冒険者を志す者が多いのは、危険と引き換えに安定した収入を得やすいからである。実質出来高制ゆえ、働けば働くほどわかりやすく収入は増える。簡単な任務を地道にこなしても良し、高難易度任務を成功させてがっつり儲けるも良し。実際、『レッドスパイク』のリーダーであるジェイク・ローデンもそのタイプだった。どんなモノより、まず必要なのは金なのである。
確かに、この世の全てが金だとは思っていない。金があっても手に入らないものは確かにある。病気は金で治せることもあるが、治せないこともある。事故や自殺などで死んだ人の命はまず帰ってこない。蘇生魔法なんて便利なものは発明されているが、あれだって厳しい条件をクリアしなければ使えないのだ。基本的に本人の体力と魔力を生命力に変換して蘇生するため、死んですぐの人間、それもある程度体が丈夫な人間にしか効かない。体力を使い果たして死ぬ病死などにも効果がないとされている。
それでも、ジェイクが金を欲したのは、大工をしていた父親が怪我で働けなくなったのを見たからだった。堅実で頑固な父だった。そして非常に仲間思いで真面目な人物だった。そんな彼が、誰よりも危険な仕事を請け負って高台に登ったのは必然と言えば必然だっただろう。強風に煽られてそこから落下してしまう、というのもまた。
治らない怪我ではなかった。問題は、その治療費があまりにも膨大だったこと。結局まともな手術を行えなかった父は、左足が完全に不自由になり、働くことができなくなってしまった。母親は専業主婦だったし、ジェイクにはさらにまだ幼い妹もいる。このままでは食っていくことさえできなくなってしまう。そう思ったジェイクは、親戚に頭を下げまくって、金を工面して貰ったのだ。
アルバイトしつつ、アカデミアで学ぶために。
冒険者として訓練を行い、借金と恩を返していくために。
――編入試験はハンパなく難しかったし……冒険者ってのはプロになっても終わりじゃなかった。この世界には、想像もつかないバケモノなんていくらでもいる。俺も仲間達も、冒険者としちゃ平凡で……天才なんかじゃなかったって。俺はすぐに思い知らされたんだ。
マカライトタウンの者達には感謝しかない。
下級のモンスターしか倒せず、低難易度の任務をどうにかもぎ取って食いつなぐのが精一杯だった自分達を見出だし、この村の専属として雇ってくれたのだから。彼らが安定して自分達に仕事をくれるようになった結果、ジェイクは借金を返すことができ、家族に十分な仕送りができるようになったのである。
この町は規模こそ小さいが、それでも皆が親切で気前がいい者達なかりだ。少しでも長くここに留まり、彼らの役に立ち続けること。それがジェイクの、ささやかな夢のようなものである。さほど実力の無い自分達に失望することもなく、むしろ帰ってくるたびに心配し歓迎してくれる彼ら。
マカライトタウンは、ジェイクにとってもうひとつの故郷のようなものなのである。
「ジェイク、次の出発は何時にする?順当に行くなら、一番締め切りの早い依頼はミスミソウの採集だが」
仲間の一人、実質自分の副官を勤めている男、ヴェスが尋ねてくる。宿の食堂が自分達の作戦会議場所になることは多い。一番安価で、付き合いの長いキャベルの宿屋が基本的に自分達の家のようなものだった。殆ど住まわせて貰っているようなものである。こんな値段でこんな長期、本当に良いのだろうかといつも思う。キャベルは構わんよと笑ってくれるが、そろそろ自分達もどこかの家を借りるなり買うなりするべきか。金もたまってきたことではあるし。
「ミスミソウか。……そうなんだけど、問題は山なんだよな。結局クンツァイト山脈の件、解決してないままなんだよな」
「それな。ジェイクが止めたのに聞かなかったあの冒険者チーム……『ラプンチェル』だっけ?可愛い女の子ばっかりだったのにな……まだ戻ってきてないんだろ?」
「戻ってきてないのが向こうから抜けたから、ならいいんだけどな。……採掘終わったら一度この町に戻ってきて納品する予定だったんだぞ?向こうに抜けてそのままフけるとかあるか?」
「ない、よな普通……」
勿論、自分達だって人間だ。思いがけず任務が難しく、達成できない時だってある。その場合は、可能な限り早くギルドに戻ってきて、任務キャンセルの件を連絡するのがマナーだ。何故なら依頼する側にも事情がある。必要だから討伐や採集、採掘作業を冒険者に頼むのだ。ギリギリまで待たされた挙げ句“やっぱりやめます”では困る。
そして、冒険者に依頼する者達には横の繋がりもある。マナーの悪いチームの評判はあっという間に広まるというものだ。依頼してもキャンセルばかり、失敗ばかりというチームは当然信頼を失うし、そうなれば仕事を依頼してくれる組織や市町村はどんどんなくなっていく。故に、実力のないうちは低難易度の任務でならし、堅実に成功を積み重ねつつスキルを磨いていくべきなのだ。
『大丈夫大丈夫!あたし達こう見えてもすっごーい強いんだからあ!』
ラプンチェルのリーダーの少女はそう言って笑っていた。実際、そこそこ知名度の高い強敵のモンスターも何度か討伐しており、既に冒険者として三年戦っているチームだったという。ならば、冒険者としてのマナーやルールを知らないはすがない。戻ってこない、キャンセル連絡もないと言うことはつまり――帰ることができなくなったと、そう考えるのが妥当なところだろう。
「……まだ生きて、助けを待ってる奴らもいるかもしれないのにな。俺らに助けてやれる実力があればな……」
ヴェスの言葉に、全員が暗い顔で俯いた。自分達が強くないことは、自分達が一番よくわかっている。ドラゴン種なんてものに遭遇したら逃げることさえできるかどうか。そんな自分達が、洞窟に助けに向かったところで――ミイラ取りがミイラになるのは目に見えているのだ。
――俺のことを、臆病者って罵るか……メフィア。
友人の彼の生存確率が、限りなく低いことはわかっていた。何故なら発狂して帰ってきた彼のチームメイトが言っていたからだ。これだけはわかる言葉ではっきりと――竜にみんなが食われた、と。
――ごめんな。まだ確実にお前が死んだとわかったわけじゃねぇのに……俺らは弱いんだ。弱いんだよ……。
この町を守るチームが必要だ、なんてのは方便だ。完全な嘘ではないが一番の真実でもない。自分達は結局、この町を守ることを言い訳にして怖いものから逃げているに過ぎないのである。もしかしたら――もしかしたらまだ、助けられる命があるかもしれないというのに。
「ジェイクー!」
はっとして、ジェイクは顔を上げた。いつからそこにいたのだろう。幼い少女が、手に余るほど大きな酒瓶を持って立っている。そのすぐ後ろには、にこにこ笑うキャベルの姿もあった。
「元気出して!これ、うちのとっておきだって、おじいちゃんがー!」
「え……」
「そいつぁ私からの奢りだ。盛大に空けてやってくれ!!」
さあ、と笑って肩を叩いてくる宿屋の主人。ジェイクは驚いた。ラベルに書いてある『マカベリー』の文字――この町の名産品で、それも一番高いワインではないか。こんなものをタダで貰うなんて、そんな。
「遠慮するこたない。悩んでるようだったから、はっきり言わせて貰うがな。この町の人間で、レッドスパイクに感謝してない奴なんかいないんだよ。実力がない?何年もこの町に貢献して、この町を守ってくれてるチームが何弱気なこと言ってるんだ。いいじゃないか、巨大なドラゴンやらなんやらが倒せなくたって。そんな力なくたって……私たちのヒーローは、お前さん達なんだよ」
だからさ、とキャベルは孫娘の肩を引き寄せて言うのである。
「適材適所ってものはある。確かにいなくなっちまった奴らのことは心配だ。助けてやりたい気持ちはある。それでもな。無理をして助けに行って死ぬのが勇気かっていうとそんなことはないだろう?お前さん達はお前さん達らしくやってればいい。国にちゃんと救援要請は出してる。いずれ強い冒険者か、強い憲兵が来てなんとかしてくれる。それが出来る奴らに仕事を任せるのは、逃げでもなんでもないと私は思うがね。なあリティ?」
「うん!ジェイク達、すっごく頑張ってると思う!」
リティにまで言われてしまってはどうしようもない。優しい男とその孫娘に、思わず涙さえ浮かびそうになるジェイクである。そんな自分をからかう仲間達もみんな目頭を押さえたりこすったりしているのでバレバレだ。
ああ、自分は本当に――良い出会いに恵まれた。
「ありがとう。……じゃあ、お言葉に甘えて頂くか!作戦会議は後回し!」
「いいのかよーリーダー!」
「いいんだよ、酒が優先だっ!」
皆が豪快に笑い、今日も明るく夜は更けていく――そのはずだった。
ドオオオオオオオン!!
凄まじい轟音が、地面を揺らすまでは。
「な、何だ……!?何が起きた!?」
すんでのところで瓶を受けとり抱え込んだので、ワインが割れることはなかったが。さっきまで自分達が使っていたグラスが倒れ、飾られていた花瓶と一緒に机から滑りおいて割れていった。大きな音と衝撃に、リティが悲鳴を上げて踞る。孫娘が怪我をしないように、キャベルは必死で娘の身体を抱き抱えた。
「お、俺!見てきます!」
仲間の一人が慌てて宿の外に飛び出していった。同時に、上の階からバタバタと駆け降りてくる足音がする。
「い、今すごい音が……!」
「二階の窓から見た。町の東の端に、何か大きな影が見えたんだが……あれは一体何なのだ!?」
「ショーン!クオリア!!」
チーム『ファイナルヘブン』の二人である。そういえば二階で彼らは待機していたのだっけ、とジェイクは思い出した。
「クオリア、何て言った?大きな影だと?モンスターか?」
さっきの言葉の意味を問いただす。クオリアは渋い顔で、わからない、と首を振った。
「二階からでは真っ黒な影にしか見えなかった。距離がまだ遠いんだ。ただ、仮にあれがモンスターだとすると相当なサイズになる、それこそ……」
「た、大変ですジェイクさん!」
飛び出していったばかりの仲間が戻ってきて、クオリアの言葉を遮った。長年共に戦い、チームの中では熱血漢に分類されるはずの彼は――血の気の引いた顔で、叫んだのである。
「逃げてきた人が言ってます!竜が……水の守護竜が襲ってきたって!!」