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<第十八話・初陣>

 ギャオオオオウ!と凄まじい咆哮が響いた。

 テオウルフの群れ、ざっと三匹。やっぱりおかしいだろこれ、とテリスは思った。此処は王都から2キロしか離れていない、トリフェーン砂漠である。かつてこの辺り一帯は、王都の意向を無視していくつも工場が建てられた工業地帯であったのだそうだ。トリフェーン工業地帯。教科書で見た覚えがある。今は砂と土と岩しかないこの地域が、かつてはもくもくと煙突から煙を吐き出していた工場だらけであったのだとか、なんとか。

 だが、ダイヤシティに住まう王が、此処に工場を作ることを反対したのには当然理由があったのだ。この辺りの地域は、地の守護竜の聖域に極めて近いのである。聖域は不可侵にして、一切の汚れを持ち込んではならないもの。町そのものが聖域を侵したわけではなかったが、その排煙や、廃液はそうではないのだ。

 行き過ぎた工業化によって齎される大気汚染は、隣接する神聖な森にも酷い被害を及ぼした。結果地の守護竜の怒りに触れ――ある時を堺に、この土地は完全な砂漠地帯と化してしまったのだという。

 どのような事が起きたのかはわからない。何故なら、教科書にも“地の守護竜の天罰が下った”としか書かれていないからである。ただ、この辺り一帯が砂漠になったことと、先日のベビー・ドラゴン襲来時のことを考えるなら、彼らが大地を隆起させ、町ごと飲み込ませてしまったのだろうことは容易く想像がついた。

 守護竜と守護神の怒りを買うことは、そのまま人間達の死に直結する。それがはっきりと分かる一件だった。ゆえに人々はガーネット神と守護竜たちを恐れ、敬い、自らの領域を守って慎ましく暮らしているのである。それは自分達が、神や竜に遠く及ばぬ、極めて脆弱な種族だと明確に自覚しているからに他ならない。


――だから此処に、モンスターが現れるのはわかるんだ。わかるんだけどよ……。


 トリフェーン砂漠に住める人間はいない。いるのは砂と岩ばかりの地域であっても生活できる、少食で乾燥に強いモンスター達ばかり。ゆえに、冒険者である自分達がそのモンスターに襲われること自体は珍しくないのだが。


――確か、テオウルフの分布って……森の中じゃなかったっけか?こんな砂漠じゃない、よな?


 焦げ茶色の毛並みを震わせ、威嚇してくる三匹のモンスター。考えている暇はなかった。とりあえず最前列に立っている魔法剣士のクライクスに物理防御の魔法をかける。


「“Protect”!」


 物理攻撃を防ぐ壁の魔法が“Protect”。魔法を防ぐ壁の魔法が“Barrier”である。敵がどちらの攻撃を選択してくるかによって適宜対応を変える必要があるということだ。この二つを両方味方にかけることもできるが、それでも今のテリスの技量では同時にかけることはできない。嫌でも“どちらを先に”かけるかを選択する必要が出てくる。

 今まで勉強で散々やってきて、この一ヶ月嫌というほど訓練を重ねたことではあったが、それでも痛感させられる。白魔導士というジョブは、ただ回復だけをしていればいいわけではない。状況に応じて、どの魔法を真っ先に、誰にかけるのか。その幅広い知識と判断力が試されるジョブなのだ。

 実のところテリスが最も指摘されたのはそこであった。君は白魔導士をやるには、少々冷静さに欠けるところがある。魔法に興味を持っている分知識はそれなりにあるし、魔力も申し分ないが――白魔道士のとっさの判断力は、パーティ全員の生命線にもなりうるのだ。一番冷静さを欠いてはならないポジション。君はもう少しメンタルトレーニング、及びマインドコントロール技術を習得した方がいい、と。


――わかってるって!けど……やっぱ実戦は、訓練とは全然ちげー!


「“盗賊の一手スティール・スキル”!」

「“回転する闇の牙シャドウ・ストライク”!」


 ショーンが敵の装甲を剥ぎ取り、そこにクライクスの剣の一撃が炸裂する。一緒に戦っていて思うのは、クライクスは一応魔法剣士ジョブといっても、その技はかなり変則的である、ということだ。

 通常魔法剣士は、魔法を剣に纏わせて斬る攻撃を中心に戦闘を組み立てるものである。しかし彼の場合、魔法を纏わせた剣を投擲武器として投げつけ、相手に剣が突き刺さったらそれを消して手元で再出現させるというのを得意としているらしい。勿論通常の切りつけもできるようだが、魔法剣士で剣を投げつけて戦う者などまず滅多にいないのである。

 それもそうだろう。一本しかない武器を投げつける技が、効率的であろうはずがない。クライクスの場合それが戦術として成り立つのは、彼の武器がソウルウェポンであるからに他ならない。そう――クライクスもまた、ソウルウェポンの使い手であったのだ。

 駆け出しのパーティ五人のうち、まさかの三人が既にソウルウェポン使いである。普通こんなことはない。使える方が普通ではないのだ、ということくらいわかる。わかっているのだが。

 劣等感を感じてしまうのは、どうしようもないだろう。メンバーの中で、自分の白魔法の技術が一際未熟であるというのを理解しているから、尚更に。


「“螺旋を駆ける一撃スパイラル・スティンガー”!! 」


 相変わらず、カサンドラの攻撃力は凄まじい。彼女の一撃で、テオウルフの一体が頭をカチ割られて絶命する。竜騎士、魔法剣士、盗賊、白魔導士、黒魔道士というパーティだ。必然的にカサンドラとクライクスの二人が最前列で戦うことになる。少し悪い言い方をするのなら盾役、ということだ。彼らの火力、防御力が後衛の生存率に大きく影響してくるのは言うまでもないことだろう。

 クライクスの方が素早く攻撃に移れるが、カサンドラほどの火力はない。逆にカサンドラは貯めの大きい技が多く、その隙を突かれない為には味方のフォローが必要となってくる。また、ショーンは誰より素早く技を展開でき、手数も多いが一撃の威力そのものは心もとないものがある。――それぞれがいかに自分の弱点を補いあえるか。冒険者として長生きし、任務を達成できるかどうかは、仲間同士の連携にかかっていると言っても過言ではない。


――そうだ、俺が……引け目感じて、足引っ張ってる場合じゃないんだよな……!


「最後、一匹です!クオリアさん!」

「了解した」


 三匹いた狼は、二匹が既に倒れている。残り一匹。魔道書を開いたクオリアの魔法が、詠唱を完了させる。


「“Water-Fall”!!」


 砂漠近隣のモンスターの多くは、水属性魔法に弱いことが多い。勿論そんな弱点属性を突かなくてもクオリアの魔法は絶大なのだが。巨大な水柱の一撃を受けて、最後のテオウルフが水圧に潰され、撃滅される。

 魔法攻撃はどうしても、物理攻撃と比べて発動が遅くなる傾向がある。勿論それも威力、範囲によって大きく左右されるし、白魔法は黒魔法よりは発動が早いとも言われている。つまり、クオリアの攻撃はどうしても他の仲間達と比べて後手に回りやすい傾向にあるのだった。彼の最大の弱点があるといえばそれだろう。勿論、それでも他の黒魔導士達と比べれば、彼の魔法の発動は格段に早い方ではあったのだけれど。

 そして。一度決まればその威力は文句のつけようがない。多少魔法防御力の高いモンスターであっても、大抵は威力の高さで押しきれてしまうくらいには、強い。アカデミア随一の天才、の名はやはり伊達ではないというわけだ。


――……いいよな。才能があって、家柄も裕福でさ。


 こんな嫉妬は醜いだけだ。わかっている。しかし――あまり裕福ではない庶民の家の出身としては、どうしても貴族への妬みというものもないわけではなく。

 なんせ、このメンバーの中で、クオリアだけが貴族の出身なのだ。それも、伯爵。スカーレット伯爵家といえばダイヤシティでも名の知れたものすごく古い家柄だ。きっと幼い頃から何不自由なく暮らして来たのだろう。そう思うとどうしても、何も感じないというわけにはいかなくて。


――俺、ほんと最低だわ。


 もやもやするのは、それだけが理由ではないと知っている。一ヶ月前に、カサンドラの話を聞いてしまったからだ。彼女はずっとクオリアを――かつての世界のクシルを救うため、転生を繰り返してきたというではないか。それがどれほど苦行の道であったことか。自分には想像さえつかないことである。

 それなのに、クオリアは何も知らない。自分の為に、ずっとカサンドラが苦しみ続けてきたことなど何も知らず、そこで当たり前のように笑っているのである。


「お見事です、クオリア」


 カサンドラは、特にクオリアへの対応を変えた様子はない。年頃の少女ならば、もっと彼と話す機会を持ちたいとか、彼の気の引きたいとか、そういうことを考えそうなものだというのにそれさえない。それなのにたった一言二言、言葉をかわすだけで本当に幸せそうな顔をするのだ。ああ、一見するとさほど表情が変わっていないように見えるかもしれないが、自分には分かるのである。


「大したことじゃないさ。もう少し素早く発動できるように訓練するべき、だな。しかし全員……一ヶ月前の最初の合同訓練の時と比べると、見違えるほど技量が上達している。このまま精進を続けていくことにしよう」

「はい」

「そうですね、頑張ります!」


 クオリアは間違いなく慕われている。彼が少し微笑むだけで嬉しそうなのはカサンドラだけじゃない、ショーンもだ。彼女と彼が、クオリアに向けている感情がどういった種類なのかまでは自分にはわからないが――それがどんなものであれ、好意は好意。羨ましい、と思うのはどうしようもないことだろう。

 テリスは凡人だ。色々な意味で自分が凡人に過ぎないのは、よく分かっている。


「テリス」


 そこに、もうひとりが声をかけてきた。クライクスだ。彼はテリスと、テリスが見つめる先の三人を見て――大仰に溜息をついてみせたのだった。


「……なんだよ、クライクス」

「いや……なんとなく。俺にもそういう時期があったな、と思っただけだ」

「ナニソレ」

「クオリアは兄さんに似ているから、なんとなく思わなくもないんだ。兄さんも結構人に囲まれるタイプの人だった。それも天然だから、他人に向けられる好意に全然気が付かなくてな。俺の兄さんにベタベタするな!なんて馬鹿げた嫉妬を抱いた事もかつてはあったわけなんだが」


 今の落ち着いた美少年、なクライクスからは想像できない。そんなテリスに気づいたのか、少しだけ苦笑してクライクスが告げた。


「ブラコンと思いたければご自由に。……まあ、そうだな。お前が今嫉妬している対象は……俺とは違うんだろうが。そういうのは早めにぶちまけておいた方が、禍根を残さなくていいぞ。恥ずかしいと思うかもしれないが、そんなもの死ぬことに比べたら遥かに安い。そうだろう?」


 かつて、大切な仲間や兄を、殆ど皆殺しにされたのだというクライクス。そんな彼の言葉とあっては、テリスも何も言うことはできなくなってしまう。

 死ななければ安い。逆に言えば死ぬこと以上の悲劇はない。死んで、全部失ってから後悔してももう遅い。この程度、と思っていたことが最終的に致命傷になっていたこともきっとあるのだろう。

 わかる。わかっている。彼が言うことは、きっと正しい。


――話しておく、か。……やだなあ。嫉妬深い男だと思われんの。


 問題は、話す対象を誰にするべきか、ということなのだが。

 テリスは頭をぽりぽりと掻いて――深く深く、息を吐いたのだった。


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