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<第十五話・終極のメロディ>

 カサンドラは思う。勝負において人が真に敗北する瞬間とはいつであるのか、と。

 諦めた時点で負けたも同然だ、というのは正しい。勝つ気がない者に勝利の女神が微笑むことはない。勿論、勝つぞ!という強い意思をどれほど持っていても、勝てない勝負は存在するが――それでも、勝つ気もなく負けるつもりで挑む勝負で、偶然勝利を拾ってしまうよりはどれほどマシな確率であるかなど言うまでもないことだろう。

 そして、もうひとつ。長年の転生でカサンドラが見つけた真実がある。


――勝ちたい勝負があるなら……常に思考は回し続けろ。考えることをやめた時点で、それは敗けを認めたも同然なのだから……!


 ゆえに、カサンドラは考えるのである。この無作法にも程があるドラゴンに、ちょっと強めのお灸を据えてやるにはどうしたらいいのか――と。


――ガイア・ベビー・ドラゴンがわざわざ防御壁を作るのは。まがりなりにもクオリアの魔法が脅威であるからに他ならない。


 もしも魔法を浴びても対したダメージにならないのなら、ドラゴンは防御もせず回避かカウンターを狙ってくることだろう。カサンドラのデスペラードに対してそうしたように。それをしないのは、クオリアの魔法が“当たれ「無傷ではすまない」とドラゴンが考えているからに他ならない。

 つまり、裏を返せば。クオリアの魔法はドラゴンが警戒せざるをえないほどには脅威だということである。壁を作って守らなければ自分の身が危ないと考えている。ならば彼は何をおいても優先して、クオリアの魔法攻撃を防ぎきらなければならない、と。そういうことになるだろう。

 つまり、他に手が回らない。

 クオリアの魔力が切れるまで壁を使って防ぎ続けるのが最も妥当な考え方に違いない。いくらクオリアの魔力が飛び抜けていると言っても、彼も人間である以上いつかは限界が来るのだから。


――しかし、だからこそ!……あの人の魔法そのものが大きな囮になる……!


「ほ、本当にやる気ですか、カサンドラさん」

「無論です」


 風の音が自分達の足音を消し去ってくれる。風を防ぐためのドラゴンの壁はそのまま接近する自分とショーンの姿を隠すブラインドだ。魔法を防ぎ続けることにばかり集中しているドラゴンは、まだ自分達がすぐ後ろまで近づいてきていることに気がついていない。


「シーフ職として鍛えているなら……貴方もスティールの技術は磨いているはずです」


 ショーンのジョブ――盗賊シーフの特徴。それは、短剣による連続攻撃を仕掛けて、一撃は低くとも手数で敵に物理攻撃を見舞わせるのが主戦法となること。もうひとつ。シーフ職が特化して学ぶのが、モンスターから生きたまま素材を剥ぎ取り、あるいは持ち物を戦闘中に掠め取るスティールの技術。そしてそれらを用いて薬品を調合し、傷薬などを作り出す薬剤師に近い調合能力である。物理攻撃のジョブに数えられるが、実のところかなり知識を要求されるのがこのジョブなのだ。モンスターの剥ぎ取れる素材やその効果などの膨大な知識を、可能な限り暗記して戦闘に生かしていかなければならないのだから。

 つまり、いかにも頭でっかちに見えるショーンがシーフ職を選んだのは、実のところ非常に利にかなっている、とも言えなくはないのである。


「“ガイア・ベビー・ドラゴン”は守護竜の眷属……遭遇する可能性はかなり低くても、モンスターとしてはかなりメジャーな存在のはず。教科書に載っていても全然おかしくはないレベルでしょう。なら、貴方もその知識は得ているはず。……ショーン、一人のシーフとして、貴方がこのドラゴンから素材を剥ぎ取るなら……何処から、ですか?」


 枯れの力量をカサンドラは知らない。それでも信じてみようと思ったのは――彼の度胸を買ったからに他ならない。

 だってそうだろう。高等部の、卒業を控えた先輩達でさえ大半が逃げていってしまった中。この少年は逃げずに聖堂に留まり、怪我人を助け続けていたのだ。彼がいじめっ子達に思われるほどの臆病者なら、こうはいかなかっただろう。そんな人間が――土壇場で、全くの役立たずであろうはずがない。


「……そうですね」


 少し考え込んで、ショーンは答える。


「ガイア・ベビー・ドラゴンに限ったことではないのですが。全身が鋼のように固く、防御力が高いと言われる種類のモンスターは、大半の皮膚が繋がっていないとされています。例えばガイア・ベビー・ドラゴンの場合は全身が細かな鱗に覆われているわけですね。その鱗が非常に固く、全身をびっしりと覆い尽くしているからこそ……驚異的な防御力に繋がっていると言えます」

「つまり、鱗を一枚ずつ千切って剥がすなら、そう難しいことではないってことですよね?」

「はい。そして鱗が薄い箇所は決まっています。全身が鋼のように固かったら、身体を動かすことなんてできませんから。つまり……関節の部分の鱗は薄く、数も少なく、剥がれやすいはずなんです」


 だったら、とカサンドラが見つめる先にあるのはーガイア・ベビー・ドラゴンの脚だ。がっしりとした筋肉に覆われた脚もまた鱗に包まれている。しかし――確かに足首あたりは、他の比べると色が薄いようにも見えてくる。なるほど、狙うならそこというわけか。


「今のうちに鱗を数枚、早業で剥がしてください。そうすれば……剥がした鱗の隙間に、槍を捩じ込んでダメージを与えることも不可能ではないはずです……!」

「わ、わかりました。できるかどうかわかりませんけど、やってみます!」

「頼みましたよ」


 そんなこと絶対無理です!と言い出さないのがこの少年の素晴らしいところだ。

 端から見ると自分よりも年下にしか見えないようなこの高等部の一年生は、見た目よりも相当度胸があるらしい。決断した彼は早かった。吹き荒れる風の隙間を縫って素早くドラゴンの脚に飛び付き、早業で鱗をスティールして見せたのである。

 茶色の鱗が五、六枚も剥がされれば、淡いピンクの、鱗に守られていない皮膚が露出してくる。予想以上だ、とカサンドラは笑みを浮かべた。


「今です、カサンドラさん!」


 刹那、地面を蹴って飛び上がるカサンドラ。はっとしたようにドラゴンが頭上を見上げるがもう遅い。とんでもないジャンプ力に体重を乗せ、さらに抉る回転を加えた一撃の威力は――守護竜の僕とはいえけして無視できるものではあるまい。


「“螺旋を駆ける一撃スパイラル・スティンガー”!!」


 鱗が剥がれ、装甲が落ちた左足首への――強烈な、一撃。鮮血が噴き上がり、ドラゴンが悲痛な悲鳴を上げた。ドラゴンの血も赤いのか、なんてことを悠長に考えている暇はない。バタンバタンと派手に暴れ、無茶苦茶に振り回される脚と尾がカサンドラ達を打ち据えようと攻撃してくる。

 咄嗟に槍を再度光にして消して、空中で身をよじりながら回避するカサンドラ。ソウルウェポンの最大の利点は出し入れ自由だということ。敵に突き刺さった槍を消して手元で再び再生させるということも簡単に出来る。一本しかない槍をあっさりカサンドラがデスペラードで投擲してみせたのは、そういう事情もあってのことだった。


「わあっ!」


 立っていた床が砕かれ、転んで尻餅をついてしまうショーン。そこに、岩をも砕くドラゴンの尾が振り上げられる。

 まずい、このままでは彼が叩き潰されてしまう――!


「貸し一つ、だな」


 そこに――低く、落ち着いた声が割って入った。


「“回転する闇の牙シャドウ・ストライク”!」


 くるくると回りながら飛んできた剣が、降り下ろされた尾を弾き飛ばしていた。ただの剣の投擲技ではない。闇属性の魔法を纏った一撃にピンとくる。


「此処でお前達に死なれては困るんでな」


 そこに立っていたのは黒いローブの少年。銀色の髪を靡かせ、クライクスは不敵に笑った。どういう理由かはわからないが、助太刀してくれるつもりらしい。信用できるかできないか――を問うている暇はなかった。とりあえずは信じて、自分達がやるべきことをするしかない。

 やるべきこと――つまり、ドラゴンの注意を完全にこちらに引き付けること!


「“螺旋を駆ける一撃スパイラル・スティンガー”!!」

「“回転する闇の牙車道・ストライク”!」

「み……“乱れ打ち・乱星”!!」


 カサンドラの槍、クライクスの剣、そして混乱しながらも怯まなかったショーンの短剣による連続攻撃が、ドラゴンの痛めた脚に立て続けにヒットする。

 そうなれば、さすがのドラゴンも足元の羽虫を無視することなどできない。ギロリ、と視線が完全にこちらを向いた。


『ガキどもが、やりおって……覚悟しろ!!』


 怒りに燃える瞳でドラゴンが足を振り上げた時――カサンドラは、勝利を確信した。


「私たちに構っている暇がおありなのでしょうか?」


 にやり、と笑って告げる。

 この作戦は最初から――二重の囮を使うことが大前提。つまり。


「さようなら、ガイア・ベビー・ドラゴン」


 最初はクオリアの魔法にドラゴンを引き付け、次は自分達の奇襲で奴を驚かせて。

 そして――最後は。


「終わりだ…!“Tornado”!!」


 巨大な竜巻が、ドラゴンに襲いかかった。カサンドラ達に引き付けられ、うっかり大地の壁から意識を逸らしてしまった代償。魔力のこもっていない壁を壊すなど容易いことだ。クオリアの風属性最大魔法にドラゴンは全身を飲み込まれ――断末魔の悲鳴を上げた。

 やがて風が収まった時には――全身をズタズタに引き裂かれ、虫の息となったドラゴンが派手な音を立てて倒れていったのである。あれだけ魔力を使ったのにまだ余裕があろうとは――この場合誉めるべきはクオリアか、それでも耐えきったガイア・ベビー・ドラゴンなのか。


『見事なり……若者達よ』


 そして、荘厳な声と共に、ソレは光となって現れたのである。

 茶色の、岩とも鋼とも言われる固い鱗に覆われ。その瞳をぎらぎらと輝かせたベビー・ドラゴンよりも遥かに強大で威圧感のある竜。カサンドラも知っているほどの存在だ。思わず目を見開き、問いかけるカサンドラ。


「貴方は……ガイア・マスター・ドラゴン……!八大守護竜の、一角……!」


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