥義で敵を攻撃することもできるが――残念ながらテリスはそうではない。完全に、回復と補助に特化したスキルしか持っていない。つまり、アイス・マスター・ドラゴンと対峙しても一切攻撃することができないのである。


『攻撃する必要なんてないんですよ。あのドラゴンの視界に入った人間が貴方一人になれば、確実にあのドラゴンは貴方を追って進撃してきますから。今大切なのはどんな攻撃よりも……あのドラゴンの攻撃を凌ぎ続ける回復力、耐久力です』


――確かに……この仕事は、白魔導士の俺しかできないよな……。


「“Barrier”!」


 テリスは魔法防御のスペルを唱えた。そして――念には念を入れて、大声で叫ぶ。


「こっちだ!ウスノロな守護竜様よお!!」


 アイス・マスター・ドラゴンが反応したのを見てすぐ様走り出す。次の攻撃が来るタイミングはわかっている。あとは自分が、あのドラゴンを引き離しすぎず距離を詰められすぎずを気をつけて、町の東側まで誘導するだけである。

 何故、この場に自分一人しかいないのか。それは複数の人数で逃げることが、この場合完全なデメリットにしかならないからだ。

 魔法防御魔法は何度もかけ直す必要が出るだろう。この距離なら一度氷の矢を防ぐことはできても二度目はない。一度防いた後でその都度貼り直す必要に迫られるのは必至。そして補助系魔法は基本、複数にかけるより単数にかける方が圧倒的に早いのだ。

 つまり、守る対象がテリス自身一人に絞られれば――当然テリスは、自分の守りだけを気にしていればいいことになる。そして。


『万が一氷の矢を防ぎきれず、掠めてしまうことがあっても……直後に迅速に回復魔法をかければ氷漬けを回避できる。それが出来るのは、白魔導士の貴方だけなのです』


――やってやるよ!かかってきやがれ、クソドラゴン!!


 再びドラゴンの氷の矢が降り注いだ。魔力が背後で弾けたのを感じ取って、その瞬間だけ振り返り回避に専念する。幸い敵の攻撃は直線的。ある程度距離と到達時間があり、見えてさえいれば回避することは不可能ではない。

 そしてアイス・マスター・ドラゴンの進むスピードそのものもけして速くはない。タイミングさえ間違えなければ、充分に防ぎきることはできるはずである。


――負けてたまるか……!これ以上……犠牲者は、ごめんだ!!


 攻撃が止むのを見て再び走り出す。街の住人をどうにか避難させ、アクア・マスター・ドラゴンの場所までカサンドラ達は先行しているはず。

 今の自分がするべきことは彼女達を信じ、自分を信じることだけだ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 テリスは走る。

 自分自身の信念と、仲間の信頼に賭けて。 

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