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<第十九話・マカライトタウン>

 さて、どうしたものか。クオリア・スカーレットは考えていた。先程の戦闘。まだ旅立って数日。殆どダメージを負うこともなく終えることができただけ上出来ではあったのだが――どうにも一部、うまく噛み合っていないように見受けられる。何が原因なのかはなんとなく想像がついていた。きっと、このまま放置しておいて良いことではないのだろう、ということも。

 自分達がチーム『ファイナルヘブン』として特例の冒険者資格を得てから一ヶ月あまり。ちなみに名前は、クライクスがいたという組織――詳しくは語られなかったが、身寄りのない彼はそこで面倒を見られているらしい――の名前である『ラストエデン』を言い換えたものになったのだった。深い意味はない。ぶっちゃけ、ネーミングセンスが壊滅している者ばかりで、一番マトモだったテリスの案を採用するしかなかったというのが正しい(特にカサンドラは酷かった。なぜチーム名を『ぷー太郎と愉快な仲間達』とかにしようと思えるのか、謎である。クオリアも人のことをどうこう言えるほどセンスがいいわけではなかったのだが)。

 ガーネット王国の首都、ダイヤモンドシティは殆ど島の南端にあると言って過言ではない。少し南に進むと海岸があり、島の外に出ることこそないものの島の外周をぐるりと輸送して回るための大きな港が存在している。生まれも育ちもダイヤモンドシティであるクオリアは、幼い頃何度かこの海に来て遊ばせて貰った記憶があった。といっても、殆ど水泳の訓練のようなもの、ではあったが。父がとても厳しい人だったのである。

 逆に北には、広大なトリフェーン砂漠が広がっており、随所にオアシスと共に小さな町が点在する形となっていた。砂漠の向こうにはクンツァイト山脈があり、その洞窟を抜けるとヒデナイトの森が広がっている。その、ヒデナイトの森の奥地にあるのが、自分達が目指す目的地――クリスタルの古城というわけだ。

 クリスタルの古城は、選ばれし者でなければ入っただけで呪われてしまうなんて都市伝説が囁かれる上、完全に廃墟なのでリスクはあってもリターンがないことから、通常の冒険者は殆ど近寄ることがない。が、ヒデナイトの森までは乗り込んでいく冒険者達もいる。森にはここでしか取れない薬草やキノコが数多く群生しており、それらを採集してくることで大きな利益を得ることができるからだ。実際、森の資源を取ってきてほしい、という依頼をだしてくる市町村は少なくない。小さな村であればあるほど、貴重な収入源であるのは間違いないからだろう。

 さて、そんな冒険者達の最初の難関というべきものが、このトリフェーン砂漠である。此処にしか現れない好戦的で強靭なモンスター達がおり、その上身を隠して進むのが難しいので遭遇したらまず交戦は免れられない。また、この時期のように大した日差しでもなくても砂の反射が馬鹿にならず、夏ともなれば暑さで即熱射病になってしまう。おまけに右を見ても左を見ても砂なのだ。地図が殆ど役に立たない。白魔導士のマッピングスキルと、必須アイテムの方位磁石をいかに使いこなすかが鍵となってくる。


「此処に立ち寄る冒険者さん達は多いんだけどね。……辿り着いた時には瀕死なんて人もいるし、辿り着くこともできないって新人さん達も結構いるんだそうだよ」


 砂漠の中に点在する町のひとつ――マラカイトタウン。自分達を快く迎えてくれたのは、キャベルという宿屋のご主人だった。こちとら駆け出しの冒険者。当然お金なんてさほど持ってはいない。格安で泊めてくれる宿があるのは本当に有り難いことだった。聞けば、この町に立ち寄る冒険者達が落としてくれるお金と、彼等が依頼で持ってきてくれる資源がこの町の生命線となっているらしい。


「この町のみんなが、冒険者を歓迎するのはそういうこったね。冒険者の方々にはみんな感謝してるよ。中にはマナーの悪い連中もいるって話だが……幸いというべきか、北を目指すような冒険者には堅実な人達が多い。とにかく一攫千金って連中は、ダイヤシティからまず東を目指すもんと相場が決まってるからなぁ」

「それもそうかもしれませんね。ダイヤシティから東には、呪われた大富豪……カーランド侯爵の私有地だった森が広がってますし。あそこ、埋蔵金が今でもざっくざくだって、夢見る冒険者は後を絶たないからなぁ……」

「ほう、坊やはよく知ってるようだな。感心感心」


 キャベルに頭を撫でられ、複雑そうな顔になるショーン。クオリアは思わず笑ってしまいそうになる。自分とさほど年は変わらないはずなのだが、どうにもショーンは端から見ると高等部相当の学生には見えないらしい。下手をすると――下手をしなくても中等部相当、酷いと初等部相当に見えるのだそうだ。ゆえに、子供扱いされることもザラにある。大人になったら絶対髭を伸ばしてやるんだから、と彼がぼやいて皆に爆笑されていたのは記憶に新しい。

 その、大人相応の立派な髭を生やしているキャベルは、髭のせいか年齢が非常に分かりにくい容貌である。落ち着いた声と目尻の皺からして、五十代から七十代といったところだとは思うのだが。

 また、そのキャベルのすぐ脇には、小さな女の子がひっついている。キャベルと同じ茶髪に、同じ水色の瞳の少女だ。まだ六歳かそこらだろうか。初めて見る冒険者のパーティが珍しいのか、さっきからずっとこちらに視線を投げ掛けて首を傾げたりしている。ロリコンでなくても可愛らしいと思う所作だ。


「あぁ、こっちは孫娘なんだ。リティ、お兄さん達に挨拶しなさい」

「う、うん」


 少女は恥ずかしそうにクオリアを見て――何故だか真っ赤になって、もじもじとし始めた。


「あ、あたしリティ、です。よろしく……」

「はい、よろしく」

「……お、おじいちゃん……このお兄ちゃん、ママより綺麗だよお……!」


 おいおい、と苦笑するクオリアの前で、祖父は弾かれたように大笑いを始めていた。こっちは反応に困ってしまう。いくらなんでも、女性と自分を比べるのは失礼なのでは――なんて、思う自分は普通ではないのだろうか。


「はっはっはっはっ!ママより美人か、そうだなぁ!冒険者には結構なイケメンも多いが、確かにお前さんほど綺麗な顔した奴はそうそういないかもな!しかしママより美人ときたか、あいつが聞いてなくてよかったなぁ!!」


 いやね、娘も冒険者なんだよ、とキャベル。


「森を越えた向こうまで遠征に行っててな。次に帰ってくるのはいつになるやらってんだ。……まあ、娘が冒険者となると、親としては少しばかり複雑な気分にもなるがな。危険な仕事であるのは間違いない。普段から恩恵を受けているからこそ、それを感じるよ。私達のところには冒険者達からいろんな情報が入ってくるからなあ。例えばあそこのチームとか」


 つい、とキャベルが示した先。テーブルに座って食事をしている集団がいた。皆、揃いの赤いスカーフを巻いている。それがトレードマークなのだろう。リーダーらしき茶髪の青年がこちらに気付き、にこやかに片手を挙げてみせた。まだ二十代前半くらいか。他のメンバーの年齢も同じくらいに見える。


「チーム『レッドスパイク』と、リーダーのジェイクだ。ジョブは剣士。彼らは長いことこの村に駐在して、村の依頼をこなしてくれている。本当に助かってるよ。この近辺のことにも詳しいから、話を聞いてみるといいぞ」

「ありがとうございます。気になることがいくつもあるので、是非そうしようかと。……そうだ、キャベルさんにも伺っておきましょうか。この町は、冒険者達が依頼で持ってきてくれる資源と観光収入を中心に成り立っていると聞きましたが……最近何か変わったことはありませんか?例えば……」


 クオリアは、今日の戦闘で倒したテオウルフについて話をした。本来テオウルフが出没するのは、クンツァイト山脈をさらに越えた向こう、ヒデナイトの森のはずである。トリフェーン砂漠で出た、なんて情報は全く聞いたことがない。


「……確かに、最近おかしなことは増えてるかもしれんね」


 話を聞いたキャベルは、自分の豊かな髭を弄りながら言った。


「さっきも言ったように、この町は砂漠の中だからね。辿り着けない冒険者もいるし、命からがら大怪我してこっちに逃げ込んでくる冒険者もいる。町は、女王様がガーネット神から貰ってる加護……つーのかな。その紋章を掲げていることで結界になってるから、モンスターの類いは基本的に侵入することができない仕組みになっている。国に認可かれた市町村の最大の強みってやつだね。だからこそ、モンスターに追われて逃げ込んでも、町までモンスターが追いかけてくることなんてまずないわけなんだが……」

「もしかして、モンスターにやられて逃げ込んでくる冒険者が増えたとか?」

「まあ、そうだな。……ここ一月で爆発的に増えている。それも…どいつもこいつも、貰ってくる傷がおかしいんだ。砂漠地帯で群生するモンスターにやられたとは思えんような怪我をしてる奴等が多い」


 テリスの問いに、難しい顔で答えるキャベル。


「砂漠地帯には、一部の超大型モンスターを除けば……殆どが小型のモンスターばかりだ。小さな蛇や鼠の類いが多い。超大型っていうのは砂漠大蛇のことだな。あれに襲われて負けたら丸飲みにされるのが当たり前。怪我を貰って敗走してくることがまずあり得ない。そんでもって小さなモンスターどもから貰う傷は当然小さなものになる。毒を持ってたりするから侮れんのだがな。……そう、トリフェーン砂漠で襲われた人間が、腕や足を噛み千切られてくるなんてのは……少々奇妙なことなんだよなぁ……」


 クオリアはピンときた。自分達が今日戦ったモンスター――テオウルフ。あれはその名の通り、強靭な顎を持つ肉食の狼である。その気になれば、人間の手足を食いちぎるくらいは造作もなくやってのけるだろう。


「でも、テオウルフだけではないかもしれない……か。そこまで被害が頻発しているとなると」

「やはりこれも、女王陛下が仰った異変……というやつなのかもしれませんね」


 カサンドラが、クオリアの心を読んだように告げる。


「ガーネット神の加護が完全になくなってしまうと、この島は天災によって沈んでしまうとのこと。そして加護が弱くなってくると、普段は綿密に縄張りを守っているはずのモンスター達の狂暴性が解放され、彼等が縄張りの外へやってきて町を壊滅させたり、人を無闇に襲うようになってしまう……のだとか。だとすると、テオウルフの一件もその異変のひとつなのかも……」


 やはり、そう考えるのが自然か。

 自分達が訓練に費やした一月で、思っていた以上に外界の状況は悪くなっていたらしい。ならば少しでも早くクリスタルを手にいれて、儀式とやらで神の力を補強せねばならないだろう。

 問題はそこまでたどり着く道筋が極めて険しいことと、英雄とやらに選ばれる条件とやらにまるで見当がついていないということであったが。


――地道に聞き込みして情報を集めつつ、モンスターを討伐していくしかないか……。


 年長者というだけで、リーダーに指名されてしまったクオリアである。自分がその器だとは思っていなかったが、指名された以上は全力で任務に当たらなければならない。

 まずはチーム『レッドスパイク』に話を聞いて、それから――皆に一人ずつ面談でもしてみようか、と思う。一人一人との絆を深めるために、そんな古典的な方法もきっと大事なはずである。


――多分。不協和音の原因は、私にもあるんだろうしなぁ。


 ちらり、とクオリアが見つめた先には、テリスの姿があった。

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