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<第二十六話・上書きされる絶望>

 兜割りの要領で降り下ろされた大鎌を、クライクスはどうにか剣で受け流していた。扱う水人形達同様、ゆらゆらと揺れ動く――液体でできた鎌。一見すると脆そうだがこれが存外厄介だった。受け流しても、ぐにゃりと形を変えて刃となり襲ってこようとする。

 そして、その切れ味がまた馬鹿にならないのだ。頬に熱を感じ、クライクスは舌打ちをする。僅かに切り裂かれた傷から血が滴っていた。浅い傷だが、これが繰り返されれば馬鹿にならないダメージが蓄積されることだろう。


「“回転する闇の牙シャドウ・ストライク”!」


 水人形達を相手にいつまでも遊んでいるわけにはいかない。幸い人形達は数も多く動きは変則的だが、スピードそのものはさほど速くはなかった。新手を打たれぬうちに殲滅させるに限るだろう。クライクスは闇魔法を纏わせた剣を投げつけ、人形達の首を次々と跳ねていった。

 幸いなことに、首と胴体が繋がっていること、が人形を形作るための核となっているらしい。手足をいくら削いでもすぐに再生してダメージが無いが、首を切り落とされた人形だけは復活する様子がなかった。回転しながら飛び回る漆黒の魔法剣に、人形達は次々と倒れて消滅していく。


「す、凄いですクライクスさん!」

「まだだ!人形だけに気をとられるな、ショーン!!」


 凄まじい咆哮がした。はっとして見上げればふたたびドラゴンが大口を開け、力を溜めている。また凄まじい水流の一撃が来るとわかり、クライクスは警戒を強めた。ショーンも気がついて身構える。


『“龍の息吹アクア・ブレス”』


 水流が襲いかかった。骨も肉も粉々に砕いてしまうであろう恐ろしい水圧の一撃。二人は左右に飛び退いて建物の影に逃げ込むことで回避に成功していた。そう、何が問題って、人形退治に気を取られているとドラゴン本体から攻撃を食らうということである。


――そして、人形は一体でも残せば……そこから分裂してまた増える……!


 さっきの技で全てを倒しきらなかったのが痛かった。二体残っていた水人形がぶるりと震え、真ん中から割れるようにして分裂していく。まるでスライムだ。どうやらあれは、ただの水ではないらしい。二つに分かれたというのに、元の体積は全く減った様子がない。


「人形を今度こそ全部片付けますか?」

「そうしたいのはヤマヤマだがな、多分俺達が人形を倒しきる寸前で攻撃が飛んできたのは偶然じゃない。全部倒そうとするとまた“龍の息吹アクア・ブレス”が飛んできて妨害されるだろう。堂々巡りだ、キリがない」

「そんな……!」

「そんでもって、多分キリがないだけじゃ済まないな……!」


 クライクスは気がついていた。何故だかアクア・マスター・ドラゴン本体はまるで湖から動き出す気配がない。じっと水の中で待機して、自分達に人形とブレスの攻撃を繰り返してくるのみである。町を壊滅させたいなら、一気に町中に侵入して暴れまわった方が遥かに効率的だというのに。


――水の守護竜は正気を失っているようだが……それでもなんらかの強い意思の元で動いているように見える。否……動かされているとでもいえばいいのか。町を破壊し人を殺戮することが目的……あるいは手段であるとすると。おかしなことはもうひとつある。


 もし、ドラゴンが町を破壊したいなら。最初の大津波は実に有効である。アクア・マスター・ドラゴンはその名の通り水の支配者。水を増やすも減らすも綺麗にするのも汚すのも思いのままなのだろう。だからオアシスの水を一気に決壊させ、即座に消失させるという荒業が可能だったのだ。圧倒的な水の攻勢を前に、陸地でしか生きられない人間はあまりにも無力。それは言うまでもなく証明されていることである。

 となると。何故もう一度あの大津波を起こさないのか?が不思議になってくるのだ。考えられる理由は二つ。起こせないか、起こす必要を感じていないか。西のエリアを歩いていた者達は既に皆殺されるか、運良く難を逃れた者がいても逃げ出していることだろう。物好きにこの場に留まって戦いを挑んでいるのは自分とショーンだけ。二人を相手にあの津波をブチかますのは勿体無いと感じている――その可能性は大いに有り得た。


――でも、それ以上に可能性が高いのは……一度大津波を放ったら、次を放つまでにはある程度時間をかけて力を溜める必要がある可能性だ!


 クライクスは焦る。そう考えると辻褄があってしまう。人形とブレスだけ使ってちまちま自分達と戦っている理由も、時間稼ぎと考えれば筋が通るのだ。

 そして、ドラゴンがあの場を動かない理由。動かないことで力を使わないようにしているとしたら、どうだろう?


「アクア・マスター・ドラゴンは……もう一度大津波を起こすためにエナジーを溜め込んでる可能性が高い……!」


 再び増殖した人形達が襲いかかってくる。狭い路地にいて挟み撃ちにでもされたら逃げられない。素早く広い場所に飛び出し、人形の一撃をかわしてその足を払いにかかる。倒れたところに剣を振るって首をはね飛ばした。格闘ジョブでなくても、時には体術に頼って相手を制する技術も必要なのである。


「多分次の波はさっきの非じゃない。俺達はもちろん、どうにか被害を免れた人達までやられてしまいかねない……!奴が時間稼ぎをしているうちに、ケリをつけるぞ!!」

「そそんな……!とととっ!」


 そのショーンにも人形は群がろうとする。その小柄で身軽な体格を生かし、どうにか空中に逃れた彼は――ポケットから小瓶を取り出した。

 彼が調合した爆薬である。


「“特攻薬・爆炎”!!」


 キラキラとした火薬は空気中に触れ、人形達に触れた途端――一気に弾けて連鎖爆発を始めた。なんてヤバイもんを、と思ってクライクスは気付く。膨大な熱に一気に晒された人形達が、次々頭から蒸発していっているということに。


――なるほど。さすがに液体を保てなくなれば消えるわけか……!


 ここは人形の相手をショーンに任せよう。クライクスはこの隙にとドラゴンに接近していく。

 水属性の龍ならば、当然雷属性の魔法に弱いはずである。また、ドラゴンという種族自体魔法防御力はさほど高くはない。なら、自分の雷魔法でも十分ダメージが見込めるはずだ。


「“Black-Ray”!!」


 クライクスは黒魔導士ではない分、魔法の射程距離はさほど長くはない。しかし、ある程度接近すれば精度も威力も充分に上げることが可能。建物の隙間を縫って近付くと同時にスペルを唱え、可能な限り威力を上げた雷の一撃をお見舞いした。


『ギャァァァァアアアァァァウウウウゥゥゥウゥウウウゥゥゥゥ!!』


 標的は動かない。当てることはさほど難しくはない。弱点属性の魔法に貫かれたアクア・マスター・ドラゴンが全身を痙攣させ、凄まじい悲鳴をあげてのたうつ。途端、溢れたオアシスの水がクライクスのいる場所まで流れ込んでくる。あの津波のように引き潰すような威力はないが、流されたら距離を一気に離されるのは間違いない。


「くっ……!」


 ここで流されて追撃を阻まれるわけにはいかない。必死ですぐ近くの建物の柱に掴まり、クライクスが急流をやり過ごした――その瞬間だった。


「がっ……!?」


 どん、と。背中を突かれたように感じたのが最初だった。え、と思い、自分の身体を見下ろしたクライクスは眼を見開く。自分の腹部から、真っ赤に染まった水の槍が突き出している。まさか、と思って振り返ろうとしたがそれは叶わなかった。腰から貫いた槍が引き抜かれると同時に激痛が駆け上がり、立っていることができなくなったからである。


「クライクスさんっ!」


 ぐわんぐわんと鳴る景色の向こうで、ショーンが叫んだのが聞こえた。応えようとして酷い吐き気がこみ上げ、盛大に地面に向けて嘔吐する。

 吐いたものはすべて、真っ赤な色をしていた。完全に内臓が傷ついている。致命傷かもしれない、とぼんやりとそんなことを思った。


――すぐ後ろまで水人形が接近してたってことか……大鎌を槍に変えて攻撃されたってところだろうな。この程度の相手に不覚を取るなど、俺も落ちぶれたもんだ……。


 殺気に満ちた気配が迫る。トドメを刺そうと襲ってくる相手に向けて、振り向かないまま魔法だけを打ち出した。


「く、そ……っ“Black-Ray”!」


 本体にあれだけ効いた雷魔法が水人形に効かないはずがない。どうにか気配が消失したことだけを感じて踞った。痛みも酷いが、吐き気と不快感も死にそうに酷い。腹を押さえた手がべったりと赤に染まった。痛みと同時にガンガンと頭痛までしてくる。

 冗談じゃない。――今、こんな場所で倒れているわけにはいかないというのに!!


「クライクスさん!クライクスさんっ!しっかりしてください、いま、治療薬と痛み止めを……!!」


 ショーンの慌てた様子が少しおかしかった。確かに彼の薬があれば一時的に痛みくらいは抑えられるかもしれないが――そもそも内臓を損傷しているのである。傷薬程度では僅かな延命になるかどうかも怪しいというのに。


「!!」


 ドオォン!とどこか遠くで大きな地響きが鳴った。クライクスははっとして顔を上げる。すぐそこの、アクア・マスター・ドラゴンではない。もっと別の場所、しかしさほど遠くない場所からだ。どうにか痛みに歯を食い縛り、そちらに視線を向けて――気がついてしまう。

 町の東の方に、この距離からでも分かる巨大な氷柱が立っているということに。


――ま、さか……襲撃してきたのは、アクア・マスター・ドラゴンだけじゃないのか!?


 運命はいつだって苛烈に、自分達を試すのだと知る。

 絶望の上に、さらなる絶望を上書きしながら。

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