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<第二十一話・龍従えし神>

 旅立ってから数日。それでも、存外得られた情報は多い。

 町外れの丘に立ち、カサンドラは一人精神を集中させた。町の外に出てしまっているため、モンスターが出没する可能性のある場所。しかし、走れば町に駆け込むことも不可能ではない場所である。一人で召喚魔法を使うには丁度いいと判断したのだった。砂漠の中の町と言えど、町はオアシスに隣接するように作られている。少女として平均的な身長のカサンドラを覆い隠してくれるくらいの木々は繁っていた。


――多分……クオリアは怪しんでいる。クライクスも。この旅には……明らかに裏があるということ。


「“天から下りし神に支える、大いなる使徒よ……”」


 召喚魔法を使う際、己の精神を集中させるためスペルを唱えることは必須である。

 基本的には使う魔法が大きければ大きいほどスペルも長くなり負担も大きくなる。召喚魔法の類いなどまさにそうだろう。通常の魔法よりも大きな威力が期待できる分、詠唱には時間がかかるしそもそものスペルも重くなる。よって、戦闘中に召喚を使いたいと思ったなら、少しでもスピードを早くするための訓練と――周囲のフォローが必要不可欠となってくるのだ。


「“大地を統べる、砕きの夢の守護者よ……”」


 まだカサンドラは、竜騎士として半人前である。正確には自身の戦闘能力ならそれなりなのだが――この世界のドラゴンを召喚する魔法に関しては、習いたての完全なる初心者だ。なんせ、カサンドラがかつてカレンだった時代は、竜騎士のドラゴンは召喚して使役するものではなかったからである。異次元から呼び出すのではなく、馬や羊と同じように飼われていたのだ。このような召喚魔法として扱うのは完全に初の試みなのである。

 まだまだ力が足らない。もっと素早く、強く魔力を練り上げなければ――カサンドラは声を張り上げる。


「“今こそ我らが星の下、愚者へと最後の怒りを示さん……!召喚・大地の守護竜……ガイア・マスター・ドラゴン”!!」


 ごうっ!と大きな地鳴りがした。カサンドラが力をこめて大地に掌を押しつ当てた瞬間、そこを中心に魔方陣が展開され――砂嵐が吹き荒れる。そして嵐の中から力強くドラゴンが飛び立ち――やがてカサンドラの前に降り立った。

 凄まじい衝撃と突風が、カサンドラのマントや髪をはためかせる。


『ほう、久しいな……カサンドラよ。といっても、僅か半月ぶりか……。戦いになかなか呼んで貰えず、少々寂しさを覚えていたところよ……』

「それは大変失礼致しました、ガイア様。悲しいかな、まだ未熟者なので……召喚魔法を扱いきれていないのです」

『良いわ。それをわかった上で、そなたを守護すると決めたのもこちらの意思……。さて、見たところ今は戦闘中ではないようだが……?何故、大きく魔力を負担するとわかった上で私を呼び出したのか、聞かせては貰えぬか?』


 相変わらず美しい竜だ。岩のように固い甲殻を持ちながら、その翼は砂を浴びてなおキラキラと星屑を浴びたように輝いている。ライトブラウンと称される色合いだが、どちらかというとカサンドラには夕焼けの色に思えてならなかった。明るい日差しではない。少し陰りを帯びた、焼けて沈む日の色だ。

 力が強い者ほど、美しい外見を持つ者が多い――それはどの世界でもさほど変わらぬ法則であるらしい。クオリアしかり、このドラゴン然り。


「……守護竜様。貴方にどうしてもお聞きしたいことがあり、戦いの場でないにも関わらずお呼びさせていただきました」


 自分は召喚主だ。しかし、だからといってこの偉大な竜よりも偉い存在には成り得ない。己はあくまで、守護竜に加護と権利を“頂いている”だけの普通の人間であることを忘れてはならないのだ――と、カサンドラはしっかりと理解していた。


「お聞きしたいことは。ガーネット神と、皆様の関係……そして、この世界について皆様が何をご存知なのか、についてです」

『ほう。随分と正直に切り込んできたな』

「大変無礼を申し上げているのは承知しております。しかし、我々も命懸けゆえ、ご理解頂きたいと思うのです。勿論、ガイア様が語れる範疇のことで構いません。何卒、世界を救うため、ご協力頂けませんでしょうか?」


 膝を折り、丁寧に頭を下げた。竜騎士資格を得るための最大の障害は、この守護竜達の癖が強すぎる性格のせいとされている。少しでも彼らの機嫌を損ねれば即不合格。竜騎士ジョブの課程を終了した竜騎士候補生はすべての守護竜との面会のチャンスを与えられるが――すべての守護竜に“お前嫌いだから!加護なんてあげないもんね!”とフラれるケースは、残念ながら少なくないのである。

 この大地の守護竜も、当然気難しいうちの一体だった。保守的で慎重、生真面目で礼儀を重んじる。故にカサンドラは、けしてこのドラゴンを相手に尊大な態度を取ってはならないと知っていた。旅の途中で加護を解かれるなんてことにでもなれば、目も当てられないからである。


『……ふ、まあいずれ訊かれることとは思っていた。良いだろう。おぬしに語れることであれば語ろうぞ。我々も神の僕ゆえ、全てを話すことはできんがな……』


 その言葉に、カサンドラは少し眉を潜めた。今のガイア・マスター・ドラゴンの言葉はまるで。自分が、カサンドラに語っては神の不都合になるようなことを知っている――とでも言うような口ぶりではないか。


『この島が、元々ガーネット神が統べる聖域であった……というのはお前も知っていることだろう。そこにお前達の先祖、大陸から渡ってきたカナシダ一族がやって来て、この聖域の統治を任された、と。そこまでは知っているな?』

「はい。教科書でも勉強しましたし、神話としても有名ですから」

『我々八体の守護竜は、元々この島にいた存在ではない。そして、我々もガーネット神の真の正体は知らんのだ。何故ならば……島を支配していた我らが神が、ある時異次元を棲み家としていた我らを召喚し、配下に置いたのだからな』

「なんですって?」

『意外だったか?我らさえ、神の姿をはっきりと見たことは殆どない。神はいつも、大いなる闇の向こうから気紛れに我らを呼びつけるだけに過ぎないのだから。我々も世界が違えば神と呼ばれることもあった存在。得体の知れぬ相手に強引に呼びつけられ、支配下に置かれるなど論外。しかし……ガーネット神の力は、我々八体の力を合わせても抵抗できぬほど強大なものであったのだ。我らが大人しく軍門に下るもやむなしと思ったほどにはな……』


 思わずごくり、と唾を飲み込むカサンドラ。目の前のこの――ガイア・マスター・ドラゴン、しかもその本体ではなく分霊に過ぎない存在でさえ、計り知れないパワーを感じるというのに。その神と呼ぶべき存在は、どれほど恐ろしい力を持っているというのだろう。このドラゴン一体だけでこれほどの威圧感を感じるのに、八体全てが力を合わせても勝てないほどの強さとなると――ああ、想像もつかない。


『我々は神のあまりの力に折伏され、そしてこの島の領地をそれぞれ分け与えられ、見守る役目を受けた存在に過ぎぬ。矮小な人間達からすれば、神の使徒でしかない我らの力も充分脅威に感じるのだろうがな……』


 そこまで話を聞いて――カサンドラは、違和感を感じた。ゆえに。


「あなた方と、ガーネット神の関係は良く分かりました。ですが……どうしても腑に落ちない点があります」


 ストレートに、疑問を投げ掛けることにする。


「それほどまでにガーネット神の力が強いのなら……何故、その力が僅か数十年程度の周期で弱まるのです?ガーネット神の加護の力が弱くなると、天変地異が起こり、モンスター達の生態系が乱れ、この島ごと崩壊してしまう危機を秘めていると伺いました。あなた方全員を従えるほどの力を持った存在にしては……少々奇妙に感じます」


 それから、とカサンドラは続ける。


「モンスターの暴走がその予兆……というのも気になるのです」

『ほう?と、いうと?』

「今日、私達が退治したテオウルフ。彼らの生態についても詳しく調べました。テオウルフは本来、ヒデナイトの森を縄張りにしています。特に、森の中の湖の周辺を領域にしていて、自分達の縄張りに踏み込んできた獲物を待ち伏せして狩るのが主な習性。湖は……私たちの目指す古城の近く。つまり、ヒデナイトの森のかなり奥地の方ということになります。彼らは本来、その縄張りから出てくるはずがないんです。ましてや、トリフェーン砂漠に至るには異変が起きているとされているクンツァイト山脈を越えてこないといけない。そして、トリフェーンの砂漠の風は…乾燥に弱く、一定以上の湿度がないと動けなくなるテオウルフにとっては天敵と言わざるをえません。砂漠まで出てくるのは、本来百害あって一利なしなんです」


 ショーンが再度調査記録を取り寄せて調べてくれたから間違いない。仮に森に異変が起きて、獲物が少なくなるような事態が起きたのだとしても――彼らが南下してくる可能性はほぼ皆無だといっていい。それなら、北に広がる湿地帯に向かう方が余程安全である。


「ですが、倒す際に注意深く観察したところ……彼らは錯乱している様子ではなかった。混乱して、無理矢理追いたてられて山を登ってきたから砂漠にいた……というわけではなさそうでした。これは何を意味するのでしょう?加護が弱くなったから彼らに異変が起きた?異変とは一体?どちらかというと私には…テオウルフ達が何者かに命じられるか、強制的に砂漠まで運ばれた……まるで人災に近いもののように思えてなりませんでした」


 何か、危機が迫っているのは間違いないだろう。

 しかし神の加護がなくなったせいでの異変というには――少々起きている出来事に違和感があるのだ。


「アナスタシア女王の物言いも気にかかります。クリスタルについても、英雄についても、儀式についても……殆どその詳細を語って下さらなかった。ひょっとしたら、語れない事情があったのかもしれない……と、そう勘ぐってしまいたくもなるのですけどね」


 自分達を英雄候補と呼ぶなら、英雄として選ばれる条件についても語ってくれていいものを。

 それに、どうせなら他の冒険者達にも協力を要請して、ともにクリスタルを目指してもらった方が効率がいい気がするのだが。何故此処まで頑なに箝口令を敷くのか。英雄候補は、あくまで候補でしかない。自分達五人の中から一人も英雄が現れない可能性だってある。むしろ、戦闘能力や経験、度胸でそれが決まるというのなら――歴戦の冒険者達に事実を周知して、候補者を増やしていった方がずっと効率がいいだろうに。


「アナスタシア女王も……あなた方も。まだ何か、とてつもない秘密を抱えて……見えない刃を隠し持っているように思えてなりません。……一体何を、秘密にしてらっしゃるのですか?」


 カサンドラの問いに、守護竜は沈黙で答えた。何も言わないつもりなのか、それとも考えあぐねているのか。返答を、カサンドラは根気強く待った。待つのは慣れている。自分の戦いはずっと、あの人を探し、待ち続ける戦いでもあったのだから。


『……カサンドラ・ノーチェス。お前が此処にいるのは、偶然ではない』


 バサリ、とドラゴンは翼を広げて見せる。


『何故なら、我ら守護竜は知っているからだ。お前が……“転生者”であるということを』

「!」

『お前を呼んだのは我々ではない。しかしきっと、お前が呼ばれたのは必然であったのだろう。……この世界にも変わる時が来ているのだ。我らは、変わらねばならぬ。お前ならば必ずや、愛するものを守るために変革を齎してくれることだろう。そう、きっと………して……』


 突然、その姿が煙のようにぶれ、消えてしまった。ああ、とカサンドラはどっと疲れを感じて座り込む。なんてタイミングだろう。あと少しのところだったのに、召喚魔法の持続時間が消れてしまった。カサンドラの魔力が限界に来たために、ガイア・マスター・ドラゴンの分霊を強制送還せざるをえなかったのだろう。


――最後……ノイズ混じりだったけれど、確かに聞こえた。ガイア様……それは、一体どういうことなんだ……!?


 カサンドラは混乱する。

 ガイア・マスター・ドラゴンは確かに、自分に告げたのだ。




『お前ならば……必ずや、愛するものを守るために変革を齎してくれることだろう。そう、きっと……ガーネット神を倒して 』




 と。

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