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<第二十話・ジェイクの警告>

 情報収集、しかもそれが比較的安全とわかっている街中であるならば、パーティ全員で動かなければならないということもないだろう。

 ひとまずクオリアとテリスは『レッドスパイク』の面々から聞き込み。ショーンとクライクスが街中で聞き込みを行うことになった。聞き込み、といっても何も自分達は憲兵でもなければ町の自警団のメンバーでもない。ここ最近の異変についての少しばかりの調査と、より安全な道を行くための情報収集を行うだけである。また、少なくなってきた傷薬を買い足す必要もあった。駆け出しの冒険者パーティによくある最初の問題が、薬や道具が枯渇しやすいということである。なんていっても、怪我をすることが少なくないのだから。

 ちなみにカサンドラはというと、少しばかり一人でやりたいことがあるとのことで仲間達から離れていた。なんでも、守護竜に話を聞いてみたいらしい。つまり、ガイア・マスター・ドラゴンの召喚魔法を使いたいということだ。

 なるほど、街中で使うには少々不便があるだろう。分霊とはいえ、地の守護竜を呼び出す魔法である。そもそもサイズか半端なく大きい。ベビー・ドラゴンでさえ3メートル級の体躯があったのを、地の守護竜ともなればその倍以上のサイズになるのだ。


――何か、有力な情報が聞き出せればいいが。


 クオリアは特に、自分が信心深い人間だとは思っていない。この国には王族を、それそのものが神であるかのごとく崇める人間も少なくないが、少なくともクオリアはそうではない。しかし、だからといってこの国や王に取り立てて不満があったわけではなく(貴族制度に関しては思うこともあったが)、言うなれば「なんとなく偉いひとだから敬っておこう」くらいの一般的な認識の持ち主であったりする。

 大多数の庶民がそんなものなのだろう。ガーネット神と守護竜の伝説は誰もが聞き及んでいる。しかし、それを実感する機会があまりにも少ないのだ。冒険者になり、町の外の危険な区域に積極的に出ていかなければ、モンスターにさえ遭遇することがない。

 ゆえに、多くの民は。自分達の生活がモンスターに脅かされているとは思わないし、神と竜に守られているという意識は限りなく薄いのだろう。輸送のために町の外に出ることはあっても、護衛や守護の紋章があればまず襲われるようなことにはならないのだから。

 この世界が壊れかけていることに、危機に直接瀕している者達以外はみんな気がついてはいない。クオリアだってまだ実感が沸いているかというと、そこまででもないのが実情だ。まだ、見かけるはずのないモンスターが出没した、というくらいしか実態を目撃していないのだから。


――だから、なのだろうか。女王陛下のお言葉に……違和感を覚えてしまうのは。


 アナスタシアはまだ、何かを隠しているのではないか。そんな気がしてならない。確かに、クリスタルを手にいれるため、それに触れることのできる英雄を見いださなければならず、自分達がその候補に選ばれたという話はわかる。一見すると筋が通っているような気もする。ただ。

 彼女は何故、儀式の内容を一切教えてくれなかったのか。そして、英雄が選ばれる基準についても不明のままだ。時が来ればクリスタルが教えてくれる、なんてことを言っていたが、それがいつどのように啓示されるのかもわからないのである。自分達五人のうち、誰も選ばれない可能性もある。逆に複数選ばれる可能性もあるのではないだろうか。誰も選ばれなかったら、彼女は一体どうするつもりなのだろう。次の手を既に考えているのか、それとも自分達の中から必ず英雄が見出だされると、そう確信してでもいるのだろうか。


――旅を続けていけば……その答えも見えてくるのだろうか……?


 気になることだらけだが、今は目の前の仕事に集中しなければならない。自分と組まされたテリスがやや不満げだったのも気になるがそれもそれ、後回しだ。まずはチーム『レッドスパイク』から話を聞かなければ。


「よ。お前らが『ファイナルヘブン』か。噂は聞いてるよ。女王陛下直々の飛び級合格なんだって?」


 ジェイク・ローデンは非常に陽気で豪快な男だった。剣士を選ぶ人間は実直な者も多いが、反面粗野で粗暴な者も少なくないと聞いている。自分の腕力や身体能力に自信があり、かつ魔法よりは剣だと考える人間の多くが選ぶのが剣士か格闘家モンクであるからだ。

 しかし幸いにして、彼はそういった類いの者ではないらしかった。短く刈り込んだ茶髪に日焼けした肌。海にでもいそうな兄貴肌の青年である。笑顔が実に眩しい。若手の自分達のことも見下す様子なく、快く話を聞かせてくれた。


「みんなびっくりしてるよ。五十年くらい昔にさ、そういうチームがひとつあったらしいんだけど……それ以来じゃねって話。よほど素質が認められたんだなぁ」

「そういうわけではないと思いますが……」


 民衆を混乱させたくないので、けしてクリスタルと世界の危機に関しては口外しないように、と女王には言われていた。至極尤もな意見なので、クオリアも適当にお茶を濁しておくことにする。

 自分達は別に、そこまで才能があったわけではない。ただたまたまその場所に居合わせて、ちょっと血の気が多かっただけなんだ、とは言いたくても言えないことだ。


「五十年くらい前……」


 ふと、何かに気付きたようにテリスが口を開く。


「俺ら以前にも飛び級して冒険者になった奴等が……って。それ、どんなチームだったんだ?」

「……!」

「お?気になる?気になるかあ?」


 そうだ。アナスタシアは、世界の危機は繰り返されているといっていた。そのたびに英雄を選出し、クリスタルでガーネット神の力を補強する儀式を繰り返してきたのだとすれば。

 その飛び級で冒険者になったというメンバーは、前回の英雄候補であった可能性が高いのではなかろうか。


「俺も詳しくは知らねーんだけどさ。前の代の王様……アナスタシア様のお父上が直々にアカデミアの学生から選出したらしいぜ。五人中、三人が高等部の二年生以下。一人はまだ中等部の学生だったってんだから驚きだ。そのチームは王様直々に雇われて、特別な任務を授かってたんじゃないかって噂があったんだけど……お前らもひょっとしてそうだったりする?」


 人の噂や想像力は、存外馬鹿にならないらしい。適当にクオリアは、ご想像にお任せしますよ、とだけ言って流すことにする。こういう時、ミステリアスだのなんだのと言われる自分の空気が存外役に立っているような気がする。


「まあ、それはいいや。……どんなチームだったか……うーん、それがよくわかんねーんだよなあ。お前らなんか知ってるか?」

「おいおいジェイク、お前が知らん話を俺らが知ってるわけないだろー」

「それそれ」

「確か、結成されたはいいけど……半年くらいですぐ解散になったんじゃなかったっけ?理由はわからんけど」

「解散になった……?」


 雲行きが怪しくなってきた。ジェイクとその仲間達がわいわい喋るのを聞きながら、クオリアは考える。

 チームが解散になる理由は主に三つだろう。一つは不仲による解散。一つがメンバーの引退による解散。そして――メンバーの死亡による解散、である。

 まだ年若いメンバーばかりだったはず。再起不能な怪我でもしなければ、引退による解散はそうそうないはずだ。不仲になった可能性は否定できないが、しかし、王直々に任命されたチームである。多少の不仲程度で解散になるとは到底思えないのだが――。


「その件は悪いけど、俺達もそれ以上のことは詳しく知らねーや。確かチームの名前は……なんだったかな。気になるなら、旅のなかで出会った他の冒険者どもにも声かけて見ろよ。ベテランなら何か知ってたりするかもだぜ」


 そんでな、とジェイクが続ける。


「お前さん達、この町を出たら何処に行こうとしてんだ?砂漠を越えるのか?」

「え?……はい、まあ……そうですね。トリフェーン砂漠を越えて、クンツァイトの山脈を越えていくつもりです。その後ヒデナイトの森に」

「なるほどなぁ。まああの森は資源の山だしなあ。珍しいキノコとか大量に生えてるし……俺らも以前はよくあそこまで行ってたもんだよ。ゲッコウベニダケとか知ってるか?あれは幻の珍味って言われて、お貴族様達に高ーく売れるんだよなあ。この町からもよく依頼が出てさ。俺らもよく取りに行って……これがいい稼ぎになったんだけども……」


 クオリアは眉を潜める。ジェイクの語り口が、完全に過去形だったからだ。


「今は行ってない……ってこと?」


 同じことにテリスも気づいたのだろう。彼の問いに、ジェイクはその逞しい肩を竦めて見せた。


「行ってない。つーか、行けない。クンツァイトの洞窟で完全に足止め食らってる状態」

「山に何か危険なものがある……と?」

「まあそうだな。……クンツァイトの山は規模がデカいが、俺らが普段使うような洞窟や地下道なんてものは、先人達が何度も使ってしっかり整備してくれるようなシロモノだ。けして危ないもんでもないし……落盤事故の危険も殆どないと言っていい。が……出口近くにおかしなモノが、いる。そのおかげで、森の方に抜けられない」

「おかしなモノ……?」

「文字通りさ。正体不明だ。何があるのか俺らも知らねえ。確かなのはひとつ」


 ぐいっ、と青年は豪快に酒瓶を煽った。


「洞窟の奥まで入った連中が誰も帰ってこねえ。途中までで引き返した奴等は無事だったが……森まで抜けようとすると行方不明になる。……正確には一人だけ帰ってきたが、そいつは完全に正気を失っていやがった。実質全滅だ。そのチームは……俺らと同期で冒険者になった、ライバルみたいなチームだったんだけどな……」


 剛毅な青年の声に、寂しさとも悔しさともつかぬ感情が混じった。クオリアは何も言えなくなる。――友人達と同じ轍は踏んでくれるなと、青年は自分達にそう警告してくれているのだ。


「あいつらも、この町を拠点にしててな。一緒に町の依頼をこなしてたりしたんだ。練度は申し分ないし、リーダーのメフィアは俺よりずっと冷静な奴だった。そう簡単に罠に嵌まったり、モンスターにやられるとは思えないんだけどな……」

「……すみません、辛いことを思い出させました」

「いや、いいって。この町には、駐在するチームが一つは必要なんだ。町の依頼をこなしてくれる冒険者がいないと収入が減るしな。基本的にありえねーとは言われてるが、モンスターの襲来だってないとは言い切れない。ここにゃ、ダイヤシティみたいに憲兵は駐在してないし、自警団も小さなもんだしな。俺らみたいな下級チームだって、いるだけでも役に立つってわかってんだ。だから……どんだけダチのことが気掛かりでも、俺らが無茶しにいくわけにはいかないんだよ。でもって……お前らにも同じ目に遭って欲しくない。わかるよな?」

「……ええ」

「よし。兄ちゃんが顔だけじゃなくて頭もいいみたいで助かるぜ」


 ほら、とジェイクは地図を広げて見せてくれる。自分達の現在地であるマカライトタウン。トリフェーン砂漠に――クンツァイトの山脈、そして洞窟を指差して彼は告げる。


「洞窟は此処。まっすぐ北に向かえばでかい穴倉が見えるからすぐわかるとは思う。どうしても森に行きたいなら、迂回して山を登るしかねえが……道は相当厳しいし、モンスターもかなり強い。俺らが越えるのを諦めた時点でなんとなく察してくれ。……それでも、洞窟を行くよりはマシだと思うぜ。なんていっても、洞窟で消えたのはメフィア達だけじゃない。勇敢な町の人間や、憲兵まで消えてるって話だ。先輩のアドバイスは聞いとけよ。俺の勘が言ってるんだ……此処にはマジで、やばい何かが待ち受けてるってな……」

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