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<第十七話・転生のルール>

 今までカサンドラが転生し続けてきた中で、わかったことがいくつかある。

 ひとつが今のクオリア――クシルが死ぬのは成人になる前であるということ。そして、その最期に、カサンドラが立ち会うケースが非常に多いということだ。そもそもカサンドラは、クシルを見つけたらよほど無理な状況でない限り傍にいられるようにする。秘書や従者や侍女といった仕事が選べるのならそうするし、多少不自然でも傍にいる方法を模索するようにしてきた。ならば、カサンドラの目の前で死ぬことが多いのは必然といえば必然なのだろう。

 ただ、目の前で死ぬのに、それを防げずにきたのが問題なのだ。前回の――利明の世界でもそうだった。あと少しで彼女の身体に手が届きそうだったのに、それが叶わなかった。まるで、必ずクシルが死ぬように、運命がそう巡っているかのようである。

 それゆえに、カサンドラはずっと、何がクシルを殺すのかを求めて転生し続けてきたのだった。それが神の意思だとでもいうのなら、神さえも殺すことを厭わぬ覚悟で。


「……お前の話はわかったよ、カッシー」


 クライクスが現れたことで、テリスに事情を説明しないわけにはいかなくなっていた。ガイア・マスター・ドラゴンと女王陛下の一件の後、カサンドラの部屋に集まったテリスとクライクスに、カサンドラは自分の事情の全てを説明して今に至る。尤も、クライクスの方は既に殆どの内容を知った上でそこにいたわけだったが。


「転生なあ……にわかに信じがたいけどさあ。でも、そう考えるとお前がソウルウェポン使えるのも納得できるというか、なんというか」

「私がカレンであった一番最初の世界にも、ソウルウウェポンの概念はありましたから。自分の生命力を具現化させて、武器を自在に作り出し消し去る技術。……というか、それが出来るようにならないと一人前の騎士として認められず、入隊も許可されないのですよね。あっさり出して見せたように見えるかもしれませんけど、私だってそもそも最初の世界では出来るようになるまで一年以上かかったんですよ?」

「そういう経験値を引き継げるんだなあ。そう考えると、転生ってやっぱすげーというか、ずりーというか……」


 あーでも、とテリスは苦い顔になる。


「前の人生であった、辛い出来事とか……死ぬ時の辛い記憶とか。全部忘れられないってことだろ。それはちょっと……きついかも。しかも、話聞く限りライトノベル的な“チートでニューゲーム”ってわけでもないみたいだしな。転生先の世界に存在しない能力が使えないなら、殆ど前の世界で覚えた魔法とか無駄になるわけだし……」


 そういうことが、すぐ考えられるのが彼の良いところなのである。普通の人間の感性として“転生って凄い”と思う反面、転生する人間の辛さも瞬時に想像することができる。自分を凡人だと言う彼だが、多分そういう発想をすぐ持てるのは彼が天才ではないからこそ、ではないだろうか。

 天才の人間は教師に向いていないと聞く。何故なら出来ない人間の気持ちを想像して、出来ない者を指導することができないからだ。同時に、子供時代から得意だった科目を教えるのもやめた方がいいという話を聞いたことがあるが、きっと同じ理由なのだろう。人の気持ちを想像するのは、基本的に天才よりも凡才の方が上手なのだとカサンドラは思う。

 カサンドラは、自分が天才などと思ったことは一度たりとてないが。それでも戦闘ですぐびびらず状況判断できる程度には経験値の積み重ねがあるし、技術は全て引き継げていなくても“戦った記憶と経験”はどんな場所に行っても役立つというものだ。それが、結果として周囲から“バトルの天才”に見られやすいのも自覚していることである。ならば、皆の士気を盛り上げたり、悩んでいる仲間の相談に乗ったりするのは――自分よりよほど、テリスの方が相応しいに違いない。

 ひょっとしたらそういうことまで見抜いた上で、女王陛下はテリスを抜擢したのかもしれなかった。


「……信じがたい、と言いながら。それでも、私がホラを吹いているとは思わないのですね、貴方は」


 そう思ったから、つい口にだしてしまう。


「普通転生だの転移だの、そんな話を聞いたら誰も信じませんよ。頭イカレてると思うのが普通です」

「まあ、そうだわな」

「じゃあ、何故?」


 カサンドラの問いに、んー、と少し考え込んでテリスは言う。


「なんつーか。お前だからじゃね?」


 あっさりと。それはもう、恥ずかしがる様子もなく。


「言ってる内容を信じる信じないじゃなくて。……お前だから信じたいって思うんじゃねーかなと、俺は思うんだけど」

「……何ですか、それ」

「転生とかを信じるんじゃなくて、“友達が言うことだから信じる”っていうわけです。おわかり?あ、俺ちょっとかっこいいこと言ったかもー!」


 褒めて褒めてー!とふざけるテリスがなんというか――あまりにもいつも通りだから。

 カサンドラは自分も思わずいつも通りに、そのハネ散らかった黒髪にチョップを決めていたのだった。半ば、照れ隠しで。


「いってえ!!?」

「あ、すみません、貴方が通常運転でウザかったので」

「酷くない?ねえ俺の扱い酷くない!?」

「いつも通りです」

「いつも酷いん!!」


 わーわー話していると、くすくすと笑う声が聞こえた。驚いてカサンドラが見れば、鉄面皮のように見えていたクライクスが、おかしそうに笑っているではないか。


「貴方って笑うんですね……!?」

「何故そんなに驚くんだ。俺だって笑う時は笑う。……ついお前達の様子がおかしくてな。友人を思い出していた。テリスと同じ黒髪でな。お調子者で、いつも堅物の……俺の兄や、仲間達をからかっては叱られていたもんだ。懐かしいな……」


 どこか遠い目をして告げる、クライクス。嬉しそうでありながら、同時に酷く寂しそうで。なんとなく、カサンドラは察してしまった。その仲間達は、もしかしてもうこの世にはいないのではないのか、と。


「……亡くなったんですか、お兄さんや……ご友人は」


 クライクスは航海者。どうやらこの世界でちゃっかり学園に登録し、“魔法剣士”のジョブコースに入って紛れ込んでいたらしいが。それでもこの世界に深く思い入れがあるわけではないのだろうし、語られたように大きな目的があって潜入してきているのは間違いない。何より、最初にカサンドラを試す目的とはいえ攻撃を仕掛けてきて、テリスをも巻き込んだのは褒められた行為ではないだろう。ゆえに、この少年に深入りするつもりはカサンドラもない。仲間になるからといって、仲良しこよし、秘密も何もなし!なんてのは綺麗事以外の何物でもないからだ。

 それでも、尋ねたのは。なんとなく失ったものへの未練を――自分に重ねてしまったからかもしれなかった。


「……その、お調子者の友人以外の、全員がな」


 そんなカサンドラの気持ちを察したのか、苦い笑みを浮かべてクライクスは答えた。


「俺達は“存在してはいけない者”だった。そんな、世界からはみ出した者が、普通の人間になるために集まった組織だったんだ。だから、勇者に討伐された。俺とその友人だけが……守られて、生き残ったんだ。友人は変わったよ。お調子者の、ふざけた奴だったくせに……討伐した勇者に復讐しようと躍起になった。まあ、それを止めるどころか加担した俺も同罪だったわけだが」

「勇者……」

「勇者とか、英雄とか。……そういうものが俺は嫌いだ。大嫌いだ。でも、あの時俺の仲間達を殺した勇者も……後に、“悪者を倒せば世界は救われる”と祭り上げられただけの、被害者だったと気づかされた。……真実はいつだって残酷で、時にあっけないほど単純だ。それでも見えなくなる時がある。本当に大切なことは、愛がなければ見失うんだ。だってそうだろう。“世界に仇なす悪者がいて、正義の味方がそれを討伐して世界が救われました。”民衆が好むのはそんな簡単でわかりやすく、爽快なファンタジーだ。実は悪者も世界を救おうとしていました、正義の味方に倒されたことで世界は滅びました……なんてもの、誰も望んじゃいない。望まないから……見なかったことにされる。闇に葬られる」


 なんとなく、彼が何を言おうとしているのか察した気がした。英雄――女王陛下は、クリスタルに選ばれた存在をそう呼んだ。そこに、クライクスは引っかかりを覚えたのだろう。


「この世界の物語にも、何か裏があるのではないか、と。そう貴方は考えているわけですか?」


 カサンドラの言葉に、クライクスは頷く。


「そうだ。確かに、現状この世界に明確な“悪役”なんてものはいない。俺が元いた世界で、俺達に起きたような悲劇がこの世界で繰り返されるとは思い難いが……それでも、どうにも引っかかるんだ。この世界に俺が駐在してから実に一年以上が過ぎているが……。この世界が滅びに向かっているという、いくつもの“厄災”が起きるたび、魔女の気配がどんどん濃くなっているのを感じるしな」

「魔女……それが、クライクスと仲間が追っかけてるっていう、世界のルールを守らない航海者か」

「そうだ。その名を、“災禍の魔女・アルルネシア”という。イタズラに世界を壊し、壊れていく人々を眺め、嬲り、玩具にすることだけを快楽にする……史上最強にして、最悪の魔女。そいつがこの世界に来ている。そして……そこに、世界のルールとしては極めて稀な存在である“転生者”であるカサンドラ、お前がいた。正直偶然とは思えない」


 そう、必然であるならば、と。クライクスははっきりと告げた。


「お前の愛する主……クシルがを殺し続けている“何か”に。アルルネシアが関わっている可能性は、極めて高いと思う。俺はアルルネシアを討伐し、これ以上の犠牲を阻止したい。……カサンドラ。そしてできればテリス。お前達も、協力してくれると有難い」


 言われるまでもないことだった。そのアルルネシアが、現状自分にとってどれほどの脅威かはわからない。それでも、その魔女のせいで苦しんでいる者達が数多くいるというのなら――それが事実なら捨て置けない。何より、クシルの相次ぐ死の謎をその魔女が握っているというのなら、無視するなどという選択はカサンドラにはないのだ。


「私のすることは変わりませんよ。クシルの死の謎を突き止め……クオリアを必ず、無残な死の運命から救う。そのためにその魔女とやらが立ち塞がるのなら打ち倒す、それだけです」


 自分達の出発は一ヶ月後と決まった。たった一ヶ月で、どこまでジョブスキルを、本来の卒業者に近いレベルまで上げることができるかは怪しい。しかし、これ以上待つことはできないのだ、とアナスタシアは言っていた。目に見える世界が平穏でも、見えない場所がそうであるとは限らないということなのだろう。自分達の知らない場所で、世界は確実に蝕まれているということらしい。そもそも、今季の卒業者を待たずして英雄候補を見つけ出す試練を断行した時点で、どれほど状況が切羽詰っているかは明白だった。

 パーティの総合力は、他の冒険者達と比べてお世辞にも高いとはいえないものになるだろう。それでもやるしかないのである。世界を救う為――否。それぞれが、愛する者を守り、未来を守るためには。


――やってやる。今度こそ……あの人を守ってみせるんだ……!


 カサンドラは気づかなかった。

 そんな自分をじっと見つめる、テリスの眼があったことに。

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