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<第二十二話・天然馬鹿とツッコミ少年>

 レッドスパイクの面々から話は聞けた。ショーン達の収集してきた情報とまとめて、後で作戦会議が必要だろう。あとは――と、クオリアはちょいちょいとテリスを手招きした。

 普段の彼が、明朗快活なある種非常に少年らしい少年であることはなんとなくわかっている。自分と一緒にいる時の、この憮然とした態度が珍しいのだろうなということも。


「部屋は二部屋取ってある。今ならどっちの部屋にも誰もいない。少し話をしないか?」


 そうクオリアが告げた時の、どこか気まずそうな態度も同じく。彼はベビー・ドラゴンを倒し、自分達五人のチームを命じられた時からこうだった。クオリアに対して、明らかに他の三人よりもよそよそしいのである。まあ一番の年長者であるし、どうやら自分だけが貴族の出身らしいとも聞く。ならばそこで、気後れするものがあるのも仕方のないことではあるだろう。

 実際、テリスは戦闘訓練において、クオリアと組んでも私情を持ち込む様子はなかった。少し動きがぎこちないところはあったが、戦闘に慣れていない初心者白魔導士だと考えれば別段おかしなことではない。そのぎこちなさは、他のメンバーと組んでもさほど変わらなかったから尚更である。

 ただ冒険者において、戦闘だけが仕事かというとそんなことはないわけで。

 普段の私生活において、こうまで壁を作られてしまうのは――正直言って不便だとしか言いようがない。出来れば解消しておきたいことだった。それはクオリア自身がリーダーであるということもそうだが、純粋にこの少年のこと自体はけして嫌いなタイプではなかったというのもある。

 つまり簡単に言ってしまうと。こうもあからさまな態度を取られるのは――自分としても、少々寂しいものがあるのだ。なんとかできるのなら、なんとかしてしまいたい。そして。


「……別に、いいけど」


 あっさり応じたあたり、テリスの方もわかっている。駆け出しの冒険者パーティ。だからこそ、少しの皹が後々致命傷になりかねないということを。


――こういう時、どうやって話すのがいいのだろうか。


 さて、ここで最大の問題は――はっきり言ってクオリア自身、コミュニケーション能力が高い方ではない、ということである。

 何故だかそれでもアカデミアで苦労しなかったのは、自分の周囲に人がやたらと多かったからとでも言えばいいのか。そしてクラスメイト達はどうにも、男女問わず空気が読め過ぎるほど読める面子が揃っていた。クオリアが何かに困って、誰かに尋ねようと思った次の瞬間には何故かみんなが殺到してきて「困ったことがあるの!?なんでも聞いて!」と言ってきたのである。理由はわからない。他のクラスの生徒にそれとなく尋ねてみたところ、「そりゃお前のクラスはそのままお前のファンクラブと化してるからだろ」と謎の答えを返された。

 わけがわからない。こんな愛想のない人間になんでそんなものができるのだろうか。確かに魔法関連の成績は良かったが、それだけである。

 冒険者となり、しかもリーダーとして任命されてしまった以上はそういうわけにもいかない。自分が率先して、皆のため情報収集できるようになっていかなければ。今までのように誰かに会話スキルを頼っているわけにはいかないのだ。


――そう、だから。不協和音の原因があるなら、自分でどうにかしなければと……そう思うのだが。


 部屋に来て、テリス椅子に座ってもらったはいいが、そこからどうするべきかがわからない。

 とりあえず、わかっていることはひとつある。自分は腹芸が苦手だ。嘘をつくのも極端に下手である。ならばもう、正直に思ったことを尋ねる他あるまい。


「えっと、テリス」

「なに?」

「……私はテリスに嫌われているんだろうか?」


 ものすごくド直球を行ったのはわかる。テリスも固まっている。が、ここで引くわけにはいかない。ただでさえ進まない話がますます進まなくなってしまう。


「私は嘘が得意じゃないから、正直に言うんだが。……どうにも、昔から人の気持ちに対して鈍いみたいでな。なんとなく嫌われてるんじゃないか、と思うことはあっても、その原因がまるでわからなかったりするというか。アカデミアのクラスでは何故か私が困ると助けてくれる者が多かったものだから、そういう苦労もあまりなかったんだけれど……」


 えっと、つまり。

 こういう時に言うべき言葉は。


「もし、私が鈍いばかりに……知らないうちに君を傷つけてしまったんだとしたら謝罪しなくてはならないと思うし、私に問題があるなら直したいと思う。だからできれば、それを口に出して指摘してくれると有り難い。……正直その、私の生まれのことだとか、そういう今からどうこうできないことだった場合は……どうすればいいのかわからないんだけども。このままギスギスしていては士気に関わるし、それに」


 こういう時に思うのは。自分は結構馬鹿なんじゃないかと。

 結局どう遠回しにしたところで、ストレートしか投げ込めないのである。


「私は君のことは結構好きだし、嫌われたくない。嫌われているのは悲しい。だから、なんとかしたいんだ」


 そこまで言って、言ったクオリアの方が驚く羽目になった。なんといっても、テリスの方がぽかーん、と目を丸くしてこちらを見ているものだから。

 ああやっぱり、自分の言い方は何かまずかったに違いない。どうすればいいんだこれは。急激に恥ずかしくなり、クオリアは今すぐこの場を逃げ出したくなってしまう。自分はなんだ。告白でもしに来た乙女か!

 というか、台詞がもう完全に誤解されそうではないかと言ってしまった後で気付くのだからどうしようもない。


「あー……あの、その……」


 しかし、どうやらテリスが驚いたのは、クオリアが言った言葉のこっ恥ずかしさゆえではなかったようだ。


「俺のこと……嫌いじゃない、ん、スか?」

「敬語は要らないと言ったはずだが」

「あ、いやその、すんません。……だってさ。俺……何かされたわけでもないのに、あんたに冷たい態度取ってたし。まがりなりにも先輩で、チームのリーダーなのに。すっごいムカつく後輩じゃねーかと思うんだけど……」


 わけがわからないのはこっちだ。どうしてそんな考えになるのだ。


「それは、私が無意識に、君が不快に思うようなことをしてしまったからではないのか?」


 テリスが、理由もなく誰かを嫌う人間でないことはわかっている。なら、非があるのは間違いなく自分の方なのだ、とクオリアは全く疑っていなかったのだった。ただ、その原因に殆ど心当たりがなかっただけで。


「思い付くのは……私が無意識に貴族として、傲慢な態度を君に取ってしまっていたから……くらいなのだが。自分の言った言動を思い返しても、どれがそれに該当するかわからなくて。だから、君に直接聞いてしまうしかないかと思ったのだけれど……」

「あー違う!それ、違うから!」

「違うとは?」

「あ、いや、その……確かに、あんたが伯爵家の出身だってんで、差別意識持っちまってたのは否定しないよ。でもそれは、それこそあんた自身が悪い訳じゃないし……つか、一番の理由は他にあるっつーか。でもそれもあんたのせいじゃないっつーか……」


 こんな時に不謹慎かもしれないが、くるくる変わるテリスの表情は見ていて飽きないものがある。カサンドラがこっそり、「スロットゲームみたいですよね、どっかにスイッチあるんじゃないでしょうか」なんてことを言っていたのは内緒だが。


「……人をさ。本人のせいでもなんでもないことで嫌うのって、人として最低だと思うんだよな。勿論種族とか宗教とか、そういうので恨み辛みある場合はどうしようもないこともあるけど。貴族だから、とか。種族だとか、性別だとか……そういうので嫌われたって、どうしようもないだろ。変えようがないんだし。そんなことで冷たい態度取って八つ当たりみたいなことする奴なんて最低じゃねーか。なんであんた、俺のこと恨んだりしないんだ。自分が悪いに違いないってそう思うんだよ……」


 呻くようにそう問われてしまうと、クオリアも答えに詰まってしまう。確かに、本人にはどうしようもないことで嫌われるのは辛いものがある。長年民族同士でいがみ合っていて、その民族がお互いを憎みあってしまう――なんて場合は、そうそう綺麗事を押し付けられないが。

 生まれもった髪の色や目の色、身分だけで人の価値を決めつけるのはナンセンスだろう。それはクオリアだって思うことだ。自分は貴族の身分であったけれど、だから民衆を無産階級などと貶める連中にはけして賛同できないし、したいとも思わない。自分の知っている人間がそういう差別を行う存在だとすれば、悲しいとも思うし諌めることもするだろう。

 でも。


「……私は、元々そう人に好かれるような人間じゃない」

「は?」

「貴族だが、元々は養子だ。孤児院から今の家に貰われてきたらしい。その孤児院がなかなか酷いところで、子供が望めなかった父上が私を不憫に思って引き取ってくれたらしいが……そもそもその頃の記憶が私にはないので、詳しいことはわからない。ただ、貴族というものは貴族の血を非常に重んじるものらしくてな。汚れた血の子、正統な後継ぎではない養子の子供だと幼い頃は散々苛められたし、侍女達とも折り合いが悪かったんだ。何でお前のような価値のない子供が貴族になれたんだ、何でお前なんだと陰口ばかり叩かれていた。……今は少し考え方が寛容になったが、当時は養子を取るのは本当に最終手段という考え方だったらしくてな。社交界では、正統な血筋を産めない主人もその妻も非常に蔑まれたんだそうだ。お陰で両親には苦労をかけたし…私もそんな自分が大嫌いだった。自分は嫌われて当然、誰からも好かれなくて当然と思っていた」


 不幸自慢をしたいわけではなかった。ただクオリアが言いたかったのは――自分は貴族の家の子でも、けして“貴族の選ばれた血筋の子”ではなかったということである。


「何か良くないことが起きた時……他人を恨んでも、不運を呪っても、何も解決しないと思った。『私が悪い。だから努力してその悪いところを直すしかない。』いつもそう思ってきたんだ。そうして考えれば、自分の短所なんて嫌でも見えてくるだろう?コミュ障だとか、話下手だとか、嘘が下手だとか、マイペースすぎるとか、何もないところで転ぶだとか……人の気持ちに鈍いだとか。そして、君は見事に私と真逆なんだ。良いところしか見つからない。明るくて元気で、いつもみんなに気を使えて、優しくて…何事にも一生懸命で、何より勇敢だ。そう比較すると、やはり私に何か非があったとしか思えなくてだな……」

「あーうー……」


 おかしい。なんでテリスは机に突っ伏してしまったんだろう。なんというか、何故そんな悔しそうな声を出して固まってしまうのか。


「わかった。俺なんとなくワカリマシタ、あんたがどういう人なのか。……あのさ。確かに人や不運を恨んでも解決しないことは多いだろうさ。でも、だからって世の中で起きる悪いこと全部、あんたのせいなんてわけがあるかよ。あんたが何も悪くなくても、良くないことなんていくらでも起きるんだ。世界の危機なんてまさにそれだろ?」


 がばり、と顔を上げて少年は言う。


「だから時には、誰かを恨んだり嫌ったりしても全然いいわけ。今回なんて明らかに悪いの俺だから。俺のこと嫌いだと思ってもいいわけ、おわかり?」

「嫌いになる要素がない。むしろ私は君のことが好きだぞ?」

「だぁぁ!もう、なんでそんなこっ恥ずかしい言葉言えちゃうかなあ……!そんなんだからあんたのクラスがあんたのファンクラブになっちゃうんだよわかります!?」

「わからない」

「だろうね!!」


 なんだろう、ものすごく馬鹿にされた気がする。ここは怒るべきなんだろうか、とクオリアは真剣に悩む。


「……気にしなくていいよ。あんたに対していろいろ思うことはあったけど……貴族つっても、あんたも苦労してきたみたいだし。なんか、妬んだ俺は本当に……みっともなかったって思うしさ。……いろいろ納得したから、大丈夫。ただ、一個だけ教えてくれよ」


 あのさ、と少しだけ真剣な顔になってテリスは言う。


「カサンドラのこと、どう思ってんの?あいつがあんたのことすげー慕ってるのはなんとなく気づいてるよな?」

「ああ、確かに……どうしてだろうか。彼女とはベビー・ドラゴンを退治した時に初めて話したはずなんだけれど……」


 それはちょっとクオリアも不思議に思っていたことだ。ベタベタされるようなことはない。クラスメート達ともなんとなく違う。ただ、戦闘中もそうでない時もいつも気にされているような気はするのだ。心配されているというか――まるで保護されているかのような。こちらの方が年上だというのに。

 そしてその有り様が、なんとなく。


「妹が出来たみたいで、微笑ましいなとは思う。ショーンも弟みたいで、一気に兄弟が増えた気分で少し楽しいな。仲間にこんなことを思うのは失礼かもしれないが」


 おい、ちょっと待て。真剣に考えて答えたのに――何故にテリスの目は点になっているのだろうか。


「あ、うん……そう。なんか……わかったわ…」


 やっぱり自分は、怒ってもいいのかもしれない。

 腑に落ちないテリスの態度を前に、クオリアはそう思ったのだった。

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